〜雛壇が飾られた広い部屋〜
馬屋跡も洋風の離れも広い庭もある
大きな古い家にその部屋はあった
十二畳ほどの広さがありながら
生活を営むに必要な家具はいっさい置かれず
あるのは半畳の床の間と山水画の掛け軸と
来客時以外は立て掛けられっぱなしの大きなテーブル
友達と遊ぶ予定がない時は 一人でその部屋でぽつんと
とっておきのミニカー(といってもスケール1/15のスポーツカー)を
妄想の中で運転した
そんな部屋も年に一度の桃の節句時だけは
雛壇だけがどんと構えている
お人形は皆おすまし顔なんだけれども
僕のその時の感情で泣いたり笑ったりしていた
あられをつまみ食いしながらひと通り人形を触って
いっぺんに壇から降ろすと後でどの人形が
どこに居たのか判らなくなるので一つづつ降ろして
会話をした
いつの間にか眠ってしまったあとでふと目を覚ました時の
頬を付けた畳の匂いと
がらんとした部屋のひんやりした空気と
そして下から見上げる雛壇
この瞬間の情景が大人になった今でも
記憶の映像としてはっきりと残っている
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