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2014年12月11日08:09

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寡黙性食物「伊勢エビ解体の夕餉」

過日、三宅島の別荘の「お隣さん」から母宅に「お歳暮」が届いた。
別荘地ではなく、江戸時代末の「集落名主の隠居所」を、まだ「離島観光ブーム」のはるか昔、私が小学校3年生の時父が買ったもので、当然お隣さんは「村の人」である。
 定年退職後、父は島の人に教えられ、榛の木林の伐採・焼き畑・開墾、野菜畑に花畑、ビニールハウス、仮小屋にドラム缶を並べた「手作り貯水タンク」まであり、夜と雨の日はパソコンに読書、島の人へのパソコン出張教師(秋葉原で買い付け、輸送し、取り付け、1から教える)や、集落で始めて「国立大学志望」の子の家庭教師、しまいには自治会役員まで務めたので、島の人に「同じ集落の一員」と認めてもらえた。
お世話になった方々とは、父亡き後も「島の産物」と「東京の・気の利いた美味しい物」をお中元・お歳暮にやりとりしている。

 で、三宅島特産「養殖伊勢エビのとびきり上等」が3尾、クール便で届いたのだ。「ハレの日のお御馳走」である!
夕方ドッコイ氏と行くと、食卓に大皿3枚、真っ赤に茹で上がって荒熱をとった大きな伊勢エビが鎮座ましましていた。あとはご飯にみそ汁、サラダにラッキョウ、のみ。(伊勢エビが大きすぎてそれ以上乗せられない)

 まずは、とにかくこの皿からはみ出す大ものを解体しなければならぬ。頭と胴を両の手にむんずとつかんで(それくらい大きい!)ねじり取る、で、脚を1本1本もいですみに置き、本体にキッチンばさみで横から切れ目を入れ、バリバリと甲羅をむしり取る。
 だが、このぷりぷりとジューシーな1塊は「メイン」である、ぐっとガマンして取っておくことにする。
 頭、これがタチが悪い。カパッと開いたら蠱惑的な白いひだひだ、しかしこれは全部水っぽいエラで食べられない。頭頂部にやっと僅かばかりのミソを発見するが、苦潮臭いだけで「珍味」とはいえぬ。
 しかしまだ惜しく、本体の一塊に歯を立てるわけにはいかぬ。
で、脚に行く。三節に別れており、鉛筆・割り箸・ストローのようである、が、これは強固で分厚い殻コミで、中味ははるかに細い。パキリと割ると、エラでふやけた指に突き刺さり、そろりと引き抜くと美味な肉はあっさり途中で気まぐれにちぎれ、また殻を割り、追いかけっこをしなければならぬ。
若い恋人たちが浜辺でキャッキャ・ウフフしている場合と違う。
こちらはまだ米粒ひとつ、みそ汁の一すすりもないまま、黙々と、解体の重労働と傷みに忍耐を持って臨み、僅かな果肉の報酬を得ている最中なのだ。
鉛筆からは割り箸の細さ、割り箸からはストローの細さ、である。
脚はウジャグラある。

 ふやけきった指の皮が無残にも傷つけられる苦痛に、私はついにストローを放棄した。殻の強固さは変らず、得られるのはマッチ棒のような細い肉であると判断したのである。
茶碗のご飯は冷え切り、みそ汁は冷めまくり、一塊の胴体の肉は3口「かぶりつく」という快楽を与えてはくれたが、高カロリーというものでもなく、ああ、ラッキョウばかりがやけに美味い。
私たちはほぼ無言でこの「苦行の宴」を終えた。
確かに美味である、島の人の暖かい心使いが嬉しい、噴火前の、あの、穏やかだった、屋根が板葺きから黒ペンキ塗りのトタンになっただけで、江戸から変らぬ建物、天然石の石組みの坂道にゆるく流れるあの潮の香り…
しかし、使った体力のカロリーと摂ったカロリーはほぼ等しい。
腹はふくれているが、
「ああ、これではきっと夜食を食べずには済まされないのだろうなあ…」
と思って、ドッコイ氏の大皿を除くと、なんということ!
あの頭部にある「ヒゲ」の付け根、あそこが蟹のハサミとはいわないが、ぷっくり膨れあがっている部分、あそこを断ち割って、きれいに食べている。しかし。
そこはカツカツと鋭く尖った棘の密集地である。おそらく最初に手を付けたのであろう、もはやふやけきった指では、「スペイン異端審問の拷問の攻め具のような激痛」をともなうであろう。
これだけ苦行に耐えたのである、私は自ら進んで内側に鉄錨を並べた首輪にのど仏とうなじを捧げるほどの被虐趣味者ではない。
(この長ったらしい文章を、休まず嬉々としてカチカチ打ち続けているところを見ると、やはり少しはマゾッ気があるのかもしれないが…)

 もしも来年同じように「伊勢」エビが届いたら、私は「威勢」のいいうちに、指のふやけるその前に、真っ先にそのサディスティックな部分をさらにサディスティックにキッチンばさみで断ち割って、美味な果肉をせせりとってくれようぞ。

世の中に、「金」と「伊勢エビ」は私の仇である。
ああ、早く仇に巡り会いたい!


このエッセイは「UFO文學14年度冬季号」に掲載しますので、引用・盗作を固く禁じます。発覚した場合は提訴します。
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