八大龍王伝説
【414 対の呪い】
〔本編〕
このシャカラとマナシの戦いは光獅子一〇五四七ノ日まで続いた。
地上界の時間で龍王暦一〇六〇年四月日である。
この間、戦いを続けていたのはシャカラとマナシだけではない。
白き小型龍(ヴァイスドラゴネット)のカリウスと神龍(ロン)のブュロスも戦っていたのである。
カリウスも一旦は活動の限界から意識を失ったが、まる一日の睡眠で、意識を取り戻した。
既にマナシとシャカラは白兵戦を展開しており、その傍らには神龍(ロン)のブュロスがいた。
ブュロスは、マナシの杖に刺さっているシャカラの短斧を破壊するため、口から炎を吐き出していた。
杖に短斧が深く食い込んでいる――さらにシャカラの魔力で突き刺さっている以上、短斧を破壊する以外に杖を通常の状態に戻すことは不可能である。
とにかく、ブュロスの吐き出す炎は限界炎度に達するほどで、さしもの短斧も原型を徐々に失い始めている。それを見たカリウスは、マナシのブュロスに襲い掛かったのである。
ブュロスとしても、カリウスの攻撃をかわしながらでは、短斧の溶解も片手間になる。この時間稼ぎは、シャカラにとっては大きな援護射撃という形になった。マナシも杖も書も使えない以上、剣で戦うしかない。
既に左手に持っていた盾は持っていない。極限の白兵戦を前にしては、盾は邪魔になるだけである。
そう悟ったマナシの判断であり、それは正しい判断であった。
こうして、この戦いは千年戦闘の様相を呈してきたが、思わぬ形で決着がつくのである。
話をここで一旦、光獅子一〇五三五ノ日に戻る。
地上界で龍王暦一〇五九年四月日にあたる。ソルトルムンク聖皇国においては聖皇暦三年にあたる。
ウバツラがバツナンダに切りかかり、紫の閃光が辺りを包んで後の話である。
閃光は約五分程度、そこにいる全ての者の視覚を奪った。
しかし、紫の閃光は、視覚のみに影響したようで、その閃光が弱まったそこには、三人の者が立っていた。
「大丈夫でございますか?! ウバツラ様」
「ああ。少しの間、視力に影響があろうが、特に問題はない。今の閃光は第六龍王アナバタツタの仕業だな」
紫の青年――アノクタツの問いかけに、ウバツラが答えた。
「アノクタツ! エコウ! お前たちは大丈夫か?」
「はい。ウバツラ様。少し視力を奪われましたが、徐々に回復してきておりますので大丈夫です」
アノクタツの答え。
そして、
「私も大丈夫です」
三人目の蒼い人物のエコウも答えた。
「しかし手ごたえはあった。おそらくアナバタツタに、致命傷を与えたであろう。バツナンダは逃したかもしれないが……」
そう言うとウバツラはニヤッと笑った。
「これはいかがしましょうか? ウバツラ様」
アノクタツはそう言うと、切り取られた右の手のひらをウバツラに差し出した。それは、バツナンダの切り取られた右の手であった。
「投げ上げろ!」
そのウバツラの言の葉に、アノクタツはバツナンダの右手を投げ上げた。
ウバツラは、その投げ上げられたバツナンダの右手を指さした。とたんにバツナンダの右手は炎に包まれ、十秒後には跡形もなく燃え尽きたのである。
「神(バツナンダ)の一部分は、残しておくとなんらかの力で修復される可能性がある。とにかく、跡形もなく消滅させるのが一番だ」
ウバツラはそう言うとニヤッと笑った。
「とにかく、アナバタツタは瀕死の状態。或は死んでいるやもしれぬ。そして、バツナンダは健在でも右手を失った。続いては、現在、天界で戦っているシャカラとマナシを始末しよう!」
「しかし、ウバツラ様!」
エコウがウバツラのこの言の葉に異議を唱えた。
「マナシとウバツラ様は対の呪いで、お互いに傷つけることができません。どのようにマナシを始末するおつもりですか?」
「それについては、エコウ! お前に任務を申しつける!」
「ハッ! 何なりと」
「エコウよ。お前はシャカラとマナシの戦いに、参戦してシャカラの命を奪え! シャカラを攻めるだけでいい。マナシには、一切、手を出すな。マナシはいないものとしてシャカラだけを攻め続けよ。それで、事は決する」
ウバツラの意味ありげな言の葉であった。
それは突然起こった。
天界の暦である光獅子一〇五四八ノ日に日が変わったばかりの未明。
地上界の暦で龍王暦一〇六〇年五月一日或は二日ごろ。
シャカラとマナシの戦いにおいてそれは起こった。
光獅子一〇五三〇ノ日から十八日間――天界で十八日なので、地上界では一年と半年間――続いたその戦いが思わぬ形で終わったのであった。
シャカラとマナシのその戦いに、突然、横やりが入ったのである。
一人の男がこの戦いに割って入ってきたのであった。
割って入るといってもシャカラとマナシの戦っている間に入ってきたのではない。
