実は我が家の場合は
家内が専業主婦をやっているのだが
子育てをやり切ることが一番の幸せであると考える家内の望みでもあり
僕自身もそう思うので
我が家は共働きではない。
「共働きじゃなくていいの?」
という家内の問いにも
「そりゃ、君の実家もそうだったのならいけるやろ」
と言うと、何となく納得したようだが
実際には、僕の母親も家内の母親も
「働いてみたくなった」という事で
僕の母親は40歳辺りから正社員として工場の事務員として働いていたし
家内の母親は子供が成人してからパートには出ていたようなのだが。
こういうのを厳密に「専業主婦とは呼ばない」というのなら
僕の家内は、結婚後一度も働きに出ていないので
間違いなく専業主婦なのであるが
団塊世代に当たるのであろうボクと家内の両親はより分類が難しい。
それはさておき
結婚直後のさほど収入が高くない頃から
我が家は専業であり
僕は25歳の時には既に娘が居て
まぁ、今結婚するのなら、家内を無理に働きに行かせる必要もないし
分からなくもない話なのだが
お金の問題であるとは考えたことはない。
あるお金の範囲で生活すること
これが家内と僕の間で唯一存在するルールであって
お金が貯まったから、ローンを組んで家は買ったが
それ以外は欲しくなったら貯金を始めて
貯まったら買う
或いは持っているお金の範囲で買い物をするだけの話で
中長期的に必要なお金は、ちょろちょろと別に貯めているのである。
もう子供も大きくなって
手はかからなくなったが
お金は掛かるようになった。
欲しいモノがあれば、買うための条件を
満たしたら買うけれども、条件が満たされなかったら買わない
ただそれだけの話である。
住宅ローン以上の借金はしたことはないのだけれども
特に稼いでいるわけではない。
とりわけ裕福になりたいとも思っていないけれども
強い幸福感への欲求もないのである。
家族で海外旅行には行ったことはないし
大きな買い物も泊まりがけの遠出も
何なら大した親孝行もしていない。
転職はしていないお陰で
まぁ、多少は昇格して中間管理職にはなっているものの
勤め先は年々厳しい経営状況で
明日にも来年にも潰れてもおかしくない。
その割には給与水準は高いので
「身の丈にあった賃金で、身の丈にあった生活を」
と労働組合を通じて訴えるわけだが
ライバル会社との闘いに負けるわけにも行かず
「身の丈にあった」はなかなか厳しいようだと経営サイドも嘆き節。
話は戻るが
それでもお金もないのにアレコレしたいという人たちが
共働きしているという風には理解していない。
働きたいから働いているのではないか
或いは自分で自由になるお金と
社会に参画している意識が欲しくて働いているのではないだろうか
情けないとか、男らしくないとか言われそうだから
黙っていたのだが
もし働かなくても収入がある状態なら
僕は確実に働いていない。
まして、家内がそこそこの稼ぎがあるのなら
家内が働いて僕が働かない、という選択肢もあったのではないかと思う。
自分勝手で上昇志向が強い人間は僕は苦手で
自然体で無理しないで生きている人間としか
腹を割って会話することができないので
営業職として得意先に出向いて仕事を取ってくることは
苦手ではないものの好きではない。
お金を払う人間が尊大な様を見るのが何よりも嫌いだからである。
働くことで得られることは
非常に多く有り
人生も豊かにしてくれることもある。
しかし、働きたくて働いているわけではない。
働かねばならないから働いているのである。
やりたい仕事では食べていけないから、
食べていけるだけの仕事をしているだけの話である。
専業主婦が成り立った理由とは
全員が稼がないと税収が成り立たない、という
国全体が抱える少子高齢化への恐怖心が煽る
ちょっとした幻想の存在が
過去には無かったからではないだろうか。
日本より先に、
しかも急速に加速度的に同じ問題が深刻化する予定の
中国の様子を見守りながら
ゆっくり対策を打てば良いのにねえ
因みに中国は現在は解除されている
「一人っ子政策」のお陰で
一組のカップルに両親が4人、その親が8人という構図である
全員が一人っ子だから、そのカップルに生まれた子供一人が
自分含めた13人分を稼いでいく計算でないと、社会が回らない。
これがちょっとでも兄弟が居たら圧倒的に負担の効率が変わるのであるが
「一人っ子政策」だからねえ。
専業主婦、という発想も難しいわけで。
全員が働かないと、13人分を働かねばならない人が女性であっても
条件は変わらないのでねぇ
経済が一方的に成長し続けていて
貨幣価値も総生産額も上がり続ける状態なら
問題はグッと楽になるのだけれども
