先日、得意先の古い知人が
突然、会社に尋ねてきた。
「営業の方、誰でも良いのでいらっしゃいませんか?」
僕の勤める会社は、そういった「一見さん」とは取引できないので
そういう客は「不審者」として通報される。
それでも、大事なお客である場合も無いわけではないので
一応、応対せねば。。。と玄関口まで行ったら
たまたま知人だったわけである。
その知人は
僕が駆け出しの営業だったころ、
1998年ころに担当していた消費者金融の
宣伝やインテリアを請け負う会社の社員さんである。
そこの消費者金融は元々大手の消費者金融をやっていたオーナーの
弟さんが経営している中堅の金融会社だったが
広告宣伝費や内装費や色々とした外ヅラは「一流大手」なみでったから
知人の会社はそこそこ、いや、かなり潤っていた。
Yさんというその人は、当時40過ぎ。
今の僕くらいの年齢だ。僕も駆け出しだった上に
若くて人生相談なんかもする相手も居なかったので
Yさんに良くしたものである。
その彼と同じ年に僕もなったわけだが
彼はやはりその分、年を食って
現在は59歳なのだ。
新入社員の頃の僕が見た彼の年齢が今の僕なら
今の僕が見る彼の年齢はまた未来の僕になるのだろうか。
その内、消費者金融の業界にも
色んなメスが入り始める。
一体、何がきっかけで、何が原因か?と言われると
貸し倒れが増えたり、不良債権が増えたり、
といった経営上の問題よりは
強引な取り立てや、
そもそも消費者金融って
高金利のグレーゾーン金利と言われる「違法貸付」じゃないの?って
議論や
色々取りざたされる内容が当然ながらネガティブで
現在も借金の整理で司法書士事務所や法律事務所が
「消費者金融で借りた事ある人、返し過ぎて居ませんか」
なんて煽る様に宣伝されていたりするので
それくらい苛烈なものだったわけであるが
そもそも消費者金融で借りなければならないほど
お金が必要なケースと云うのは
後から払う「掛売り」の支払いが間に合わない時か
お金も無いのに買い物したい時か
その日その日の生活にも困る時かのいずれかなのである。
そして、価値のあるものは持っていてもお金に出来ない人や
沢山収入はあるけど、借金も多額なので返済額も大きい人が
金融会社にとっては「良いお客」なのである。
彼らは利子でメシを食っているわけだから。
だが、新規顧客に貸し付けられないほど
消費者金融の業界は変容していくのである。
Yさんは、その会社をシレッと辞める準備を進めて居た。
部下も転職するように手配して
2005年から2010年の間までに
元の会社の人は全員が別の業種に移って行ったのである。
儚いものであるが、こればかりは仕方が無い。
前出の大手消費者金融も
外資系の金融会社が買収したり
その弟の会社ですら、営業権をノンバンクが買い取って
創業者は「売り抜け」をしたわけだから
一応の成功を見たわけでしょう。
一方で、取り残された社員たちは
必死に生き残りを掛けて闘うわけだけれども
財務体力に勝り、優良顧客から優良な利息収入を
優先して得られる銀行系のローンには
無担保融資の消費者金融は太刀打ちできない。
高い金利もそもそもが「貸し倒れ」のリスク代のようなものであり
リスクの高いお客に貸すからこそ
高い金利が取れたのである。
まあ、そんな感じで時代は変わってしまって
消費者金融=悪、に逆戻りししまう。
それを生業にメシを食べて居た連中が
我先にと鞍替えして行く中で
Yさんは別の会社の役員として転職を果たす。
そこまでは良かったんだがね。
話は戻るけれども、
その嘗ての、若い頃のYさんはオールバックに
鼻髭をたくわえて ギラギラしていた。
「営業なんだから、若い内はもっと遊ばなきゃ」
なんて説教も何回もされた気がする。
その雰囲気のまま、格好つけた
中年紳士になっていた筈だった。
業界が転落して行くのに合わせて
綺麗に転身して、別の業界に移り
そのどこかの会社の役員として働いているはずたったのだ
そのYさんが
突然、「誰か営業の方をお願いします」と僕の会社に来た理由は
何だったのか。
そんな尋ね方ってあるんだろうか。
受付もどうして内線を回して来たのか不思議だった。
「追い返しましょうか?」って訊くくらいだから。
だけど「Yさんって名乗ってます」という
名前が気になって受付に行って、
彼を見付けても、何もピンと来なかった。
彼は僕の名前を忘れて居た。
僕も最初は気付かなかった。
彼は私服で、トレッキングに行くような格好で
椅子に座っていたからだ。
言い方は悪いがみすぼらしい格好だったからだ。
「おお、おお。Aさん」
彼は眼と眼が合って暫くして、やっと僕の名前を切り出した。
「どうされたんです。お久しぶりです」
僕はそう言って彼を彼と認識して
社内に招き入れた。
どこかの会社で働いている筈の彼は
数年前まで
小さい会社ながら
やはり、そこそこの地位で仕事をしていたそうだ。
ところが、長く飲み続けて居た血圧の薬が
血管を蝕んでいたらしく
心筋梗塞と脳梗塞を次々と発症し
数回の手術を経て
何とか一命を取り留める、という事態になったらしい。
「でも、元に戻ったんでしょ?
