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今回は朱雀騎士団北方軍のバーフェムの軍の動向について記します。
それでは八大龍王伝説をはじめます。
【149 第一龍王難陀(五) 〜空城の計〜】
〔本編〕
龍王暦一〇五一年七月二五日の朝方、朱雀騎士団東方軍のナンダが南方軍全滅の報を知ったとほぼ同時か、或いは一時間程度遅れたぐらいの頃、朱雀騎士団副官のバーフェムは南方軍が聖王国軍と接触をしたという第一報を受け取っていた。
バーフェムは四千人の兵と共に朱雀騎士団北方軍として進軍途中であった。
「これは一大事です。バーフェム様! 早速にもドプトル様の軍へ援軍を派遣されては……」
「もう遅い。南方軍が聖王国軍と接触したのは、四日も前のことだ! 第一報で『一万人規模の聖王国軍』と報告されていたところから予測するに、間もなく南方軍の敗退の報が届くだろう。先ず間違いない……」
家臣の言葉にバーフェムはこう答えた。
バーフェムの予期していたとおり、数時間の間に第二報、第三報と届き、第四報で南方軍の全滅と指揮官ドプトルの戦死の旨の内容の報が届いた。バーフェムは第四報を受け取った時点で北方軍の進軍を止めた。
「バーフェム様! 我らはどうすればよろしいのですか?」
「その判断材料を集めているところだ! とにかく、南方軍を破った聖王国軍の正確な情報が欲しい! 第三報ではグラフ将軍が率いていると聞いたが、それは本当なのか?」
「何か不審な点でも……」家臣の一人が狼狽(うろた)えながら聞いた。
「落ち着け! お前が動揺するとそれが末端の兵士達にまで感染するぞ!」
「はぁ〜しかし! ナンダ様がいないとこんなに心細いとは……」
“馬鹿! 一番心細いのは私だ!”バーフェムは誰にも聞こえないようにそう呟いていた。
「とにかくグラフ将軍が南方軍方面に進出するのは、どう考えてもおかしい! 聖王国の三将軍のうち、マクスールの馬鹿将軍は降格したから論外として、人和将軍のハクビがスキンムル城でナンダ様と対峙している以上、地利将軍の地位にあるグラフ将軍は、最後まで王城に拠点を置かなければならないのに……何故だ!」
「それだけ、聖王国に人材がいないのではないでしょうか?」家臣がバーフェムに答えた。
「その可能性も考えられるが、何故、南方軍を攻撃したかという点が疑問に残る。ドプトルは猛将ではあるが、所詮は大隊長。副官の私が指揮している北方軍が今の朱雀騎士団では二番目に重要な軍になる。二番目に重要な軍を攻めずに、一番重要度の低いドプトルの南方軍を攻めるとは、合点がいかない。
考えられる可能性として、聖王自らが指揮する軍がこの北方軍に立ち塞がるのか? あくまでも存在すると仮定しての話だが……。或いは、南方軍を壊滅させたグラフ将軍の軍が、王城へ至急引き返して、続けてこの北方軍に対峙するのか?
但し、それは時間的にかなりの強行軍で間に合うかどうか! また、その強行軍を無傷の我が北方軍にぶつけるのか? ――だとしたら、我々帝國軍はかなり舐められているということになるがな。いずれにせよグラフ軍の動きがその鍵になる」
実はバーフェムがあれこれと詮索していること自体が、聖王国側の巧妙な罠であったが、当然、当事者のバーフェムがそれに気づく術はなかった。
そうこうしているうちにその日の夜、第五報が北方軍の本陣に届いた。
「申し上げます。グラフ将軍率いる一万の軍勢は、去る二一日、二二日の二日間、我が南方軍と戦った地点から動かず、二三日になって移動を開始しました。その方向は北北東方面です」という報であった。
「どういうことだ! グラフの軍勢は、ハクビと合流するつもりか? それともその移動は擬態か?」バーフェムは完全に迷っていた。
“グラフがすぐに王城に戻りだしたら、本当に王城には兵がいないという結論になるから、こちらはすぐにでも王城へ向かい占領するのだが……やはり他に兵がいるのか? こちらの思惑に入っていない軍が……?”
