八大龍王伝説
【213 第二龍王跋難陀(二十九) 〜クルツシュナイデ〜】
〔本編〕
さて、簡単にシャカラの第三の武器『短い刃物(クルツシュナイデ)』について語ろう。シャカラの鎧の右肩の部分に忍ばせてあった柄の長さ刃の長さ、共に五センチメートルの小型の武器であるクルツシュナイデ。実は鎧の両肩の部分と両臀部の部分に取り付けられているので、計四本持っているということになる。
この武器は、ゴンク帝國の竜の山脈(ドラッヘゲビルデ)で、龍人(ドラゴノイド)のソヤと戦った時に初めて登場した。ではいつからシャカラがこの武器を持っているかといえば、ジュルリフォン聖王によりソルトルムンク聖王国が復活した時ぐらいからと思われる。
それまでは記憶を失う前のシャカラの時から考えて、武器は長斧と短斧の二本だけであった。おそらくグラフ将軍あたりからのアドバイスでクルツシュナイデという暗器(あんき)を装備するようになったのであろう。そして、記憶が戻る前のハクビの時のクルツシュナイデと、記憶が戻ったシャカラの時のクルツシュナイデは大きく違う。
何が違うかというと、『材質』が違うのである。ハクビの時の材質は『金(ゴールド)』で、シャカラの時の材質は『バサラ』である。
記憶を失っているハクビの時には、バサラを手に入れることは不可能である。なぜなら、バサラは人の住んでいる地上界には存在しないからである。記憶を取り戻したシャカラになり、初めて天界の自分の縄張り『シャカラテリトリー』から、バサラという金属を、付帯能力(アドバンテージスキル)の物体転移スキルにより、取り寄せることが可能になったのである。
そのバサラを『短い刃物(クルツシュナイデ)』に加工したのは、ソルトルムンク聖王国の鍛冶屋のハクルスであった。おそらく、人の身でバサラを加工することができるのは、ヴェルト大陸広しといえどもハクルスだけであろう。
そのハクルスを持ってして一本のクルツシュナイデを作り上げるのに十日は要した。結果、三本のバサラ製のクルツシュナイデが完成し、その三本とゴールド製のクルツシュナイデ一本の計四本を装備して、シャカラはバルナート帝國帝都への進軍を開始したのであった。
さて、さらに三時間が経過した龍王暦一〇五一年一〇月二三日の午前六時頃。あいかわらずバツナンダの『流星の大筒(メテオキャノネ)』から、毎分七百発ものバサラの礫がシャカラに向かって繰り出され、それをシャカラが短斧と『短い刃物(クルツシュナイデ)』で、弾き返しているという戦いが繰り広げられていた。
バツナンダには新しい手がない限り、この大筒(キャノネ)の攻撃を継続せざるを得ず、それが続く以上、シャカラもそれに付き合うしかなかった。神と神がなんら突破口もなく、延々と戦いが続く状態を俗に『千年戦闘(タウゼントゲフェット)』と呼ぶ。
基本、神の持久力は無限なので、千年間延々に同じ戦闘が繰り広げられるという意味である。その戦闘は、剣による斬りあい。素手による打ち合い。或いはお互いに隙がない場合の睨み合いなどがそれである。睨み合いを千年間続けるというのは、人にとっては途方もないことのように思えるが、神にとっては可能性がないわけではない。
まさに今のバツナンダとシャカラの戦闘も、お互いに打開策がないので千年戦闘に入る可能性が高いと思われる。 バツナンダのバサラの礫は無限といっていい。しかしバツナンダからすれば打開策がないので非常に苛立っている。
しかし、シャカラ側にも焦りはあった。霧の結界がないことによる、他国や他の軍勢の動きもその焦りの要因として一つあるが、もっと当面の焦りがあった。
クルツシュナイデのことである。シャカラの短斧もクルツシュナイデもバサラ製である。そしてシャカラも、それらの武器が傷つけられないように、刃の部分のみでバツナンダのバサラの礫を弾いていた。一つとして刃ではない面の部分で礫を受けたことはなかった。もし、面の部分でバサラの礫を受けていたら、同じバサラ製の武器とはいえ、亀裂が入ったり、砕けたりしたであろう。
当然、シャカラはそれを理解しているので、武器の刃で全て弾き落としたり、弾き返したりしているのである それでも、クルツシュナイデは、徐々にではあるが、刃こぼれがしてきた。同じバサラ製でクルツシュナイデは刃こぼれがしているのに、短斧は大丈夫なのは何故なのであろうか?
