いつもお読みいただいている皆様、ありがとうございます。
お待たせしました! ハクビのことを語っていきます。ここから一気に【第一部】のクライマックスにすすんでいきますので、みなさまお楽しみに……
それでは、八大龍王伝説をはじめます。
【162 第一龍王難陀(十八) 〜記憶〜】
〔本編〕
ハクビは漆黒の闇の中、立っているのか横たわっているのかすら分からず、浮遊しているようであった。ハクビが、意識が戻ったと自ら感じたときの様子である。
回りが暗いのは目を閉じているからか、それとも目を開けているのに周りが暗いせいかは判別できなかった。そして、頭(と思われる部分)が燃えるように熱い。その反面、その他の部位(と思われる部分)はとても冷たかった。
“僕は、どうしたのだろう。今まで何をしていたのだ!”記憶が渾然(こんぜん)とした状態でよく覚えていない。
“どのくらいこの状態なのだろう”ハクビは心の中で問いかけたが、返事はどこからも返ってこなかった。
その時、唐突に周りが明るくなった。気がつくと褐色の小型龍(ドラゴネット)に乗っていた。
“カリウスか?……”目の前に紅い鎧の騎士が紅い馬(ホース)に乗ってこちらに向かってくる。
“あれは……朱雀騎士団のナンダ! ……そうだ僕は彼と戦っていたのだ!”そう思った瞬間、目の前がまた真っ暗になった。
“ナンダと戦って……それで僕はどうなったのだ”ハクビは一生懸命思い出そうとした。
また、目の前が明るくなった。今度は、真っ白な世界だった。雪に覆われている一面銀世界である。今度もドラゴネットに乗っている。しかし、これはカリウスではない。それにこのドラゴネットは非常に怯えている。
前を見ると、真っ白なドラゴネットに乗った白い騎士が見えた。その騎士は槍と剣を両手に一本ずつ持っている。
“あれは……、カリウスとソヤ!”まさに、今年の二月にゴンク帝國の竜の山脈(ドラッヘゲビルゲ)で白い小型龍(ヴァイスドラゴネット)のカリウスと龍人(ドラゴノイド)のソヤと対決したときの映像である。
“どういうことだ! 時間が逆流している!”
『時間が逆流している』という記憶が戻りつつあるようであった。しかしその時、ハクビは本当に自分自身の目で見ているのか、それとも夢のように脳で直接見ているのか、その区別が全くつかなかった。また、目の前が真っ暗になった。
“僕は死んだのか! 死ぬ前に人は自分の人生が走馬燈のように次々と現れると聞くが、それがこれなのか”三度(みたび)目の前が明るくなった。
次は何にも乗っていず、それどころか尻餅をついている自分がいる。そして目の前に、槍をこちらに向けた炎馬に乗っている紅い騎士――ナンダの姿が見える。
“最初にナンダと戦った時の様子だ! 本来……僕はここで死んでいたはずだ!”そう思っている間にまたまた目の前が暗くなった。
そして、明るくなる度に時間を遡って、映像が映し出される。それも全て自分が戦ったときの映像である。
四度目が、王城マルシャース・グールの奪回戦でバルナート帝國玄武兵団のヴォウガー軍団長と戦ったとき。五度目がカムイ湖で玄武兵団の副官ケムローンの首を短斧で落とした瞬間の映像である。そして六度目は真っ暗な中で上を向いて大声で話している自分がいた。真っ暗な夜なのは分かるが、それでいて目ははっきりと昼間のように見える。むろん、先に言ったように目で見ているのか、脳で見ているのかは判断つかない。
自分が立っているのは、ある城の門の前であった。そして、その門の上に何人かの人がいる。その一人――黒衣の女兵士をハクビは知っていた。
“あれはシェーレ! するとここはマルドス城か!”やはり、時間は確実に遡っている。去年『山の城』といわれるマルドス城を無血開城させた時の場面だ。
続けて、七度目がツイン城でヴォウガー軍団長と戦い、彼の得物『漆黒の槍(シュワルツランツ)』を折ったときの映像。八度目がやはりヴォウガーとの戦い。しかしこれはヴォウガーとの最初の戦いで、ドンクの命令違反により、ハクビが一人でドンクを救いに行った時のことである。
記憶はどんどん遡り、遡るにつれて場面が切り替わるのも早くなってきた。九度目の映像は、山賊の砦で山賊王ガーンを倒したときの映像。十度目は、ハクビの住んでいたコムクリ村で、バルナート帝國白虎騎士団の小隊長バルゴーを、まさに倒した時であった。
ここでまた真っ暗になった。そしてその闇はかなり長く続いた。ハクビにはどのくらい続いていたのかは分からないが、感覚的には、数時間はたったかと思われた。
“僕の戦った記憶で初めての記憶が、バルゴー隊長を倒した時だ。つまり、記憶はここまでということか!”ハクビの中に死への実感が強くなってきた。そう思ったとき、また目の前が明るくなった。しかし、今までのようなはっきりとした明るさではなく、霞(かすみ)がかかったような感じあった。
ハクビは横たわっている自分を感じた。仰向けに横たわり空を見上げているのである。しかし、ハクビにはそれがいつなのか全く記憶になかった。そんな自分に一人の男が近づいてきた。
「父さん、誰かが倒れている」その男の声が聞こえた。その声に答えるようにもう一人の男が近づいてきた。彼らがハクビを覗き込むように顔を近づけたので、誰だか判別がついた。
“マーク! それとホルムさん!”二人はハクビを見下ろして話し込んでいる。
“これは、僕がクルス山で発見された時のことだ!”ホルムから自分(ハクビ)が発見された時の様子を聞いていたハクビは、そう確信した。
“既に自分の記憶のない映像だ!”そう思ったハクビではあったが、記憶がないため、この後どうなるかは予測できなかった。