「マルシャース・グールへ、至急偵察を送れ! それまで我が軍はここで待機する!」
バーフェムの位置からマルシャース・グールの北門までは、約百五十キロメートル。一日八十キロメートル移動することを考えれば、まる二日の行程である。
偵察部隊であれば、片道一日で走破できるであろう。その偵察隊がバーフェムの元に戻ってきたのは三日後の七月二八日。その偵察隊の報告が、さらにバーフェムを混乱させた。
「報告します! ソルトルムンク聖王国王城のマルシャース・グールの北門は、夜更けにもかかわらず開門していました。実際に数人の人の出入りも確認できました上で、北門を通ったところ、簡単に内部に入ることができました。
門番が二人ほどおりましたが、特に何もチェックもありませんでした。城の中は、どうやら祭りのようであり、城内にいる人々は外に出て、飲み食いをして賑やかに騒いでおりました。翌日の昼ぐらいまで王城内を見回りましたが、昼夜問わず多くの人々が屋外に出ており、城全体が浮かれているような印象を受けました」
「祭りか? 何の祭りかは分かったか?」
「それが、今年の七月六日が、去年の聖王国復活(龍王暦一〇五〇年一〇月三〇日)より二百五十日目なので、それを記念して三百日目にあたる八月二四日までの五十日間祭りを行うとのことだそうです」
「何だそれは? そのとってつけたような行事は何だ?」
「はぁ〜。私も不審に思いましたので、何人かに聞いてみましたが、やはり皆が口をそろえて同じ答えでした。 何でも聖王直々の発表だったようで……」
「そんな馬鹿なことがあるか……今聖王国は我がバルナート帝國と交戦中だぞ! それも遠くの敵地(バルナート帝國の地)ではなく、数日で聖王国の王城に辿り着けるという目と鼻の先でだぞ!」
「副官殿! わざわざ仰られるまでもなく我々も了解しております。しかし、半日間滞在して四方の城門も手分けして確認しましたが、全て開け放たれており、出入りも何の苦もなく自由にできました」
「そうか! お前達を疑ったわけではない! 語調が強くなってしまったな! それで王城内に兵はどの程度いた?」
「四方の門番が数人……それと四時間に一度、聖王親衛隊と称する百人程度のパレードがありますが、それ以外に一兵も城内では見ておりません」
「パレードの指揮官は誰だ?」
「天時将軍から降格になったマクスール将軍です。偵察の一人が、去年のマルシャース・グールでの戦いに参加しておりまして、西門を攻撃しているマクスール将軍を直に見ていますので、間違いはありません」
「確かか! 確かにマクスール将軍か?」
「はい! 間違いありませんが……何か?」
「マクスール将軍は通称臆病将軍や無能将軍と呼ばれ、去年は『山の城』と呼ばれるマルドス城から、今年はミケルクスド國の者からの情報だが、ミケルクスド國との戦いにおいて単独で敗走している……本当にそれ以上兵は見なかったのだな?」
「はいそれ以上は兵を見かけませんでした」偵察の兵は全員で六人いたが、皆が顔を見合わせ、異口同音に答えた。
「……」バーフェムは言葉を発せず、偵察の六人を見回しながら、考え込んでしまった。
“これは罠か! マクスールがその状態で逃げていないということは罠の可能性が高い! しかし、それとも本当に兵がいないので、自暴自棄になっているだけなのか!”