実は、短斧も同じように金属疲労で刃こぼれをしかかってはいるのであるが、短斧には自己修復機能が備わっているのである。何故、短斧には自己修復機能が備わっているかといえば、神により加工されたからである。クルツシュナイデを加工したのは鍛冶屋のハクルスである。武器加工職人とすれば、天才であるが、あくまでも人である。武器そのものに自己修復機能を備えることは不可能である。バサラを加工できただけでもハクルスは既に存在が奇跡といえる天才なのである。
シャカラは今、使用しているクルツシュナイデの寿命は、このバサラの礫を際限なく受け止めていると仮定して三日。つまり時間にして七十時間程度でバラバラになるであろう。単純計算でいけばバサラ製のクルツシュナイデは三本あるので、二百十時間は耐えられるということになるが、それは計算上のことであり、シャカラが二本目のクルツシュナイデを使った時点で負けである。
バツナンダが今、焦っているのはこの戦いが『千年戦闘(タウゼントゲフェット)』になるという――つまり打開策がないからなのであって、この戦いが時間の問題と分かれば、バツナンダはこの攻撃をむしろ続けるであろう。シャカラのクルツシュナイデが使えなくなったと分かった瞬間がそれにあたる。
クルツシュナイデは全部で四本。うち一本は金(ゴールド)でできている。この武器では、バサラの礫の雨には一分と耐えられないであろう。つまり、神同士の戦いでは武器はバサラ製のクルツシュナイデが三本ということになるであろう。
〔参考一 用語集〕
(龍王)
難陀(ナンダ)龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅)
跋難陀(バツナンダ)龍王(フルーメス王国を建国した第二龍王。マナシ陣営)
沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王。ウバツラ陣営)
和修吉(ワシュウキツ)龍王(クルックス共和国を建国した第四龍王。ウバツラ陣営)
徳叉迦(トクシャカ)龍王(ミケルクスド國を建国した第五龍王。マナシ陣営)
阿那婆達多(アナバタツタ)龍王(カルガス國を建国した第六龍王。マナシ陣営)
摩那斯(マナシ)龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王。ウバツラを監禁する)
優鉢羅(ウバツラ)龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王。マナシに監禁される)
(神名・人名等)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の天時将軍)
シャカラ(神としての記憶を取り戻したハクビ)
ジュルリフォン聖王(ソルトルムンク聖王国の第四十九代聖王)
ソヤ(沙伽羅龍王に仕えていた龍人)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年。実は沙伽羅龍王)
ハクルス(ソルトルムンク聖王国一の鍛冶屋)
バツナンダ(バルナート帝國四神兵団の一つ青龍兵団の軍団長)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ。今は滅亡している)
(地名)
竜の山脈(ゴンク帝國東部に位置する八つの山が連なっている山脈。ヴェルト大陸一のドラゴンの生息地でもある。『ドラッヘゲビルゲ』とも言う)
(兵種名)
(付帯能力名)
物体転移スキル(十六の付帯能力の一つ。物体を別の場所へ移動させる能力。一部分だけを他の場所へ瞬間移動させることも可能)
(竜名)
ドラゴノイド(十六竜の一種。竜と人との混血で、竜の血が多く混じっている種類。『竜人』とも言う)
(その他)
ゴールド(この時代において最も硬く、高価な金属。現在の金(ゴールド)とは別物と考えてよい)
バサラ(神々の世界でのみ採掘できるという金属。この時代の金よりさらに硬度が高い)
〔参考二 大陸全図〕
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