八大龍王伝説
【316 反乱と帝國(八) 〜勝敗〜】
〔本編〕
そして、シェーレがナゾレク地方に進軍をはじめて五日目の一月二八日。ミケルクスド國のラムシェル王から一つの情報がもたらされた。
ゴンク帝國から進軍を始めたゴンク帝國軍の敗退の報である。
ゴンク帝國は、今回のカルガス残党を討伐するために二万の兵を準備していた。それにソルトルムンク聖王国は一千の聖王国の兵と、四人の大隊長をつけ、その四人の大隊長に指揮をさせて、進軍を始めたのである。
むろん、ゴンク帝國兵の聖王国に対する感情は最悪である。
なにしろ、策略をもって、ゴンク帝國帝都ヘルテン・シュロスを占拠し、帝王ニーグルアーサーを捕らえたのだから当然である。
しかし、二万に及ぶ聖王国兵が、『堅き城』との異名をもつ城――ヘルテン・シュロスに居座られていては如何ともし難い。それも帝王兄弟がいわば人質のようなものなので、ゴンク帝國兵は手の出しようがなかった。
しかし、だからといって聖王国のカルガス残党討伐の命令に唯々諾々(いいだくだく)と従ういわれはない。
結果、聖王国兵一千を含む二万一千の兵は、示し合わせたように進軍から三日目から脱走者が相次ぎ、カルガス残党五千と相対した時には、六千に満たない数になっていたのである。
カルガス残党の指揮官は若き名将クムルヲーであった。
将の器。士気の高さ。諸々の要素が加わり、ゴンク帝國軍の惨敗は当然であった。
かくして五百の死傷者。二千の投降者。二千五百の脱走者を出し、最初の討伐軍は失敗に終わった。
そのことを、あと二日でナゾレク地方に着こうとしているシェーレの元に情報としてもたらされたのである。
「シェーレ様! ゴンク帝國の兵が敗退した以上、私たちが単独でカルガス残党に相対するのは非常に不利です。ここは進軍を止めて、味方の援軍を待つのが良いかと……」シェーレウィヒトラインの一人ユークスリュースの言葉であった。
「ユークスリュース! 援軍が実際にあれば、それが最上かもしれない。しかし、現状、どこからも援軍を期待することはできない。今なら、ゴンク帝國を敗退させた南下のカルガス軍は、すぐにはナゾレク・エクサーズ駐留のカルガス軍とは合流できない。
……であれば、これから繰り出されるカルガス残党の軍を倒せば、状況はこちら側に好転するはずだ。すぐに進軍速度を速めるように……。明日には敵と接触する可能性もあるぞ!」
こうして、シェーレ率いる四千の聖王国軍は、むしろ進軍速度を速めて、ナゾレク・エクサーズに迫ったのであった。
翌日。龍王暦一〇五三年一月二九日。旧都ナゾレク・エクサーズに陣を構えるカルガス國残党の元に、二つの報せがほぼ同時にもたらされた。
一つが南下したクムルヲー率いる五千のカルガス國の軍が、ドンク帝國・ソルトルムンク聖王国の連合軍を破ったという報。もう一つがナゾレク・エクサーズより北西二キロメートルの地点に四千の聖王国の兵が出没したという報であった。
むろん北西に出没した兵は、シェーレ率いる四千の兵であった。
「よし、俺に兵を与えよ! 聖王国の弱小兵など一気に蹴散らしてくれる!!」一人の将軍が鼻息荒く吼えた。
クムルヲーの快勝に、ナゾレク・エクサーズに居座るカルガス残党の兵の士気は非常に高かった。
「落ち着け! ガガヲー! 今はクムルヲーが五千の兵を率いて遠征の途中だ。ここでお前に兵を割くと、ここ――ナゾレク・エクサーズの守備が手薄になってしまう。クムルヲーが戻るまで待て!」
「いや! ソジラールセン殿! 敵は五千に満たないとの報告が入っています。聖王国兵如き二千も兵をいただければ、充分です。それであれば五千はここの守りに残せます。ここの守りはウヲーとソジラールセン殿がいれば、たとえ別働隊がいたとしても、一週間はここ(ナゾレク・エクサーズ)を守り抜くことは可能とわしは思っている。
一日で四千の兵を蹴散らし、仮に別働隊がいれば、明後日には、城内外から挟撃することが可能です。是非ともわしにも活躍の場を……」
ソジラールセンはガガヲーのその言葉に少し考え込み、そして故ウィップレスト王の忘れ形見の姫に視線を投げかけた。
姫は紫色のベールで顔を覆っているので、表情は窺い知ることはできないが、かすかにソジラールセンに向けて頷いた。
「よかろう! ガガヲー!」ソジラールセンがガガヲーに命じる。
「敵は四千との報告が入っている。五千の兵を率いて、その敵を蹴散らし、三日以内には、ナゾレク・エクサーズに戻ってくるように……。よろしいなガガヲー!」
