八大龍王伝説
【399 弱小フルーメスの意地(十六) 〜蒼鯨の困惑〜】
〔本編〕
龍王暦一〇五八年の六月から七月にかけて、フルーメス攻略部隊の本隊である蒼鯨軍は混乱の極みにいた。
物心両面で混乱していたのである。
なぜなら六月二九日にフルーメス島に上陸を果たした援軍の黄狐軍が、わずか三日でフルーメス王国の八つの城塞都市のうち、三つを陥落させたからであった。
それも無血陥落である。
状況について簡単に説明するとこうである。
城塞都市の一つウニイクラ城を囲んでいた蒼鯨軍はしばしの休憩のために、城壁の前から二百メートル程度離れた場所に駐留していた。
十分程度休憩した頃、東西南北全ての四方後方から併せて千人規模の兵がいきなりとび立し、ウニイクラ城の四方の門に向かって疾走を始めた。
一瞬、何事かと戸惑った蒼鯨の兵達であったが、それが自分達の蒼い軍でなく、黄色の軍と分かると、蒼鯨の兵たちは皆で、大声で笑った。
「見よ! あれは援軍としてきた黄狐の馬鹿どもだ! 何をとち狂って、ウニイクラ城に特攻を仕掛けるのだ?! そんなことで堕ちる城であれば、我々がとっくに陥落させている。たかだか千で何ができる。返り討ちにあうのがおちだ。皆! 笑え笑え!!」
しかし、笑っている蒼鯨の兵たちの前で不思議なことが起こった。
黄狐軍が特攻したウニイクラ城の四方の門が大きな地響きを立て、大きく開いたのである。
信じられないような顔でポカンとしている蒼鯨兵の見ている中、黄狐軍は一刃、一戦も交えず、千人全てがウニイクラ城に吸い込まれたのである。
さらにその後のことは蒼鯨軍にとっては、自分達の目すら疑うことが起こった。
五分後に、城の真ん中に聖皇国の国旗と黄狐軍の軍旗がかかげられ、ウニイクラ城の陥落を知った。
陥落を知った蒼鯨軍は、皆、狐につままれた面持ちではあったが、とにかくウニイクラ城に近づきその城に入城しようとした。味方の黄狐軍が敵の城を陥落させたのだから、当然の行動ではあるが、それを黄狐軍の司令官である小官位の兵が阻んだ。
小官位は千人規模の兵のトップである。
むろん、それには蒼鯨軍の兵たちが憤る。
蒼鯨軍は、自軍の一万と中央軍の五万の六万の軍勢を、二十に分けているため、ウニイクラ城を囲んでいた兵の数は三千となる。
三千であるため、ここの司令官は中官位の位の者である。
「我ら蒼鯨軍の入城を拒むとはどういったわけであるか?!」
蒼鯨兵たちの怒号の中、蒼鯨の中官が黄狐の小官に食ってかかった。
黄狐の小官も負けてはいない。
「これは、黄狐将軍であられるノイヤール様の厳命である。この厳命を違えると、我らは極刑(死刑)となる。それほど重い命(めい)なのだ!!」
蒼鯨の中官も部下たちの手前もあり黙っているわけにもいかない。
「俺様は中官だぞ。小官如きが逆らうのか?!」
「関係ない!!」
黄狐の小官も声を張り上げる。
「貴様は、蒼鯨の中官。私は黄狐の小官だ。貴様に従う謂われは一切ない。どうしても不服というのであれば、直接ノイヤール様に申し上げればよかろう。さあ、これ以上、お前たち(蒼鯨軍)に関わっている暇はない。どけ! それとも武力を持って訴えるか? まあその後のお前たちの運命がどうなるかは分かっていると思うがな!」
小官のその一言で黄狐の兵たちは大声で笑った。
蒼鯨の兵たちは苦虫を噛み潰したような顔になった。
いくら相手が千人、こちらが三千であろうと味方同士での戦いでは、当然、死罪に問われるのは自明だったからである。
驚く出来事はさらに続いた。
黄狐の兵がさらに千人やってきて、ウニイクラ城の城塞都市とその周辺地域の土地も全部抑え、その地に、蒼鯨の襲撃を受けて逃げ隠れていたフルーメスの民たちを呼び戻しはじめたのである。
とにかく驚くことは、黄狐の兵のその呼びかけに、敵であるはずのフルーメスの民が素直に従い、ウニイクラの城下に戻ってきたのである。
それはウニイクラ城が黄狐軍の手によって陥落してから十日で十万規模に達した。
「どんな密約をフルーメスの奴らと結んだかはしれぬが、……おそらくは、民の命を保証するとかであると思うが……、それならば奴ら黄狐は破綻をきたすぞ。何しろ食糧が一切ない! 田畑は焼き払われているので、すぐに得られる食料は一切ない!
