話が前後しますが先日14日、バンコクで有名なポンパン先生にご協力をいただいてスラムで紙芝居をひらくことができました。
自分には普段から悩みがありました。
スラムの子どもたちに普段から思いやりやルールなどを教えたいと思ってはいるものの、スラムの子ども達のこまった癖として、集中力がなく、大人の話をなかなかきけないのです。
人が話をしていてもお互いが話をはじめ、30秒と話を聞くことができません。
でも子ども達には社会で覚えるべきルールがたくさんあります。
ですので自分は子ども達に一番訴えかけられるやりかたはなんだろうと普段から悩みをもっていました。
ですが先日これに素晴らしい手助けをしてくれる人と知り合うことができました。
バンコクで語学教室を開いていらっしゃるポンパン先生です。
ポンパン先生はさすがに教師だけあって答えをだすことに明快でした。
「紙芝居はどうでしょうか」
と提案してくれたのです。
自分は大賛成でした。自分も大阪に住んでいた頃、紙芝居を一度だけみたことがありますが、アニメや特撮などのTV番組が氾濫していた当時でさえ、おじさんの生の声で演出してくれる紙芝居は本当に楽しいものでした。
ポンパン先生のすごいところはアイデアだけではありません。
判断すると、すぐそれに見合う人材らを探し出し、どんなに難しいことであってもそれを最短でやってのける行動力です。
これは単なる秀才クラスでできることではありません。
行動と実行には単に秀才と言われる人の能力以上に、人望と熱意が必要とされることが多いものです。
実際ポンパン先生は紙芝居の原案を考え出し、わずか1週間で手製の紙芝居をボランティアのご友人と作ってしまいました。
驚くべき事は、現地でリハーサルをほとんどせずに、別のヘルパーさんと気脈を通じて劇に近い感動的な紙芝居を作り得たということです。
結果は大成功。
1分も人の話をだまってきくことができなかった子ども達が、なんと10分以上も続いた紙芝居を、真剣に見入ってくれたのです。
紙芝居のストーリーは日本の昔話、ある改心した鬼の話なのですが、この中には他人の思いやりなど教育として素晴らしいエッセンスがつまっています。
1週間で作り得たとは思えない素晴らしいものでした。
参加してくれた他の人達も協力もあり、紙芝居と同時進行で共に簡単な劇を行うこともできましたが、これも熱意があって子ども達は大興奮。
この日ほど人のつながりのありがたさを感じたことはありませんでした。
自分は反省したのですが、自分の熱意が子ども達に伝わらなかったのは、子ども達の能力が低いと言うことではなく、自分の工夫が足りなかっただけなのです。
当日はそれを思い知ることにもなり、助けていただいたポンパン先生はじめ皆さんに手をあわせる思いでした。
本当にありがとうございます。
ログインしてコメントを確認・投稿する