酒席ではあるが、数少ない在版のライオンズファン同好の会が先日行われ、一頻り不毛な会話に花を咲かせた。40歳前後のオッサン3人だけである。そのうち一人は関東の学校に関東の事業所勤務の経験があるので、聖地・所沢に行ったことがあり残りの2人はライオンズが大阪にやってきたときに応援するのが関の山という無気力ぶり。
我々がライオンズのファンになった80年代には夢にも考えなかった「今年はBクラスだったね」という反省会。こんなにタイトル争いする選手が沢山居るのにBクラスというのは、我慢ならない話である。
ところで「一本足打法」と言えば、今年トリプルスリーを達成した柳田(ソフトバンク)が近年の選手では目立つ存在だが、ライオンズでは今年シーズン最多安打記録を更新した秋山翔吾と、毎年フォームが微妙に違うが浅村が行っている打法である。勿論、日本で一番知られているのはソフトバンクホークスの会長「世界の王」こと王貞治が一番の有名人ではある。
しかし、ライオンズファンにおいては、違う。実働年数はたった5年間でホークスからの移籍組である片平晋作が最も印象的な存在である。片平晋作は同リーグの(南海)ホークスから移籍して5年間在籍したのち、(横浜)大洋ホエールズに移籍して行った風のような存在ではあるが、「西武」として初優勝した82年、2連覇した翌83年、阪神と日本シリーズで激突した85年、リーグ2連覇に西武として3度目の日本一となった86年まで在籍し、その間はほぼレギュラーという主力選手だったのである。82年に初優勝した当時は、4番を打つ田淵幸一が右の一本足、片平が左の一本足で実に美しいコントラストを為していたわけだが。
その美しいフォームと打った後の姿勢が特徴的で、本人曰く「王貞治の物真似」だそうだ。確かに前かがみな一本足での立ち姿は同じ一本足で鳴らしていた門田博光と並べて見ても「全く違う」ので見比べてもらいたい。因みに柳田のそれとも違う。
余談だが、偶然にも片平(南海在籍)、柳田(現ソフトバンクホークス)に加えて、王貞治(ダイエーからソフトバンクの監督、会長)、田淵(ダイエー監督)、門田博光(南海、オリックス、ダイエー)と登場人物にはホークスにご縁が多い。
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