八大龍王伝説
【394 弱小フルーメスの意地(十一) 〜二通の推薦状〜】
〔本編〕
「ソルトルムンク聖皇国のネムという者が、極秘裏にヘルマン王に申し上げたいことがあるといって、王城の門前に来ておりますが……」
「何者じゃ?! そのネムという者は……?」
コリダロス・ソームロの門番からの報告にシュトラテギーは、頭をひねった。
「その者は、何人の兵を率いている?」
「一人の従者を連れているだけです」
「この戦時中に、敵国からの使者が訪問とは……。訝しいことがあるものじゃ」
「爺! その使者はネムと申したか?」
フルーメス王国の三傑の一人、『戦略』のシュトラテギーが首をかしげている後ろから、フルーメス王国の現王へルマンが問いかけた。
「はい。王はネムなる者を知っておりますのか?」
「直接は知らない。しかし、父(ヅタトロ元王)が、南方に脱出する際に、言っていた言の葉を思い出した。『聖皇国のネムという者が尋ねてきたら、必ず会え』と……」
「そう言えば、その者は推薦状なる書状も持っていました。それも二通……」
「ん? 誰からの推薦状だ。それを見せてみよ!」
シュトラテギーはそう言うとその推薦状なる馬皮紙を二枚受け取り、目を通した。
「こ・これは……」
「どうした。爺(シュトラテギー)! 中身はなんと書いてある?」
へルマン王も気になってシュトラテギーに声をかけた。
「内容は、今読み上げます。『ソルトルムンク聖皇国ナゾレク地方の地方領主、シェーレの代理としてネムを推薦する。その者の言葉に耳を傾けられれば、幸いである』これだけです。二通とも同じ文面です」
「そう言えば今、思い出した! 父ヅタトロは、『シェーレの使者』としてネムという者が尋ねてくる……と言っていた!」
へルマン王は頷きながら言の葉を発した。
「しかし、文面自体に特に驚くことはありませんな」
その場にいたシュトラテギーの家臣の一人が呟いた。
「文面に驚いたのではない。この二通の推薦状の直筆のサインの主(ぬし)に驚いたのだ」
そう言うとシュトラテギーは一通一通、皆の前に広げながら言葉を続けた。
「こちらの推薦状は元カルガス國の故ウィップレスト王の娘のフラル姫殿から、そしてもう一通は元クルックス共和国の共和の四主の筆頭であられる林の麗姫殿からじゃ」
「生きておられたのか?! 林の麗姫殿は……?」
「カルガス國の王の娘……、そのような方が存在したのか?」
「これは聖皇国の何かの策略ではないか? 騙されてはいけないぞ!」
そこにいる家臣たちが思い思いに発言を始めだした。
「王。いかがなさいますか?」
皆が少し治まったころ、シュトラテギーはおもむろにヘルマン王に尋ねた。
「うん……」
ヘルマンは少し考え、
「そのネムとやらに会おう」
と決断した。
「何かの罠かもしれません。ご警戒を……」
家臣の一人が発言した。
「その書状が本物かの確認をとることもできません!」
別の家臣の言葉であった。
「それは分かっている」
へルマン王は若輩ながらも落ち着いた様子で言の葉を続けた。
「書状のサインの人物が実在しているかどうかは、今の我々には判断はつかない。しかし、偽書としてなんら我らに不都合なことがあるか? おそらくこの書状をもたせた元カルガスの姫も共和の四主の林の麗姫殿も、偽物か本物かはこちらの判断に任せているのであろう。
偽書としては、なんのメリットもないが、反対になんのデメリットもない。しかしこれを本物の書状として捉えた場合、我らの益になる可能性が万に一つはあると考えられる。そうであれば、ネムに会うのになんら不都合はない。私の身辺さえ警護が万全であれば、ネムともう一人の従者に何かできるわけではないから……」
「おっしゃるとおりです。さすがはヅタトロ様が推した王。この爺も同意見でございます」
シュトラテギーは、感激のあまり涙すら流していた。
龍王暦一〇五八年三月不詳日。フルーメス王国現王であるヘルマン王に、ソルトルムンク聖皇国のネムが拝謁した。
その時、ネムは一人の従者のみを連れていた。