そうすれば黄狐の兵は自分たちの食糧を民に回し、自分たちが飢えるか。或は結局、民を追い出すしか手がなくなる。三日と持つまい。馬鹿な奴らだ」
ウニイクラ城を包囲していた蒼鯨の中官の言葉である。
しかし、この中官の思惑は見事に外れた。
食糧がどこからともなく続々と運搬されてきたのである。
新たに加わった千の兵士たちが護衛につき、その食糧の列は途切れることがなかった。
とにかく、これはウニイクラ城だけで起こった現象ではなかった。
ほぼ同時期に無血陥落したホキシャケ城とハマチミル城でも同じようなことが起こったのである。
そして、間髪入れずに他の四つの城塞都市でも黄狐軍による同様の無血陥落劇が起こったのである。
それは、わずか十五日間という短期間に起こった。
さて、その間(かん)蒼鯨軍はどうしていたかというと、端的にいえば何もしていなかったのである。
いや、正確に表現するすれば何も出来なかったのである。
なぜなら、蒼鯨将軍スツールがどこに陣しているかが、蒼鯨軍のほとんどの者が知らなかったからである。
敵を欺く影武者作戦が、味方の蒼鯨軍が一つとなって対処しなければならないこの戦略的一大事に全く機能しないという大失態を演じることとなってしまったのである。
さらに相変わらず、フルーメス王国の三傑の一人『暗殺』のアッテンタートによる影武者及び幹部級の人材へ対する闇討ちが横行している。
ここに至ってなお、スツールが姿を晒せないのには、こういった理由があるからであった。
偽(にせ)命令、似非(えせ)情報が飛び交い、二十の分隊であった蒼鯨軍は、独走、迷走、分散をし続け、フルーメス軍、フルーメスの民によるゲリラの攻撃に頻繁にあい、その都度撃退はするが、隊の兵数は少なからず目減りし、中には壊滅に近い打撃をうける隊もしばしばあった。
食糧などの補給についても、このような状態であるから、常に補給隊が襲撃され、深刻な食糧不足に陥る隊もしばしば見られた。
そしてそのような状況下の中、遂にフルーメスの八の城塞都市のうち、唯一蒼鯨軍が陥落させたサバイワシ城も、その後、フルーメス王国軍からの反撃を受け、再奪取をされるという体たらくを演じてしまったのである。
〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
アッテンタート(フルーメス王国三傑の一人。暗殺の傑人)
スツール(ソルトルムンク聖皇国の蒼鯨将軍)
ノイヤール(ソルトルムンク聖皇国の黄狐将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
(地名)
ウニイクラ城(フルーメス王国の八城塞都市の一つ)
サバイワシ城(フルーメス王国の八城塞都市の一つ)
ハマチミル城(フルーメス王国の八城塞都市の一つ)
フルーメス島(ヴェルト大陸の南に位置する小さな島。フルーメス王国の全土)
ホキシャケ城(フルーメス王国の八城塞都市の一つ)
(その他)
黄狐軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。ノイヤールが将軍)
小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)
蒼鯨軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。スツールが将軍)
中官(指揮官の位の一つである官の第二位。三千人規模を指揮する)
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