八大龍王伝説
【３２７ 木偶�供�
〔本編〕
“しかし……。シャカラにも突破口はないはず！”
マナシの判断はそこにあった。
マナシはこの第一戦で勝ちは考えていないのである。第一戦で引き分けである以上、必ず第三戦の自分との戦いに持ち込まれると信じていた。
そして、第三戦は自分（マナシ）の勝ちと信じて疑っていなかった。
それはともかく、この第一戦のシャカラと木偶の戦いが長引けば、長引くほどマナシ陣営にとっては有利である。
シャカラに残されているのは、マナシとの戦いにおける素早い決着であった。むろん、シャカラが勝利してであることは言わずもがであろう。万が一、長期戦を嫌ったシャカラが木偶との戦闘の中止を表明したら……。
第一戦はシャカラが負けを認め、残り二戦に勝利をかけた場合であるが……。
「……論外だな」思わず、姿を消したマナシから小さな声が漏れた。
“そんな奴に勝利はない！”
マナシの考えには、読者の皆様も当然共感を得るであろう。
『戦いを放棄した者（神）に勝利はない』
これは闘神の共通認識の一つの考え方であるが、この通りである。
しかし、シャカラは思いもかけない方法で、この木偶との戦いに終止符を打ったのであった。
そしてそれは突然であった。
シャカラは、何回かの木偶との打ち合いの中でいきなり攻勢に転じたのである。
長斧による木偶の右脇腹への振り払い。
その時、木偶の攻撃はシャカラの頭上への一撃を放った直後であった。
つまり、シャカラは自らの頭部への一撃に全く無頓着に木偶の右脇腹に攻撃を放ったのである。
この時である。
シャカラは不思議な行動に出た。
長斧を握っていた右手を離し、自分の頭を庇うように頭の辺りに右腕を持っていったのである。
従って、シャカラの左手一本の木偶の右脇腹への一撃は力不足で、決定的な有効打とはなりえず、シャカラは木偶のシャカラの頭上への一撃で、右腕共々、頭をかち割られるはずであった。
通常であったならそのような顛末を辿る愚策をシャカラはあえてとったのであった。
これに対し木偶のトクシャカは、信じられない行動に出たのである。
シャカラの頭部への一撃をそのまま右斜めに流し、自身の右脇腹のすぐ横に自分の剣を構え直したのである。
「ガキィ〜！」
「グシャリ！」
二つの大きな音が同時に闘技場に響き渡った。
前者の音は木偶の右脇腹の辺りで、木偶の剣がシャカラの長斧を受け止めた音。
そして後者の音は自分の頭をかばったシャカラの右腕が拳を握り、それを木偶の顔面に繰り出したために起こった、木偶の顔面を潰した音であった。
勝敗はこれで決したのである。
顔面を大きく陥没させられた木偶は、全ての機能を停止させてしまったのである。
なんとも終わってみれば呆気ない幕切れであった。
木偶の頭頂部はなるほどバサラ製の兜に守られていたかもしれない。しかし、顔面は無防備であった。
だとしても、そこが問題ではない。
古今東西、顔面まで守る兜や、仮面は存在していたが、実際に戦う者からすれば、それははなはだデメリットが多かった。
一番のデメリットは視野が狭くなることであろう。
強者同士の戦いにおいて、顔面を防具で覆うより、視野が狭くなるほうがずっと不利であった。
顔面の――いわゆる目の前の攻撃は、武器で防ぐなり、よけるなりすれば良いのである。そもそも無防備な状態で敵の攻撃手段を目の前に展開させるなどもっての他である。
しかし、木偶はそれをシャカラに対して行ったのである。
人ですら愚かすぎて行わない行為であった。
「しょせん木偶は……。木偶であったということか」姿を現さないマナシの声が闘技場に響いてきた。
「それにしても思い切った行動をとったものだ。普通なら命を落としかねない行動だぞ。シャカラ！」マナシの声が続いた。
「普通ならな……」それに対する意味深なシャカラの回答。
「しかし、木偶なら必ずあそこで僕の頭上への攻撃を中止して、自分の右脇腹を防御する形をとると確信していた。僕の右腕を頭部への防御の意思ととった以上、木偶は自分の身を最優先に守るため、あえて左手だけの必殺とはほど遠い長斧の一撃への防御を優先したというわけだ。
あらゆる戦闘経験の記録の中から最も戦い続けるために確実な手を打ってきたというわけだ。生身の者であれば、敵の頭部への一撃で全てが決まるので――当然、素手の右腕一本などでその一撃を受け止めきれるとは考えないから……。右脇腹などひねって多少かわすかして、全力で防御にいくなどという手は取らない。所謂『肉を切らせて、骨を断つ』ということだな」シャカラの言の葉は続く。
「しかし、僕の右の素手を防御の態勢と理解しつつ、それが武器にも変わるうることを、全く計算に入れなかったのも、自分で判断ができない木偶らしい発想だ。いや……。あらゆる戦闘データから、素手の拳は武器の類としては、最下位に考えていたということなのかな。
いずれにせよ、普通の者なら、無防備な顔の前に敵の拳があれば、とっさに防御にでるもの。計算ずくで感情がない木偶にとっては致命的な欠点といえるかな。いずれにせよ、これで僕の一勝だな」
シャカラは少し戦闘の高揚からか饒舌（じょうぜつ）になっていた。
「一か八かの勝利のように見えたが……」マナシが口をはさんだ。
「計算に基づいた確実な勝利だ。マナシ殿！ 僕が五時間以上もただ単純に木偶の攻撃を受けていたとお考えか。あれは、あらゆる木偶の行動パターンを試すために行っていた一連の試験のようなものだ。そこから導き出された木偶の行動パターンで、僕は百パーセントの確率で木偶が頭上の攻撃を中止して、右脇腹への防御をすると考えていた」
「さすがは、八大龍王随一の頭脳を持つシャカラ殿。木偶如きでは相手にならぬか。しかし、次はその戦闘データも木偶に加えるため、同じ手は通用しないと思った方が良いとおもうが……」
「いやいや、所詮は木偶。いくら膨大な戦闘データを蓄積したところで、自ら判断できる生身の者には勝つことは難しい。次も木偶であるなら、僕の二勝目も堅いといえる……」
〔参考一 用語集〕
（龍王名）
難陀（ナンダ）龍王（ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅）
跋難陀（バツナンダ）龍王（フルーメス王国を建国した第二龍王。阿那婆達多と対決）
沙伽羅（シャカラ）龍王（ゴンク帝國を建国した第三龍王。摩那斯と対決）
和修吉（ワシュウキツ）龍王（クルックス共和国を建国した第四龍王。徳叉迦と対決）
徳叉迦（トクシャカ）龍王（ミケルクスド國を建国した第五龍王。和修吉と対決）
阿那婆達多（アナバタツタ）龍王（カルガス國を建国した第六龍王。跋難陀と対決）
摩那斯（マナシ）龍王（バルナート帝國を建国した第七龍王。沙伽羅と対決）
優鉢羅（ウバツラ）龍王（ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。摩那斯に監禁される）
（神名・人名等）
（国名）
（地名）
（兵種名）
（付帯能力名）
（竜名）
（武器名）
（その他）
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