そこまで経済は安定し続けられないだろうと
世界は思っている。
1980年頃から始まり、2013年(最終的には2015年)に終了するまでの
33年間は、戸籍を持って労働している人はほぼ全員が
「一人っ子」なのである。
今は35歳くらい以下の人が「全員一人っ子」だが
あと20年もすれば、働き盛りが全員一人っ子、となり
25歳の一人っ子の上に、50歳の親とその兄弟、
その上に75歳の曾祖母とその兄弟が乗っかかってる状況である。
日本の高齢化社会はもっと緩やかに
高齢化社会が構成されているが
中国は劇的であり、特定の世代に限定されているために
ほかで補充も代用も効かないのが難点である。
これが共働きしなければならない理由、である。
我々は決して
そのような「しなければならない」ような理由ではないはずだ。
どこか文化的で格好つけたいから、という理由から
働いているだけのような気がしてならない。
高齢者の「年金受給額が足りない」論争も一緒である。
「もらったお小遣いの範囲で生活しなさい!」
と彼らにも言いたいのである。
団塊世代の専業主婦が成り立った理由
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=116&from=diary&id=3850516
すでに珍しくはなくなった夫婦の共働き。内閣府の男女共同参画白書(平成27年版)によると、2014年時点で共働き世帯が1077万世帯に対して専業主婦のいる世帯は720万世帯。だが、1980年の時点では、共働き614万世帯に対して専業主婦のいる世帯は1114万世帯とほぼ逆の結果になっている。
だが、以前はどうして専業主婦が成り立っていたのだろうか。
「教えて!goo」でも「団塊世代の専業主婦が成り立った理由」という質問があった。
「現代日本だと専業主婦でやっていける家は裕福な家か、実家住まいで家賃の心配がない家なのかなと思っています。(中断)…質問ですが、団塊世代は専業主婦が多かったと伺っています。今だと1人の稼ぎだとやっていくのが大変なきがしますが、その頃はどういった経済状況、税制、社会保険制度だったからできたのでしょうか?」(hirochanoshieteさん)
この質問に、どんな回答が寄せられたのだろうか。
■専業主婦が成り立つ理由
まずはこんな回答から。
「手間はかかるけどお金のかからない、質素な生活をしていたというのが大きいと思います」(poco_2さん)
「生活が質素だったということです。車なんか持ってないし、電気製品も少なく、食事、衣服も質素で子どもの教育にかける費用も少なかったので、亭主の給料だけでやっていけました」(bagus3さん)
また、団塊世代の場合、終身雇用で仕事ができるため待遇も給与も良かったところも大きい。
「一度会社に勤めたら、当時は中卒であれ高卒であれ、大卒であれ、全員が終身雇用制で、待遇も給与もよかったのです。(中略)…当時は労働者の収入がとてもよくて、お父さん1人仕事をした収入だけで、家計がなりたったのです」(japaneseenglishさん)
「団塊世代が仕事で頑張った時代は日本の高度成長期と重なっていましたからね。仕事が幾らでもあり、人手が足りず、全般に売り手市場でした」(isoworldさん)
また、当時は女性が働く場所も少なかったからだという回答も。
「当時は、パートタイマーという働き方が定着していませんでした。主婦の働く場所が少なかった。(中略)…亭主が、今の1.5倍ぐらい働き、家庭のことは全て主婦にお任せの完全分業が効率的と考えられていました」(1pakuさん)
「今みたいに便利な生活ではなかったので主婦の家事も今より大変で、働きながら主婦業は難しい環境だったということもあるでしょう」(ma-fujiさん)
また、こんな意見も。
「年功序列から能力主義へ向かい、安定的な収入に対する不安も大きくなったと言えるでしょう。こうした意識から収入の補完や生活の安定を求めて、また雇用機会均等法など、女性の社会進出といった名目の元に、待遇など悪くても働かざるをえない女性が増えたということもあるのではないでしょうか?」(Moryouyouさん)
つまり、今の時代は家事労働が昔ほどは手間がかからなくなった点と収入への不安、この2点から共働きが増えているのではないかと考えられる。
だが、専業主婦か共働きか理想の家族像を決めつけることよりも、各々が自分たちにもっとも合った家族の形を模索することの方が必要なのではないだろうか。
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