八大龍王伝説
【３２６ 木偶�機�
〔本編〕
「そのいいぶりだと……。他のレベルの約定は解除できるようないいぶりに聞こえるが……」
「ああ〜。わらわの手にかかれば、この書以外の約定は、時間の長短はあれど解除することはできる。しかしこの書だけはどうしても無理だ！」
「その言葉の信憑性は……。この書が僕には解除できなくて、貴女には解除できる約定束縛の書でないというその証明はできるのですか？！」
「それを証明する義務はわらわにはない。それはシャカラ――貴殿が探り出すしか手はない。すでにわらわはその書に署名（サイン）済みだ。貴殿が署名した瞬間、その約定の書は拘束（ギアス）を持つようになる。書の内容は、見てのとおりわらわと貴殿の了承した三本試合の遊戯（ゲーム）において、二本先取したものが、されたものにそこに記してある行為を実行させることができる。
貴殿（シャカラ）が勝った場合は、ウバツラの解放……。そしてわらわが勝った場合は、シャカラ、バツナンダ、ワシュウキツの三人のわらわへの全面降伏ということになるが……」
「……」
シャカラにこの書の本質――本物の約定束縛の書でであるということは――理解できるが、この書がマナシに有効なレベルなのかは分からなかった。おそらく、シャカラでは自分の一生をかけてもそれを探ることは不可能であろう。
「わかった。署名（サイン）しよう！」
結局、シャカラは最後には敵であるマナシそのものの神性を信じたのである。
シャカラは左指の親指を右指の親指の爪で、傷つけ、そこから流れ出した血で約定束縛の書に署名をした。署名をした瞬間、実体のその書とホログラムのマナシは消え去った。
ちなみにシャカラの血は雪のように真っ白であり、左指の傷はすぐに自身の能力により治癒されたので、今後の戦いにはなんら影響は及ばないのである。
「それでは再開する！」
マナシのこの声にトクシャカの姿を模（かたど）った木偶は、シャカラに向かって攻撃を再開したのである。
それから三時間が経過した同年十二月日午前十一時（約十二月十四日頃）、シャカラは木偶に対して防御一辺倒であった。
シャカラはマナシの作ったトクシャカを模した木偶の力をもう侮ってはいなかった。マナシの言ったとおり、この木偶はトクシャカと同じ力量及び能力を持っていると考えて間違いはない。
つまり、この木偶はシャカラの力量及び能力を上回る持ち主なのである。
それはシャカラのプライドを傷つける癪（しゃく）な話ではあったが、そこは神であるシャカラである。その事実は事実として素直に受け入れ、事実として受け入れた上で、この木偶に勝利する手を考え始めたのである。
この防御に徹しきっている三時間はそのような時間であった。
いろいろなパターンを試し、そこからの攻略法を模索している時間だったのである。
これが仮に本物のトクシャカであった場合、このような手は使わなかった。
ここでいう本物のトクシャカとは、当然本物のトクシャカのことであるが、シャカラとの対の呪いは存在しないトクシャカという前提である。
そうでなければ、例えば一撃……、相手の攻撃を受けるといった戦法も戦略の中に組み込むことが可能になり、それではトクシャカの能力を持つ木偶との戦いにおいては何ら意味をなさないからである。木偶は対の呪いは関係なく攻撃を仕掛けてくるし、シャカラにとって、その木偶の一撃を受けることは、ダメージを受けることであり、何ら木偶との戦いではメリットにならないことであるからである。
本物のトクシャカ（当然、対の呪いがないという前提で……）との戦いにおいては、防御に回るのは命取りである。
自分よりも優れたものの攻撃は、防御側の想像を超える戦術の攻撃を展開し、その結果、防御側はその攻撃への対処へ全てを使い果たし、いずれは攻撃側の一撃の餌食になるのが自明の理である。
唯一の突破口は、相手の油断。或いは相手の疲れであるが、神同士の戦い――特に戦いを専門としている『闘神』同士の戦いでは望むべくもない二要素である。
しかし、シャカラは木偶との戦いで、防御一辺倒で展開してなお、そこに勝機を確信していた。
木偶と本物のトクシャカに決定的な違いがあると信じているからである。
さらに二時間を経た同年十二月日午後一時（約十二月十六日頃）、シャカラはまだ防御に徹しきっていた。
しかし、シャカラの顔には余裕の表情が感じられた。五時間以上に及ぶ防御の結果、木偶とトクシャカの本質的な違いが見えてきたようであった。
確かにこの木偶の攻撃は、おそらくは本物と同じレベルであろう。むろん、それは対の呪いの対象となっているシャカラには直接、経験することは不可能であるが、他の龍王の力量から推し量れば、先ず間違いないと言える。
そういう意味ではシャカラの防御には全く余裕がないはずである。実際、シャカラには木偶の攻撃に対して、全く余裕がなかった。
それでも余裕の表情が浮かべられたのは、木偶の攻撃に想定外がないからである。はっきり言って木偶の攻撃は、冒険するといった必殺の一撃がないのである。
実際、どのような攻撃でも、戦っている相手によほどのレベル差でもない限り、いろいろな意味で冒険が必要である。必殺の一撃とか、奇策といった戦法がそれにあたる。
そして、それを実施した場合、必ずといっていいほど、行った者（しゃ）に対して、相手がつけいることができる『隙（すき）』といったものが発生する。
しかし、木偶の攻撃に一つとしてそのような隙ができる攻撃がない。それは裏返せば、木偶の攻撃に一つとしてシャカラを追い詰める攻撃がないのである。
そして、シャカラは木偶とトクシャカの本質的な違いとしてそれに気付いたのである。
“……シャカラは気付いたようだな”見えないマナシの心のつぶやきである。
このつぶやきから分かるとおり、木偶を作った張本人であるマナシには最初から気付いていた。木偶はあくまでも木偶である。
能力や本人の戦闘記録を全て真似たからといって、それを判断する『闘神』としての意思はない。むろん神の作った木偶である。
戦闘記録の蓄積から人間レベルの判断は当然行える。しかし、神の域の判断はそれの上をいく。
結局、木偶にはいまの状態で自らの身に危険がないなら、それを安穏と続けるという判断しかできないのである。
〔参考一 用語集〕
（龍王名）
難陀（ナンダ）龍王（ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅）
跋難陀（バツナンダ）龍王（フルーメス王国を建国した第二龍王。阿那婆達多と対決）
沙伽羅（シャカラ）龍王（ゴンク帝國を建国した第三龍王。摩那斯と対決）
和修吉（ワシュウキツ）龍王（クルックス共和国を建国した第四龍王。徳叉迦と対決）
徳叉迦（トクシャカ）龍王（ミケルクスド國を建国した第五龍王。和修吉と対決）
阿那婆達多（アナバタツタ）龍王（カルガス國を建国した第六龍王。跋難陀と対決）
摩那斯（マナシ）龍王（バルナート帝國を建国した第七龍王。沙伽羅と対決）
優鉢羅（ウバツラ）龍王（ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。摩那斯に監禁される）
（神名・人名等）
（国名）
（地名）
（兵種名）
（付帯能力名）
（竜名）
（武器名）
（その他）
龍王の対の呪い（上位の神によって、八大龍王につけられた対の呪い。トクシャカの対はシャカラで、相手に傷つければ、自分にも治癒不可能の傷ができ、相手を殺せば、自分も滅ぶという呪い）
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