「ああ。五千の兵とは大袈裟だな。ソジラールセン殿。早速、進軍して、今日中に帰還してみせよう」そう言うとガガヲーは、カルガスの姫がおわす場から退室した。
ガガヲー率いる五千の兵が、シェーレ率いる四千の兵と接触をしたのは、ガガヲーがナゾレク・エクサーズを出発して五時間後であった。
ガガヲーを先頭とするカルガス残党軍五千が眼にしたのは、鬱蒼(うっそう)と茂った森と、その前に並べられた金属製の大きな盾であった。
盾は高さが三メートル、幅が二メートル程度の大きさの盾で、それがガガヲーの前に横一列に百枚程度並べられていた。そしてその盾の後ろ側に多数の兵の存在を感じることができた。
「ふん。このような盾で我らの勢いを止められると本気で思っているのか? 聖王国の兵は、随分我々を過小評価しているようだな」ガガヲーが鼻で笑った。
「行け! このような障壁。一気に突き破れ!!」ガガヲーの言葉にカルガス残党は、その百枚の盾に向かって一気に突進していった。
「ガガヲー様! 盾の向こう側は落とし穴とかそのような可能性はありませぬか?」ガガヲーの部下が駆けながらガガヲーに尋ねていた。
「それはない! わしは偵察兵をあらかじめ先行させていたが、奴らは進軍して、今、ここに着いたばかりだ。そのような大掛かりな罠を作っている暇は全く無い。それ突き破るぞ!」
ガガヲーは目の前の盾をホース(馬)によって力任せに突き破った。盾の先には一本の道が出来ていたのである。
その道は両側面が、前面を遮っていた盾と同じ盾で作られている道になっていた。ガガヲーは一抹の不安を感じながらも、後ろから味方が続いてきているので止まるわけにもいかず、その道へとホースを駆けいれた。
この瞬間、勝敗は決したのであった。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
難陀(ナンダ)龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅)
跋難陀(バツナンダ)龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王。ウバツラ陣営)
沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王。ウバツラ陣営)
和修吉(ワシュウキツ)龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王。ウバツラ陣営)
徳叉迦(トクシャカ)龍王(ミケルクスド國を建国した第五龍王。マナシ陣営)
阿那婆達多(アナバタツタ)龍王(カルガス國を建国した第六龍王。マナシ陣営)
摩那斯(マナシ)龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王。ウバツラを監禁する)
優鉢羅(ウバツラ)龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。マナシに監禁される)
(神名・人名等)
ウィップレスト王(カルガス國の元王。故人)
ウヲー(ヲーサイトル十将の一人)
ガガヲー(ヲーサイトル十将の一人)
クムルヲー(ヲーサイトル十将の一人。十将で最年少)
シェーレ(ドンク将軍の副官)
ソジラールセン(カルガス國五賢臣の一人。戦略担当)
ユークスリュース(シェーレウィヒトラインの一人)
ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國。滅亡)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)
(地名)
ナゾレク地方(元カルガス國の王城のある地方)
ナゾレク・エクサーズ(カルガス國の首都であり王城)
ヘルテン・シュロス(ゴンク帝國の帝都であり王城。別名『堅き城』)
(兵種名)
(付帯能力名)
(竜名)
(武器名)
(その他)
シェーレウィヒトライン(シェーレの率いる特殊部隊。『シェーレの妖精たち』ともいう)
大隊長(大隊は二百五十人規模の隊で、それを率いる隊長)
〔参考二 大陸全図〕
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