八大龍王伝説
【342 アトン会談(後)】
〔本編〕
「続いて、昨年の一月一五日のバルナート帝國船団二万の進行を皮切りに、同月の一八日にジュリス王国の船団が一万合流し、さらに同月の二二日にミケルクスド國の船団一万が合流しました。
行く先はヴェルト大陸南西の元ゴンク帝國領。目的はそこのそれぞれの割譲された地域への駐屯軍の派遣で、事実上の三國によるソルトルムンク聖王国に対する武力干渉です。
これは一昨年(龍王暦一〇五三年)の七月一九日に聖王国によるゴンク帝國の復活が発端であります。ゴンク帝國の復活といえば聞こえがいいですが、ヴェルト大陸の最南端のツイン地方に押し込まれたゴンク帝國は実質的な滅亡を意味することは衆目の事実です。
その際、元ゴンク帝國の五地方のうち、ヘルテン地方とフエテン地方を除く三地方――ヒールテン地方、テンガード地方、ロモモテン地方の三地方をジュリス、ミケルクスド、バルナートの三國に聖王国は割譲すると宣言しました。
昨年(龍王暦一〇五四年)の二月をその割譲予定としていましたが、昨年の一月になっても全くそれに関する打ち合わせがありません。おそらく、聖王国としては形だけの割譲として、実質的にはゴンク帝國五地方をソルトルムンク聖王国の領土とする目論見だったと思われます。
実際、我らヴェルト大陸の北方に存している三國としては、南方の元ゴンク帝國領に自軍を送るのは並大抵のことではありません。聖王国の黒宰相(ザッド)は、そう考え、当然我らが駐屯兵を送らない或いは送っても数百人だと高をくくっていたのだと思われます。
それに対しラムシェル王はジュリス、バルナートの両王に働きかけ三國合同で四万規模の大軍を遠征させました。実際に昨年の一月に派遣されたその遠征軍は同年八月に元ゴンク帝國の地に到着しました。
これで、ジュリス、ミケルクスド、バルナート三國による一大勢力をヴェルト大陸の南東に出現させたことになります。ザッドの悪辣な企みを逆手にとったラムシェル王ならではの妙案だと私は思います」
「追従はいいです。話を先に進めて下さい」
「はっ」
ラムシェル王が口を挟み、ベッルルスは慌てて話を先に進めた。
「話を戻しまして、昨年の二月一五日ですが、ソルトルムンク聖王国は、クルックス共和国を復活させました。ただその首相としてソンバスを任命したのです」
「ユスィソンクル末裔のソンバスか……。ソンバスの性格からいって、共和四主との激突は必至だな」
バルナート帝國宰相のマクダクルスが口を挟んだ。
「マクダクルス殿のおっしゃる通りです。その内部抗争をきっかけとして、ザッドは共和の四主勢力を駆逐し、クルックス共和国領もソルトルムンク聖王国の支配としようと画策していると考察いたします」
「ベッルルスの考察でほぼ間違いはあるまい。我らとしてもなんら対抗策を生じなければいけないが……」
ジュリス王国のユンルグッホ王の言の葉である。
「ユンルグッホ王のおっしゃるとおりですな。秘密裡に『共和の四主』と接触を図り、ソンバス首相との激突を回避するよう手をうちましょう。先のゴンク帝國の件にいたしましても、地下組織があると聞いております。そことの接触を試みていきましょう」
ラムシェル王がこう提案した。
一同が頷く中、ベッルルスが話を続けた。
「話を続けさせていただきます。昨年の五月になりますが、ソルトルムンク聖王国が大幅な軍の組織編制を行いました。従来の天時・地利・人和の三将軍制から、六将軍制へ移行とのことです」
「ほぉ〜! 聖王国にはそんなに人材が豊富でしたかな?」
ミケルクスド國の頭脳と称されている将軍のハリマが嫌味たっぷりに口を挟んだ。
「六将の話の前に一つ確認しておきたいことがございます。話の腰を折って恐縮ですが……」
そう言ったのは、唯一フルーメス王国からこの会議に参加しているヘラフィであった。
「我が王――ヅタトロより、元ゴンク帝國領へ派遣されたそれぞれの國の駐留官の長を把握してくるよう、打診がございました。お明かしいただけると幸いです」
「むろん隠すことではありませんので……」
ミケルクスド國のラムシェル王であった。
