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2014年05月12日02:36
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〔小説〕八大龍王伝説 【３１２ 反乱と帝國（四） 〜王弟〜】
八大龍王伝説
【３１２ 反乱と帝國（四） 〜王弟〜】
〔本編〕
「証拠はこちらにそろっております」ザッドが後方に控えていた兵に合図を送ると、その兵は数人の兵と共に木簡、馬皮紙（ばひし）或いはこの当時貴重であった竜の皮で作られた竜皮紙（りゅうひし）などの数十点に及ぶ書簡を持ってきて、そこにいるジュルリフォン聖王をはじめ、捕らえられているニーグルアーサー兄弟の前に披瀝した。
その書簡は全てニーグルアーサーの筆跡の書簡で、カルガス國の五賢臣の一人であるソジラールセンや、亡きヲーサイトル十将のクルムヲーに宛てた書簡であった。中にはカルガス國の元王であるウィップレスト王の姫に宛てた書簡もいくつか混じっていた。
その内容は、ソルトルムンク聖王国の王を捕らえ、カルガス國とゴンク帝國によってヴェルト大陸を支配しようと云々といったものであった。
しかし、ニーグルアーサーはもちろんのこと、弟のバルディアーサーにとっても、一つとして心当たりのある書簡はなかったのである。
それもそのはず、これらの書簡は全てザッドが文字を真似るを得意とする部下を使って作り上げた偽書（ぎしょ）なのであった。
「これらの書簡は、ゴンク帝國と元カルガス國の地域に張っておりました小生（ザッド）の部下たちによって手に入れたもの。ニーグルアーサー王の筆跡であることは疑いようもない事実。これで言い逃れはもう出来ませぬぞ！！」
「……」ニーグルアーサーはそのザッドの言葉に二の句が告げられなかった。
完全にザッドの陥穽（かんせい）に堕ちたのである。それを悟ったが故の沈黙であった。
「それから……」ザッドの冷たい言葉が続く。
「一昨年にあたる一〇五一年の十月。我ら聖王国がバルナート帝國と帝都ドメルス･ラグーン付近で戦っていた頃のことも忘れてはいませんぞ！」ザッドの声は益々凍てつくように冷たくなっていった。
「シャカラ様の霧の結界が破られ、ヴェルト大陸のほぼ全域を覆っていた霧が晴れたとき、ゴンク帝國にとって西側に流浪しているも同然のバルナート帝國軍に一切、攻撃を加えるための軍勢を繰り出しませんでしたな！ ここからは推測になりますが、バルナート帝國とも密かに繋がっており、この頃（一昨年の十月）から我がソルトルムンク聖王国の転覆を図っているのではないですかな！」
「……」
ニーグルアーサーは、一昨年の十月、弟のバルディアーサーの意見を退け、バルナート帝國朱雀騎士団の残党に手心を加え、攻撃するための軍勢を繰り出さなかったことをここにおいて密かに悔いた。
あの時、弟は聖王国の動向に気をつけ、ここはバルナート帝國への攻撃をすべきと言っていたではないか。あの気持ちの上での手心が、まさか二年後の今日のような事態を引き起こすとは……。
それにしてもザッドも、今の今までその件について全く、公の場でも私的な場でも一切話題にしなかった。まさか、こんな深慮遠謀を胸に秘めていたとは……。ザッドという人物の恐ろしさを目の当たりに感じたニーグルアーサーであった。
「わはっはっはっはっ！！」突然、大きな笑い声が帝都の玉座の間に響き渡った。
その声の主はゴンク帝國の帝王の弟――バルディアーサーであった。
「さすがだな！ さすがは、聖王国の知恵袋とも影の指導者とも言われるお人だ。ザッドよ！ 我が策略を看破するとは……」
「それは、帝王兄弟の裏切りを自白したととって構いませんな」バルディアーサーの言葉にザッドは静かに確認の言葉を続けた。
それは死刑宣告と同じ重みの言葉であった。
「勘違いするな！ 二流宰相！！」また、バルディアーサーが吼えた。
「策略は確かに行われた。しかしそれはわし一人が行ったものだ。兄のニーグルアーサーは関係ない！」
「そのような言い訳は聞きませぬぞ！」
「だから、お前（ザッド）を二流と呼んだのだ！ わしが兄のような軟弱な者とこのような策略を、結託をするわけがなかろう。なぜなら、これは兄王――ニーグルアーサーから帝位を簒奪するために、引き起こしたのだから……」バルディアーサーはさらに叫び続けた。
「そういうことでは二年前のバルナート帝國朱雀騎士団の残党に攻撃を加えなかったのも、わしの政略じゃ！ 兄は聖王国への義理から、攻撃をしようとするのを、わしが強引に押し留めたのだ。わしが帝位につくには、反ソルトルムンク聖王国の方が、都合がいいと思った次第でな！ わはっはっはっ！！」バルディアーサーの悲しいまでの大嘘であった。
