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2015年05月09日07:12

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〔小説〕八大龍王伝説 【367 虚(きょ)】 


 八大龍王伝説


【367 虚(きょ)】


〔本編〕
 その時、信じられないことが起こった。
 ナンダの得物である紅い炎の槍――ロートフォイアーランツがシャカラの長斧の一撃を受けた部分から折れ曲がったのである。
 角度にしてほんの五度程度であるが、驚くべきことであった。
 そして、そのシャカラの長斧の一撃は、ナンダの両腕にも影響を及ぼした。ナンダの両腕の上腕部分の骨に亀裂が入ったのである。
 骨が折れるところまではいかなかったが、それも十分ナンダを驚かした。
 しかし、それで終わらなかった。
 振り下ろされた長斧は紅い槍で受けきれず、ナンダの兜を直撃したのである。
 ナンダの付帯能力――アドバンテージスキルの一つである直感スキルが働かなければ、ナンダの頭は兜ごと真っ二つになっていたであろう。
 直感スキルに従い、ナンダは得物の槍から左手を離し、右手一本のみで持ち、思いっきり上体を後ろに反らせたのである。
 それによりナンダは頭を真っ二つにされなかったが、それでも兜から、顔面そして胸から腰にかけて鎧に亀裂が入り、深いところで一センチメートル程度の深さの――顔面から右胸そして腰に至る一筋の傷をシャカラによって被(こうむ)ったのである。
 みるみるナンダの顔から腰にかけて鮮血が噴出す。それでもこの程度の傷で済んだのは僥倖(ぎょうこう)であった。
 それほど、シャカラのこの一撃は致命的な結果をもたらす一撃であったのである。しかし、防御が間に合ったナンダをして、これほどの一撃を喰らわすことができたシャカラの力の源(みなもと)とは何であろうか?
 一言で言えば、純粋な『力』であった。
 二言で言い表すと、『膂力(りょりょく)』とそれに伴う『総合力』と言えるであろう。
 実を言えば、シャカラは意外にも力持ちなのである。
 むろん単純な力――いわゆる膂力で言えば、第四龍王のワシュウキツ、そしてそれに追随するように第五龍王トクシャカが続くが、その次が第三龍王のシャカラである。
 むろん、ワシュウキツとトクシャカから、かなりの差をつけられての第三位ではあるが、それでも他の四人の龍王よりは膂力的には優れているのである。
 ここで『四人の龍王』といったが、それは第八龍王のウバツラを除いているからである。
 実のところウバツラの能力は一切が不明なので、こういったランキングには加えることができないのである。
 いずれにせよ残りの四龍王のうち、第二龍王のバツナンダ、第六龍王のアナバタツタ、第七龍王のマナシは女神であるため、やはり純粋な力という点では男の神々より劣るのである。そこは地上界の人間と同じ事情と言えるであろう。
 そして、実は第一龍王のナンダが一番膂力的には最下位なのである。
 女神達より膂力で劣るというのは意外ではあるが、歴代のナンダが攻撃の速さを追及するあまり、空気抵抗などの抵抗すら極力少なくするために、筋肉に自らの意思で膨張を防止する結界を施したという伝説が残るぐらいであるから、その信憑性は確かなモノかも知れない。
 むしろそれは呪いに近いもので、ナンダという第一龍王達に課せられた妄執(もうしゅう)のようなものであろう。
 いずれにせよ膂力(りょりょく)だけの問題ではなかった。シャカラはこの一撃に全能力を集中していたのである。
 この一撃に関していえば、全く『虚(きょ)』がなかったのである。
 ナンダの虚を暴く二つの能力――直感スキルと陣地作成スキルが全く何の反応も示さなかったわけである。虚が一切なかったのであるから……。
 しかし、それこそがシャカラの大きな罠であった。シャカラは技の龍王である。そして智の龍王でもある。技と智……この組み合わせは、多分に虚を含む。それは当然の帰結であった。
 純粋な力上回る――例えば、速さを挫く、或いは力を屈する――そのために、虚は必要不可欠である。
 だから技と智の龍王であるシャカラを『虚』抜きでは語れないのである。
 そのシャカラがこの一撃に限って、実(じつ)のみの攻撃を行った。しかし、それこそがシャカラの最大の『虚』であったのかもしれない。
 実際に一瞬とはいえ、ナンダが自らの能力――直感スキルと陣地作成スキルを疑ったのであるからである。いずれにせよ、シャカラの偽りが一切ない一撃は、強烈であった。
 そしてそれは一撃では留まらなかったのである。
 ナンダの右の腰に流れたシャカラの一撃は、そこで長斧の刃を時計回りに四十五度起こし、そのままナンダの右から左へ腰の部分に水平に流したのである。
 長斧の刃の逆側――そこには目には見えないが、一度はナンダの心臓を抉(えぐ)った二十センチメートル程度の鳶口(とびぐち)がある部分であった。
 その見えない鳶口が、ナンダの右の腰の部分に迫る。この一撃も全く虚のない本気の一撃であった。
 ナンダももう変化を一切疑わず、槍を持った右手一本でこのシャカラの一撃を受ける。
 見えない鳶口を受けた紅い槍はさらに折れ曲がり、それでもシャカラの一撃を受けきれず、腰の部分に鳶口が突き立てられたのであった。
 ナンダは腰を後ろにずらし、その一撃も致命傷から逃れる。
 しかし、腰を後ろにずらしたことにより、炎馬から体が離れ、炎馬とナンダの間にシャカラの体を割り込ませる隙間を作ったのであった。これにより炎馬にはナンダをフォローすることは完全にできなくなった。
 シャカラの鳶口による一撃はナンダに致命傷は与えられなかったが、それでもその勢いは、受け止めた紅い槍をナンダの右から左へ流し、ナンダの腰に水平の傷を負わせた。
 ナンダもこの一撃から紅い槍を右手から左手へ持ち替えたのである。その持ち替えが一瞬でも遅れれば、ナンダの紅い槍は真っ二つになっていたであろう。
 ナンダの下腹部が浅いとはいえ、裂ける。
 そして、ナンダの右から左――シャカラからすれば左から右へ水平に流された長斧は、紅い槍を鳶口に引っ掛けたまま、シャカラの手から外れた。
 ……いや、シャカラが故意に長斧を離したのである。
 シャカラが手を離したことによって長斧はナンダの左側に飛んでいく。ナンダの槍を引っ掛けたままである。
 むろんナンダは槍を手から離してはいないが、それでも長斧の勢いで、槍をもっている左手は、左側に伸びきる。
 一瞬間かもしれないが、それはナンダと紅い槍を完全に引き離した。
 シャカラにはその時、一切の躊躇(ちゅうちょ)がなかった。
 長斧を手放した右手は、長斧、短斧に続く第三の武器――『短い刃物(クルツシュナイデ)』を一本掴み、ナンダの左の腰へ、そして左手は短斧を握り、ナンダの頭上に振り下ろした。
 シャカラが自らの勝利を確信した瞬間であった。