「グラフ将軍の動きはどうなっている?」「はっ」バーフェムの質問に家臣の一人が答えた。
「北北東から北東、東北東へと少しずつ方向を変えながら移動しています。移動速度は非常に遅く、一日十キロメートルのペースで進軍しています」……
そして一晩思案したバーフェムは同月二九日に、北方軍全軍に東方軍との合流を果たすべく、南東方面への進軍を命じた。
「ここから聖王国の王城であるマルシャース・グールは、行程二日程度で到達する。しかるに、王城は四方の門を開け、祭りに明け暮れており、とても戦時中とは思えない理解し難い状況である。これが罠であるかは、なんとも判断しかねるが、ドプトル指揮官率いる南方軍が全滅した以上、ここで北方軍が危機に陥るわけにはいかない。最善策として我々北方軍はナンダ様の東方軍と合流する。各々(おのおの)方急ぎ準備されたし……」
結論として、バーフェムは聖王国の王城を占領するという絶好の機会を逸した。
仮にこれが『小ナンダ』のドプトルであれば何も考えず、嬉々(きき)としてマルシャース・グールに迫り、結果、一時間程度の戦闘で王城を占領していただろう。なぜなら、王城にいる兵は本当に数百だったのである。しかし、この王城の様(さま)は、自暴自棄では決してない。知将バーフェムの性格を的確についた計略だったのである。
この計略は『空城の計』という。この時代より遙かに後世の中国という國の三国時代の時、蜀の天才軍師諸葛孔明の手によって、実施されたという逸話が有名である。
しかし、それは『三国志演義』という小説の中の架空の話である。実際にはそれ(三国時代)よりはるか古代において、グラフ将軍の手によって『空城の計』は本当に行われたのである。
それもソルトルムンク聖王国という大国の首都によってである。時代といい規模といい、元祖『空城の計』を実施したのはグラフ将軍ということになる。
ここでグラフ将軍の副官代理の翁に語ったこの言葉の意味が読者諸君にも合点がいくであろう。
『この策戦は、知者であるバーフェムには有効に働きますが、知者でないドプトルには全く無効でしょう』という……。
〔参考一 用語集〕
(人名)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の地利将軍)
ドプトル(朱雀騎士団の大隊長の一人。『小ナンダ』の異名を持つ)
ナンダ(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
バーフェム(ナンダ軍団長の副官)
ハクビ(眉と髪が真っ白な記憶喪失の青年。ソルトルムンク聖王国の人和将軍)
マクスール(ソルトルムンク聖王国の将軍)
(国名)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
(地名)
スキンムル城(ソルトルムンク聖王国の東部地域の城)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
マルドス城(ツイン城を守る城。通称『山の城』)
(その他)
三将軍(ソルトルムンク聖王国の軍事部門の最高幹部。天時将軍、地利将軍、人和将軍の三人)
朱雀騎士団(バルナート帝國四神兵団の一つ。ナンダが軍団長)
〔参考二 大陸全図〕
〔参考三 あらすじ〕
龍王暦〇〇〇一年 八大龍王によって八つの國(くに)が建国される。
龍王暦一〇四九年八月 ソルトルムンク聖王国にあるクルス山でハクビが発見される。ハクビは記憶喪失。
龍王暦一〇五〇年二月一五日 ソルトルムンク聖王国のコリムーニ老聖王とバルナート帝國のロードハルト帝王がバクラにて会談。その席上コリムーニ老聖王が急死する。
同年三月一〜三日 ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國が国境の町バクラで交戦、ソルトルムンク聖王国側大敗(バクラの戦い)。
同年同月一〇日 ソルトルムンク聖王国の王城陥落。聖王国滅亡。ジュルリフォン聖王子は大陸最南端のツイン城に逃げ込む。
同年五月三日 コムクリ村にバルナート帝國軍が襲撃、ハクビが白虎騎士団のバルゴー隊長を倒す。以後、グラフ将軍に助けられ、残党軍の拠点であるアユルヌ渓谷に到着する。
同年八月初頭 バルナート帝國とミケルクスド國連合軍がジュリス王国を滅ぼす。
同年九月四〜五日 聖王国軍と帝國軍がツイン盆地で激突(ツイン城の戦い)。帝國軍ツイン盆地より撤退。
同年一〇月一〇日 マルシャース・グール奪回の戦いにおいて、聖王国軍が勝利する。
同年同月一五日 バルナート帝國とカルガス國連合軍がクルックス共和国を滅ぼす。
同年同月二六日 バルナート帝國がゴンク帝國を滅ぼす。
同年同月三〇日 ジュルリフォン第四十九代聖王誕生。ソルトルムンク聖王国の復活。
同年一一月一一日 ハクビとバルナート帝國朱雀騎士団の軍団長ナンダが戦い、ハクビが敗北する。
同年一二月一〇日 ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の間で半年間の休戦条約が締結される。
龍王暦一〇五一年一月一日 聖王国と帝國が休戦期間に入る(同年六月三〇日まで)。
同年二月十五日 ハクビが『第八の山』でカリウスと会う。
同年三月 ソルトルムンク聖王国のマクスール軍とミケルクスド國が戦う。ミケルクスド國が勝利する。
同年同月二〇日 ソルトルムンク聖王国が敗戦処分を行う。マークは反逆罪になる。
同年同月二四日 マークがミケルクスド國の首都イーゲル・ファンタムに到着。ラムシェル王に謁見する。ホルム、スリサの両親と再会する。
同年五月二五日 ハクビがスキンムル城に到着。
同年七月一日 ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の休戦協定の期限が切れる。
同年同月一日〜 バルナート帝國朱雀騎士団がマルシャース・グールに向けて進軍を始める。
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