シャカラの背中に剣を振り上げて向かってきたのである。
途中まで、付帯能力(アドバンテージスキル)の気配遮断スキルで、ほとんど気配を消して近づいてきたその男に、シャカラもマナシも気づかなかったのである。
平常時であればいざ知らず、シャカラもマナシも一瞬の気も抜くことの出来ない白兵戦の最中である。
シャカラとマナシが、その男に気づいた時には、その男――エコウ童子は、シャカラの背中、五メートルに迫っており、次の瞬間には、シャカラは背中から斬られるといった状態に陥っていた。
しかし、シャカラにはそれに気づいてもどうすることも出来なかった。
エコウに対処するということは、マナシに背を向けることになる。シャカラはこの絶体絶命に手立てがなかった。
それに対し、マナシは素早く行動した。
シャカラの背中から迫ったエコウを、シャカラの背中越しに見ることのできたマナシは、少なくともシャカラの背中から十メートルの距離に迫るエコウを目視できた。
マナシのとった行動は驚くべきものであった。
マナシは、シャカラに体当たりをして、そのままシャカラを横に突き飛ばし、エコウをマナシ自身が持っていた銀の剣で、袈裟懸けに切り捨てたのであった。
「ウッ!」
マナシが呻く。
エコウを見事に切り捨てたマナシではあるが、強引にシャカラを横に押しやったため、勢いのついたシャカラの長斧で、左腹のあたりを斬られたのである。
「マナシ殿。大丈夫か?!」
「大丈夫だ。この程度、深手ではあるが、致命傷ではない。治癒の呪文ですぐに治せる。シャカラ殿。一時休戦だ。いま、わらわが切り捨てた者の素性がまず、知りた……。ウッ!!」
そう言っていたマナシがいきなり呻くと、口から鮮血を吐き出した。
「どうした、マナシ! あっ!!」
シャカラの驚く声。
シャカラの目の前で、マナシの右肩から、左わき腹にかけて大きな傷がいきなり現れ、そこから鮮血がほとばしりだした。
その傷は、今さっき切り捨てたエコウの傷と全く同じであった。シャカラは背中越しだったので見てはいなかったが……。
「ま・まさか……、つ・対の……、の・呪い!」
マナシの息も絶え絶えの言の葉。
次の瞬間、マナシとシャカラの姿はもうそこにはなかった。
〔参考 用語集〕
(龍王名)
跋難陀(バツナンダ)龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王とその継承神の総称)
沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)
阿那婆達多(アナバタツタ)龍王(カルガス國を建国した第六龍王とその継承神の総称)
摩那斯(マナシ)龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王とその継承神の総称)
優鉢羅(ウバツラ)龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王とその継承神の総称)
(神名・人名等)
阿耨達(アノクタツ)童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第六童子)
慧光(エコウ)童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第二童子)
カリウス(沙伽羅龍王に仕えている白い小型龍。『ヴァイスドラゴネット』とも『白き小型龍』ともいう)
ブュロス(摩那斯龍王に仕えている銀の神龍)
(国名)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
(付帯能力)
付帯能力(その人物個人の特有の能力。『アドバンテージスキル』という。十六種類に体系化されている)
気配遮断スキル(十六の付帯能力の一つ。自らの気を鎮めることにより、気配を遮断する能力)
(竜名)
ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)
ロン(十六竜の一種。神に近い竜の一種。『神竜』とも言う)
(武器名)
黒魔法の杖(マナシの左手に持たれた杖。あらゆる黒魔法が行使できる)
白魔法の書(マナシの右手に持たれた書。あらゆる白魔法が行使できる)
短斧(シャカラの得物の一つ。短い柄の戦斧)
長斧(シャカラの得物の一つ。文字通り長い柄のついた戦斧)
(その他)
千年戦闘(神同士の決め手が無い故の膠着した戦いのこと。千年間膠着することからこの名がついた)
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