〔参考 用語集〕
(龍王名)
 難陀(ナンダ)龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王とその継承神の総称)
 跋難陀(バツナンダ)龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王とその継承神の総称)
 沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)
 和修吉(ワシュウキツ)龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王とその継承神の総称)
 徳叉迦(トクシャカ)龍王(ミケルクスド國を建国した第五龍王とその継承神の総称)
 阿那婆達多(アナバタツタ)龍王(カルガス國を建国した第六龍王とその継承神の総称)
 摩那斯(マナシ)龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王とその継承神の総称)
 優鉢羅(ウバツラ)龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王とその継承神の総称)

(神名・人名等)

(国名)

(地名)

(兵種名)

(付帯能力名)
 付帯能力(その人物個人の特有の能力。『アドバンテージスキル』という。十六種類に体系化されている)
 直感スキル(十六の付帯能力の一つ。現在や近未来の状況を感覚的に読み取る能力。通常の直感と非常に近い能力である)
 陣地作成・物体作成スキル(十六の付帯能力の一つ。自分の周辺或いは一定の場所や部分に、自分に都合の良い結界(陣地)或いは物体を作る能力。その結界内では敵にあたる者は何らかの制限を受ける。また作成された物体は結界内において、その能力を最大限に発揮する)

(竜名)

(武器名)
 紅き火の槍(ナンダの得物)
 クルツシュナイデ(シャカラの隠し武器。『短い刃物』という意味)
 短斧(シャカラの得物の一つ。短い柄の戦斧)
 長斧(シャカラの得物の一つ。文字通り長い柄のついた戦斧)

(その他)
 炎馬(馬と火竜(或いは炎竜)の混血の馬。『ファイアーホース』とも言う)
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