「ジュリス王国がイデアーレ将軍。バルナート帝國がバーフェム将軍。そしてミケルクスド國がユングフラである」
「おぉ〜。ラムシェル王の妹君であらせられるユングフラ姫でございますか。それであれば南方(元ゴンク帝國領)の三國の駐留地は、一つにまとまるでしょう。これを聞き安心いたしました。我がヅタトロ王も安心されると思います」
「納得いかれましたか。ヘラフィ殿。それではベッルルス殿。話を先に進めて下さい」
「はっ! ラムシェル王」
そう言うとジュリスの宰相ベッルルスは、ソルトルムンク聖王国の六将制についての話を始めた。
「先ずは、六将の名称とその人物を記載いたしました紙(馬皮紙)がございます。そちらをご覧いただきたいと思います」
ベッルルスは、そう言うと一メートルの長さの馬皮紙を皆の前に広げた。
それをそれぞれの王から始まり、一人一人が順々に見た。そこに書かれているのは次の七行であった。
『金竜(こんりゅう)将軍――マクスール』
『銀狼(ぎんろう)将軍――ドンク』
『紫鳳(しほう)将軍――エアフェーベン』
『蒼鯨(そうげい)将軍――……』
『碧牛(へきぎゅう)将軍――……』
『黒蛇(こくじゃ)将軍――グロイアス』
『近衛大将軍――グラフ』
「なにやら大層な名前の六将だな。このうち蒼鯨将軍と碧牛将軍の二将軍に『……』が入っているが、これはどういう意味なのだ?」
ミケルクスドのハリマの言である。
「おそらく、昨年の五月の段階で人選が決まっていなかったと思われます」
「ハッハッ! 人材も揃っていないのに大層な制度を作り上げるからそうなるのよ!」
ベッルルスの説明にハリマが大笑した。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
(神名・人名等)
イデアーレ(ジュリス王国の将軍)
エアフェーベン(ソルトルムンク聖王国の紫鳳将軍)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の近衛大将軍)
グロイアス(ソルトルムンク聖王国の黒蛇将軍)
ザッド(ソルトルムンク聖王国の宰相)
ソンバス(クルックス共和国の首相。ユスィソンクルの末裔)
ヅダトロ王(フルーメス王国の王。四賢帝の一人)
ドンク(ソルトルムンク聖王国の銀狼将軍)
バーフェム(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
ハリマ(ラムシェル王の家臣。ラムシェルの右脳と呼ばれる人物)
ベッルルス(ジュリス王国の宰相)
ヘラフィ(フルーメス王国の宰相)
マクスール(ソルトルムンク聖王国の金竜将軍)
ユスィソンクル(クルックス共和国を建国した人物)
ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
ユンルグッホ王(ジュリス王国の王)
ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國。滅亡)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡)
ゴンク帝國(南の超弱小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。現在はツイン地方のみが国土)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)
(地名)
ツイン地方(ヴェルト大陸最南端の地方)
テンガード地方(元ゴンク帝國の一地方)
ヒールテン地方(元ゴンク帝國の一地方)
フエテン地方(元ゴンク帝國の一地方)
ヘルテン地方(元ゴンク帝國の一地域)
ロモモテン地方(元ゴンク帝國の一地方)
(兵種名)
(付帯能力名)
(竜名)
(武器名)
(その他)
共和の四主(クルックス共和国を影で操っている四人の総称。風の旅人、林の麗姫(れいき)、炎の童子、山の導師の四人)
〔参考二 大陸全図〕
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