その時、急に地面が大きく揺れた。ハクビを覗き込んでいたホルムとマークは、ビデオの巻き戻しを見ているように、後ろ向きにハクビの元から去っていった。ホルムとマークが去った後に、耳を覆うばかりの大音量の衝撃音が起こり、ハクビは何か黒いものに覆われた。少なくともハクビはそう感じた。
次の瞬間、ハクビは横たわったまま、下にものすごい力で引っ張られるように感じた。地面に倒れていたハクビを下に引っ張っているのである。それはまるで地下深く沈みこんでいく感覚であった。
“違う! 逆だ! 今、記憶が巻き戻っているのだ! だから地面に引っ張られているのではなく、地上(クルス山)に出ようとしているのだ……何かの力によって!”ハクビは、ふとそう思い至った。
そう考えたとき、何かに全身をつつまれている感触に気づいた。目で見えている黒いものではない。黒いものに覆われてはいるが、それより自分の体のさらに近い部分を白い膜のようなものが覆っているのである。さらに、この時直感的に思ったのが、黒い膜は自分を閉じ込めようとする悪意のあるもの、それに対し、白い膜は自分を救い出そうとしている善意のあるものであるということである。
“いや、別物ではない! 黒い膜は僕と別物かもしれないが……。白い膜は違う! 白い膜は僕自身だ! 僕自身の意思が具現化したものだ!”これら一連の思いつきは、頭で理解したことではなく、感覚として捉えたことであった。
そう思った時、自分の体が沈んでいくのが止まった。どのくらいの地下なのか想像もつかなかった。とてつもないスピードで地下に引っ張られたので、或いは、地下一万メートルかそれ以上か、とにかくとんでもなく深い場所としか分からなかった。
するとその深い地下の中でまた奇妙な現象が起こった。
“白い膜がうすくなっていく”ハクビの直感的な思いであった。
そう思い当たった時、体を覆っている白い膜は徐々に薄くなっていき、ついにハクビの体は黒い膜に直接覆われてしまった。その黒い膜はハクビの自由を全て奪ったように感じた。
次の瞬間、ハクビはものすごいスピードで地表に向かって引っ張られた。全ては、時間が遡っていることによって起こる現象なので、地表から引っ張られているのではなく、地下に押し込まれているのである。いずれにせよ、地表に近づいているのは確かである。
“少し先ほどと角度が違うような……”ハクビはそう感じた。その感触は正しかった。ついに地表に飛び出したが、そこは先ほどのクルス山ではなかった。
しかし、山の中であるのは確かであった。
“ここは竜の山脈(ドラッヘゲビルゲ)だ!”……その時である。急に回りが明るくなった。ハクビはまた横たわっていた。そのハクビに一人の男がのしかかっていた。
全身真っ黒な鎧の男であった。兜が特徴的で、額のあたりから五十センチメートル程度の角が生えていた。それは海馬(ユニコーン)の角のようであった。その男の右手がハクビの頭部にのびており、右手の親指と中指がハクビのこめかみの辺りを押さえていた。
“やめろー!”ハクビは心で叫んでいた。そのこめかみを押さえている黒い親指と中指から、ハクビを覆っていた黒い膜と同じ物が、ハクビの体の中に注がれていく。それは、脳に溜まり、脳から体全体に血管を通じて広がってゆくのを感じる。ハクビの全ての機能を停止させようとするその黒いものに、ハクビは非常な怒りを感じた。それと同時に全てが分かった。
“そうか! そういうわけだったのか!”ハクビの体から白いものが溢れ出し、ついにその黒い物体を体から押し出した。『押し出した』という表現では生易しいかもしれない。
『弾き出した』或いは『絞り出した』と言った方が真実に近い表現であろう。ハクビはゆっくりと目を覚ました。
ハクビは、夏の日差しが強い草原で横たわっていたのであった。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
(人名)
ヴォウガー(バルナート帝國四神兵団の一つ玄武兵団の軍団長。故人)
ガーン(山賊の長。ハクビによって討ち取られる)
カリウス(沙伽羅龍王に仕えていた白い小型龍。『ヴァイスドラゴネット』とも『白き小型龍』ともいう)
ケムローン(ヴォウガー軍団長の副官。故人)
シェーレ(ハクビ将軍の副官)
ソヤ(沙伽羅龍王に仕えていた龍人)
ドンク(ハクビ将軍の副官)
ナンダ(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年。ソルトルムンク聖王国の人和将軍)
バルゴー(白虎騎士団の小隊長の一人。コムクリ村を襲撃、ハクビに倒される)
ホルム(コムクリ村の住人。ハクビをクルス山で発見した)
マーク(ハクビの親友)
(国名)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ。今は滅亡している)
(地名)
カムイ城・カムイ湖(ツイン城を守る城。通称『谷の城』)
クルス山(ソルトルムンク聖王国の南西にある山)
コムクリ村(ソルトルムンク聖王国の南西部にある小さな村)
ツイン城(ソルトルムンク聖王国の最南端の城)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
マルドス城(ツイン城を守る城。通称『山の城』)
竜の山脈(ゴンク帝國東部に位置する八つの山が連なっている山脈。ヴェルト大陸一のドラゴンの生息地でもある。『ドラッヘゲビルゲ』とも言う)
(兵種名)
(付帯能力名)
(竜名)
ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)
(その他)
〔参考二 大陸全図〕
ログインしてコメントを確認・投稿する