「聖皇国ナゾレク地方の地方領主のシェーレの代理として参りましたネムでございます」
王の御前に案内されたネムはその場に跪(ひざまず)き、そう挨拶をした。
「そして私が……」
続いてネムの従者らしき者が言葉を発した。
その場にいる誰もが――ネムを除いて――、従者まで言葉を発するとは思っていなかった。勝手に従者と思い込んだふしも多分にあるが……。
「ソルトルムンク聖皇国、黄狐将軍のノイヤールと申します。今回のフルーメス王国攻略戦において、蒼鯨軍の援軍として命じられた軍の長でございます」
『……』
これにはフルーメス側の人々は皆言葉を失った。
「馬鹿な! 聖王国の一軍の長が自ら……?! ありえない!!」
フルーメス王国側の家臣の一人が叫んだ。
その言葉に、ネムの従者と思われていた者は、顔を上げ、おもむろに顔を覆っていた頭巾を外し、素顔をさらした。少し浅黒い顔であった。
しかし、正直素顔を晒されても、ここに集まっているフルーメス王国側の誰一人として、聖皇国の黄狐将軍ノイヤールの顔を知っているものはいなかった。
「ここにいる誰もがノイヤール殿の素顔を知りません。今から、ノイヤール殿の素顔を知っている者を探してきます」
へルマン王の家臣の一人がそう言った。
それに対してヘルマン王は、
「その必要はない」
と一言述べられたのであった。
ヘルマン王が言の葉を続ける。
「その者(ノイヤール)が本物か否かは、確認できるのであれば、その必要があるやもしれぬ。しかし、今の我々にその確認ができるとは到底、思えない。……で、あれば信用するしかあるまい。そして、わざわざフルーメス王国を攻めようという軍の長が出向くということは、よっぽどの内容の話を持ってきたのであろう。それは、この窮地にあるフルーメス王国としては、耳を傾けざるを得ない。そう私は思うが……」
この年(龍王暦一〇五八年)に二十一歳になったばかりの青年王の言の葉としては、驚嘆に値するものであった。
「爺も、王のご意見ごもっともと思います」
涙もろいシュトラテギーは、ここでも涙をこぼしそうになったが、さすがに他国の使者がいる手前、ぐっと堪えたのであった。
しかし、その驚きは使者であるネムにもあった。
黄狐将軍ノイヤールがそこまで考えて、自分に同伴したかは判断がつかないが、会談の流れはノイヤールの存在で一気に進む気配が見えてきた。
しかし、ネムは後で知ることになるのだが、ノイヤールの深慮遠謀はこんなものではなかったのである。
〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
ウィップレスト(カルガス國の元王。故人)
シェーレ(ナゾレク地方の地方長官)
シュトラテギー(フルーメス王国三傑の一人。戦略の傑人。三傑の筆頭)
ヅタトロ(フルーメス王国の元王。四賢帝の一人)
ネム(シェーレの片腕的存在。シェーレウィヒトラインの元三精女の一人)
ノイヤール(ソルトルムンク聖皇国の黄狐将軍)
林の麗姫(共和の四主の一人)
フラル姫(カルガス國の姫)
ヘルマン王(フルーメス王国の王。ヅタトロ元王の子)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國。滅亡)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
(地名)
コリダロス・ソームロ(フルーメス王国の首都であり王城)
ナゾレク地方(元カルガス國の王城のある地方)
(その他)
黄狐軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。ノイヤールが将軍)
共和の四主(クルックス共和国を影で操っている四人の総称。風の旅人、林の麗姫(れいき)、炎の童子、山の導師の四人)
蒼鯨軍(ソルトルムンク聖皇国七聖軍の一つ。スツールが将軍)
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