八大龍王伝説
【280 第四龍王和修吉(六) 〜距離〜】
〔本編〕
さて、どのような武器にも、その武器に最適な距離というものがある。近すぎても遠すぎても、その威力は発揮されない。
例えば、一枚の紙切れが剣の刃に接した状態であれば、刃を上下に滑らさない限り、どんな名刀といえども、切ることはできないということである。
同じく、腕が完全にのびた状態の剣の先に接している紙切れも、突き破ることができない。今のは極端な例だが、このように例えば剣には、最も対象物を強力に切断できる点(ポイント)或いは線(ライン)というものがある。
それを『最大切断点』或いは『最大切断線』というが、要は剣(つるぎ)の軌跡のうち、動き始めて、最もスピードが乗った部分――剣の達人はそこで最も力を加えるのであるが、そういう点(ポイント)や線(ライン)が最も、剣の切断能力や、人や動物が対象であれば、その殺傷能力が発揮されるのである。
通常、その最大切断点や最大切断線は、敵の急所を防御している鎧の一点に持ってくる。それが、敵を屠(ほふ)る最上の方法だからである。
それに対して、敵はその鎧の一点(最大切断点)より前、或いは、思いっきり後ろに引いて盾で防御する。つまり、この時、敵が自分を守るために出す盾は、最初に定めていた最強切断点より前か後ろになる。
そのため、剣としての能力を最大限に出す前か、出した後の余力の部分で、盾と接触する。剣が能力を最大限に発揮できないために盾を打ち破ることはできないのである。
仮に、剣の最大切断点で盾が受け止めたとしたら、――盾の厚さもまちまちなので一概には言えないが――、一回あるいは最大三回も受け止めたら、盾は打ち破られるであろう。
さて、それを踏まえて今回のバツナンダとワシュウキツの戦いの場合は、どうであろうか?
むろん、最初はバツナンダも最大切断点を、ワシュウキツの頭の角に設定して、攻撃をしていた。
しかし、牡牛の盾で防がれるや、すぐに方法を切り替えた。次に、ワシュウキツの鎧の各所をその都度設定を切り替えながら、攻撃をした。ワシュウキツの鎧を徐々に削っていこうという考えであった。
しかし、それも牡牛の盾で先回りされ、防がれた。ここまでなら、ちょっとした達人なら、できる域である。
バツナンダの凄いところは、次に、自分が繰り出した剣の軌跡のどこの部分に牡牛の盾が来るかを予測し、そこを最大切断点にしたところである。つまり、盾そのものの破壊に切り替えたのである。
これに対し、ワシュウキツはそのバツナンダの予測どおりのポイントに盾を出して、受けていたのである。
これはバツナンダの思惑通りの展開であった。それであらば、バサラ製のカンショウ・バクヤである。
バサラ製の盾とはいっても、どんなに厚くても十もカンショウ・バクヤの攻撃を受け止めれば、盾は砕けるはずである。
そして目で見た限りの牡牛の盾は、思ったより厚くない。
しかし、事実としては、何十回……、いや何百回、カンショウ・バクヤの剣を受け止めたワシュウキツの牡牛の盾が、砕けないのである。
「馬鹿な! これだけの攻撃を受け止めて、砕けるどころか、傷一つつかないとは……」
バツナンダをもってしても訳が分からない現象であった。
「バツナンダよ! 『重バサラ』を知っているか?」
「何?」
ワシュウキツがバツナンダとの戦闘中、急に話しかけてきた。
「ジュウバサラ?! 何のことだ」バツナンダは攻撃の手を緩めず、それでも話だけは聞いておこうと、言の葉を紡いだ。
神々の域に到達すれば、たとえ全身で戦いとかで身体を動かしていても、息切れで言の葉が出ないということはないのである。
そういえば、人の中でも一流の武人においては同じような現象を起こせるものもいるが……。
「重いバサラで『重バサラ』という。知らないのも無理はない。わしが作った造語だからな!」
「たわいのない与太話に付き合う気はない!」
「まあ。そういうな! お前は何故、わしの盾が砕けないか、不思議に思っているはず……。その答えが重バサラだ!」
「……」バツナンダはそれには特に答えは返さなかったが、確かに盾が砕けないのには気にはなっていたのである。
最強の武器カンショウ・バクヤに、その能力を最大限に出す技の極め。その技により攻撃の速度、そして攻撃の純粋な力にしても、最高の域にある。 攻撃力という総合的な力であれば、ワシュウキツの純粋な力を上回っていると自負しているバツナンダである。
それが、漫然と攻撃を受けているだけの盾が砕けない。バツナンダにはその原因がどこにあるのか全くつかめないでいた。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
難陀(ナンダ)龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅)
跋難陀(バツナンダ)龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王。マナシ陣営からウバツラ陣営)
沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王。ウバツラ陣営)
和修吉(ワシュウキツ)龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王。ウバツラ陣営)
徳叉迦(トクシャカ)龍王(ミケルクスド國を建国した第五龍王。マナシ陣営)
阿那婆達多(アナバタツタ)龍王(カルガス國を建国した第六龍王。マナシ陣営)
摩那斯(マナシ)龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王。ウバツラを監禁する)
優鉢羅(ウバツラ)龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。マナシに監禁される)
(神名・人名等)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國。滅亡)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。今は滅亡している)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)
(地名)
(兵種名)
(付帯能力名)
(竜名)
(武器名)
牡牛の盾(ワシュウキツの盾)
カンショウ・バクヤ(バツナンダの投影した二振りの刀剣。紅い剣がカンショウで、蒼い剣がバクヤ)
(その他)
バサラ(神々の世界でのみ採掘できるという金属。この時代の金よりさらに硬度が高い)
〔参考二 大陸全図〕
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