バルディアーサーは、この期において、ザッドの策略から逃れる術はないと悟った。それであれば、積極的に自分ひとりの策略とアピールをして、帝王ニーグルアーサーだけでも守ろうと心に決めたのである。
二年前の件も、実情は読者諸君、ご存知のように攻撃に反対したのは帝王ニーグルアーサーの方であった。
バルナート帝國がゴンク帝國を占領の際、無駄な殺傷を全く行わなかったその信条に対しての礼儀からであった。しかし、それはあくまでもニーグルアーサーの人柄から出た私的な情であって、ソルトルムンク聖王国と同盟していた以上、國が滅んでいても、ソルトルムンク聖王国の益になるように、朱雀騎士団に攻撃を加えるべきであった。
とにかく、それもひっくるめて、バルディアーサーは自分ひとりで罪を全て被ろうとしていたのである。それは、兄ニーグルアーサーとひいては、ゴンク帝國存続のためである。
ゴンク帝國は、一度は滅亡したが、幸運にも復活する機会に恵まれた。しかし、そのような幸運は、二度はないであろう。
……であれば、ゴンク帝國の滅亡はなんとしても食い止めるのが、自分に課せられた役目とバルディアーサーは認識したのである。
「見苦しい言い訳はおよしなされ。バルディアーサー殿。帝王でもないお主一人でそれほどの大事を起こせるわけがなかろう！！ 帝王の御意思がなければ、成し遂げられない程の大掛かりな策略だ！」
「……」
ザッドのこの言葉に、バルディアーサーとしてもこれ以上の虚言は意味がないと悟ったのであった。
〔参考一 用語集〕
（龍王名）
難陀（ナンダ）龍王（ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅）
跋難陀（バツナンダ）龍王（フルーメス王国を建国した第二龍王。ウバツラ陣営）
沙伽羅（シャカラ）龍王（ゴンク帝國を建国した第三龍王。ウバツラ陣営）
和修吉（ワシュウキツ）龍王（クルックス共和国を建国した第四龍王。ウバツラ陣営）
徳叉迦（トクシャカ）龍王（ミケルクスド國を建国した第五龍王。マナシ陣営）
阿那婆達多（アナバタツタ）龍王（カルガス國を建国した第六龍王。マナシ陣営）
摩那斯（マナシ）龍王（バルナート帝國を建国した第七龍王。ウバツラを監禁する）
優鉢羅（ウバツラ）龍王（ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。マナシに監禁される）
（神名・人名等）
ウィップレスト王（カルガス國の元王。故人）
クルムヲー（ヲーサイトル十将の一人。十将で最年少）
ザッド（ソルトルムンク聖王国の宰相）
ジュルリフォン聖王（ソルトルムンク聖王国の聖王）
ソジラールセン（カルガス國五賢臣の一人）
ニーグルアーサー帝王（ゴンク帝國の帝王）
バルディアーサー（ゴンク帝國の王弟であり将軍）
ヲーサイトル（カルガス國の老将。『生きる武神』の異名をもつ。故人）
（国名）
ヴェルト大陸（この物語の舞台となる大陸）
ソルトルムンク聖王国（大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅（ウバツラ）の建国した國）
バルナート帝國（北の強国。第七龍王摩那斯（マナシ）の建国した國。金の産地）
カルガス國（北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多（アナバタツタ）の建国した國。滅亡）
ミケルクスド國（西の小国。第五龍王徳叉迦（トクシャカ）の建国した國。飛竜の産地）
クルックス共和国（南東の小国。第四龍王和修吉（ワシュウキツ）の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡）
ゴンク帝國（南東の小国。第三龍王沙伽羅（シャカラ）の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ）
フルーメス王国（南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀（バツナンダ）の建国した國）
ジュリス王国（北西の小国。第一龍王難陀（ナンダ）の建国した國。馬（ホース）の産地）
（地名）
ドメルス・ラグーン（バルナート帝國の帝都であり王城）
（兵種名）
（付帯能力名）
（竜名）
（武器名）
（その他）
一昨年の十月の件（【２０４ 第二龍王跋難陀（二十：�次法 粗宛�０８（終）〜】を参照のこと）
五賢臣（カルガス國の重臣の制度。またはその重臣たちのこと）
朱雀騎士団（バルナート帝國四神兵団の一つ）
〔参考二 大陸全図〕
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