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2015年06月04日02:36

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ストロンボリvs.噴火山の女、の間(はざま)で

 20世紀のイタリアには、ルキノ・ヴィスコンティという映画監督がいました。この人は貴族の末裔であったためか、「ベニスに死す」(1971)等の耽美的作品や、「山猫」(1963)等の没落貴族の頽廃趣味に満ちた作品を得意としていましたが、一本だけコメディ作品も手がけています。
  「ベリッシマ」(1951)です。
 Bellissimaというのは、最も美しい女性という意味のイタリア語ということですが、この映画は、幼い娘を何とか映画デビューさせようと、あの手この手を使って奮闘するステージママを描いた作品です。
 この主役を演じたのが、アンナ・マニャーニという女優さんです。とにかく、馬鹿でかい声でよくしゃべり、ものすごく情熱的でパワフル、それでいて結構美人で、がさつな感じがしないイタリアのマンマを見事に演じていました。
 イタリア人の女優さんというと、ソフィア・ローレンの名前を第一に挙げる人が多いとは思いますが、私にとってのイタリア人女優と言えば、何と言ってもアンナ・マニャーニです。
 この人は1973年にこの世を去っているので、知らない人も少なくないと思いますが、彼女は本国イタリアでは知らない人がいないと言われるほどの大女優で、その葬儀は「ローマ法王なみの葬儀だった」と記録されています。
 そのマニャーニの最も有名なシーンはおそらくこれでしょう。
http://www.youtube.com/watch?v=-5MMIMKhJNs

 これは、ロベルト・ロッセリーニ監督の名作「無防備都市」(1945)の一場面です(先の大戦でイタリアはムッソリーニ退陣後、ドイツに占領され、地下活動家検挙のため、民衆はゲシュタポ(ナチスの秘密国家警察)の手入れを受けることが度々ありましたが、その場面です)。
 この作品は、単にマニャーニの出世作というだけでなく、一人の大女優を動かしたという伝説に彩られています。この作品を観たイングリッド・バーグマンが感激して、ハリウッドを捨ててイタリアのロッセリーニの許に走ったというのです。二人はどちらも既婚者であったにもかかわらず、不倫関係に陥ったため、当時、一大スキャンダルになりました。
 ところが、期間やその始期・終期について定かなことは分かりませんが、マニャーニもまたロッセリーニの元愛人であったため、事態は三者の三角関係めいた様相を呈しました。
 その最中(1950年頃)には、ロッセリーニがバーグマンを主役に据えた「ストロンボリ、神の土地」(ストロンボリというのは、シチリア近くにある火山で有名な島)という作品を撮影中、マニャーニもまたすぐ近くのロケ地で、その名も「噴火山の女」という映画を撮っていたという笑い話みたいな出来事までありました。
 その後、バーグマンはロッセリーニと結婚しましたが、その結婚生活は7年間しか続かず、彼女はハリウッドに戻りました。一方、マニャーニは、1955年に、アメリカで撮った「バラの刺青」という作品でアカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞 (ドラマ部門)を受賞しています(当時のイタリア映画界にとっては快挙と讃えられています)。
 もっとも、上述のとおり、マニャーニはその18年後には、他界してしまうのですが、晩年の彼女を支えた一人はロッセリーニだったと云われています。
 なお、バーグマンとマニャーニは、1953年には「われら女性」というイタリア映画で、なんと「共演」しています。もっとも、「共演」といっても、この作品はオムニバス映画であるらしく、挿話ごとに別々に撮られた可能性が高いので、異なる挿話に出演した両者は撮影中も直接には顔を合わせる機会はなかったのではないかと思われます。

 ロッセリーニ、バーグマン、マニャーニの三者の間の関係はいかがなものだったのか、今となっては定かなことは分からず、その点についてあれこれ詮索することは、それこそ下衆の勘ぐりでしかないですが、上述の「無防備都市」の中に出てくる、ある台詞は、この場合、ピッタリではないかと思われます。
 その台詞は、(私の記憶では)父親が子どもを寝かせつけるときの枕元での父子の会話の場面で出てきます。子どもはいつものようにその日あった出来事を父に話します。でも、いつもと違っていたことは、その日あったことの一部が友だちから「これは秘密」と言われていたことだったことでした。そこで、子供は、秘密にすべき部分を除いて父に話し、秘密の部分については、「でもそれは話せないんだ。秘密なんだ」と言いました。ここで、父親は、しつこくその秘密の内容を問いただすのではなく、微笑んで「秘密は守らなければいけない」と言って、枕元を後にしたのです。1
 映画を最後まで見ると、実はこの作品のテーマはこれだったのではないかとも思われるくらいの重みがこの言葉に出てくることが感じられるのですが、それはさておき、ロッセリーニ、バーグマン、マニャーニの三者の間にあったことについても、「秘密は守らなければいけない」ですね。
 特定秘密保護法などによらずとも、人々の良識によって守られた秘密もあったということです。

 今日は、38年前、ロッセリーニが秘密を守って旅立った日です。
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