後遺症でもおありですか?そうは見えないですよ」
少なくとも、僕の前に居る彼はそうではなかった。
但し、数年前までの彼でもなかった。
早口で忙しなかった彼の喋り口調は影を潜め
のんびりとゆっとりとしか喋られないようだった。
そのあと、上記の内容の
自らの身に起きた不幸事を
小一時間かけて僕にぶつけてきた。
そして、病気を原因に役員会で集中的に攻撃され
勤め先を退社すると
組んでいたローンが払えなくなり、
忽ち自己破産を迫られる事態に陥ったらしい。
「ローンが払えなくなった程度で破産は出来ませんよ」
と弁護士には言われたらしいが
総額が結構あったらしく、何とか破産する事は出来たらしい。
それから、余り自由が効かない身体でも
務まる数少ない仕事である掃除夫として
細々とやり直すことにしたらしいが
自分より年下の上司に酷く罵られ
口論を機に辞める事になり、遂に職のあても失ってしまう。
自宅で悶々とする日々を過ごす羽目になるが
それをしおに家族との折り合いが悪くなり
まだ大学に通っていた息子さんとケンカをしたのを機に
奥さんと息子さんとも別居し
半年後に離婚したそうだ。
離婚して、実家に戻ると今度は矍鑠とした母親に
「男が破産するとは何事だ!」
と責められたらしいが、残るは生活保護の申請をして
65歳まで待てば、年金で生活できる。。。という計画らしい。
しかし実家に居たのでは母親が年金を受給しているので
生活保護が受けられないので
どこかに自宅を借りなければならないらしいが
保証人になって貰える人が居らず
探しているのだと云う。
「保証人になって頂けませんか?」
「それは、即答でお断りします」
「それは、そうですよね。。。」
「そこまでの関係ではないですよ(笑)
だって、さっきまで名前だって分からなかったんですから」
「そりゃ、そうですね。」
かつての彼の同僚や得意先で懇意にしていた人の名前を
僕は次々に挙げて
「この方に頼んだらどうです?」
と言ってみた。
すると、やれ既に死亡しているだの、ガンで入院中だの、
音信不通になっているだの、で
頼める相手が残って居ない、と云うのだ。
挙句の果てに当時の部下に頼んだら断られたのも
ショックだったらしく、途方に暮れて居ると
そういう話だった。
「最後にお願いがあります」
「何でしょう」
「お金を貸して下さい。一万円、いや五千円で良いのです」
「Yさん、ここではなんですから。行きましょう」
僕は席を立ち、彼を帰り口に促した。
彼も、仕方が無いと思ったような表情で立ち上がり
僕の後をついて来た。
エレベータの前で僕は財布から一万円を取りだした。
「Yさん。ご苦労が続くでしょうが
元気を出して下さい。」
そう言って、一万円を彼に渡した。
「ありがとうございます。来週末か、来月末には必ず返します。」
「Yさん。返さなくていいんです。
僕に出来るのはこの程度の事くらいなんです。
以前のあなたと同じく、ローンもあるし、家族もぶら下がっている。
不動産賃貸の保証人をして差し上げる事も出来ないのです。
ですから、差し当たりこの程度で良ければ
返して頂かなくても結構なので、何か元気が出るものでも食べて下さい」
「必ず返しに上がりますから」
Yさんはそう言って、雨の中を小さな傘を指してトボトボと歩いて帰って行った。
いや、僕は彼が本当に返してくれなくても
返しに来てくれても構わない。
「身に起きた不幸」が本当でも嘘でも構わない。
そんな嘘をつかねばならなかったのなら、それはそれで不幸な事だし
本当なら本気で同情するほど不幸なのである。
そして、「来週末」は既に過ぎ
来月末は7月末。
出来れば、返しに現れるほどに彼が挽回していれば
それはそれで嬉しい。
次に嬉しいとしたら、僕を騙してでも
生き延びる力があるのだとしたら、それはそれで嬉しい。
だけど、返す力も無く
騙したのも一時的で
結局、またお金の無心に現れるようなら
非常に残念である。
現れなかったとしたら、彼はその後どうなるのか
至極心配である。
もう、彼の事を考えると
今までの仕事の過去が走馬灯のように駆け巡って
最近は、夜も寝つきが悪いのだ。
僕自身もいつか
巡り合わせでそんな風にならないとも限らない。
生き延びると云う事は
こんなケースもあるのだと云う事を
肝に銘じて生きていくしかないのだろうか。
何に躓き、何に困り、何と闘えば良いのか
僕にはさっぱり分からないが
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