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2023年06月02日21:47

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藤井7冠誕生に関する考察(改稿)

藤井クン(藤井聡太竜王・名人で七冠を愛と敬意を込めてそう呼ぶ)の「七冠」達成に対し、一言、言いたいことがある。
「おめでとうございます」
しまった。それだけじゃない。あと一言、言いたいことがあった。
それは将棋ファンへの質問である。

 果して彼は全冠達成が成るかと問われれば殆ど多くの人が「成る」と言うだろう。
しかし全冠達成は故・大原康晴先生(5冠)と羽生善治九段(7冠)が達成している。
そして、現在の八タイトル制になっては初の偉業に挑むという難関である事をどれだけの人が理解して答えるのかは甚だ疑問である。全冠達成とは保有するタイトルを全て防衛しながら、未獲得のタイトルを自ら挑戦者となって獲得する、という険しい道のりなのである。
 加えて残るタイトルの「王座戦」は極めてその維持が難しいばかりか、挑戦者になる事すら難しいタイトルである事も多くの人にはよくは知られていない。それでも「強者が勝つ」のが番勝負(タイトル戦のいわゆるタイトルマッチ)の宿命であるから、当代一の指し手が彼だと思うのなら「成る」と予想するのは強ち的外れではない。だが、現在のタイトルホルダーは唯一藤井君に勝てるとしたら彼、と言われる永瀬王座なのである。永瀬もまた藤井君と同様の「将棋バカ」であり、極めて現代的なトップクラスの棋士である事は将棋ファンには有名だ。だから、彼の強さを知る人は簡単には「全冠制覇成る」とは言わないのである。

 さて、近年やたらと取りざたされる「勝負メシ」或いは「将棋メシ」の生まれた経緯も、タイトル戦の開催に至る経緯も、知らぬ人から言えば「スポンサーからの強要」とか「棋士のスポンサーへの忖度」みたいに理解している人も少なくないだろう。が、対局者の彼らがそんな風に思っているとは考えられない。それに番勝負も殆ど全てを将棋会館で行っても良いのにわざわざ旅館やホテルで或いは公開対局場で行われているのはどうしてであるか、きちんと理解しては居まい。知らぬ事が罪だとは言わないが、発言はそこを理解した上で行うべきものである。従って、知らぬ人は良い機会だから知って欲しい、と言いたいのである。

 振り返れば、未曽有の将棋人気の中心にいるのは間違いなく藤井君であり、昨今の将棋ブームは彼が居ればこそ成り立つものである事に異論はあるまい。以前にも述べたが、それゆえに危惧する事が幾つもあるのである。
その内の一つは、スターとなった彼に対する過度の擁護論と「棋士ファースト」的な理不尽である。無論、質の良い対局を観戦したいというファンの希望は叶ってこその存在であるから、尊重すべきであるが「棋士ファースト」では成り立たない将棋界を取り巻く経済環境という事情に踏み込んでの発言とは考え難いものが散見されるから実に残念というか、知らしめたいと僕は考えている。実は彼が強ければ強いほど、彼には将棋界全体への経済的効果の責務を負ってしまうという理不尽があるのである。ファンには納得できないかも知れないが、それは定めである。

 言うまでもないが、スポーツも同様に将棋についてはタニマチというか出資者というかスポンサーというか、兎に角これをビジネスとして成り立たせる存在が必要である。因みに件の「名人戦」を維持するためには、主催契約金として約5億円のお金が必要である事をご存じあろうか。
 その大部分は主催者である毎日新聞と朝日新聞が支払い、僅かな領域をスポンサーでの収入で補っている。非公表だが対局料(番勝負以外の順位戦含む)だけで大部分を棋士が受け取るのであり、当然ながら運営組織の将棋連盟もその収入源は必要である。免状授与料や物販やイベント収入などは粗利が不安定且つ少ないと考えるので、彼らの主な収入源はこの各タイトルの主催料である事は間違いない。
 では、その数億円もの主催料を各新聞社が支払ってそれに沿ったビジネスが展開できるかというと、実はそれも難しい。肖像権も棋譜の独占使用料も情報発信権もあるわけではないからである。仮にあったとしても数億円にはならない。言葉を選ばずに言えば、「将棋人気が無かったから」だけではなく、逆立ちしてもこれら将棋主催事業はペイ出来ない事業なのである。
 藤井君がタイトルホルダーになる前は誰だったかはさておいて、かつてはそれらが良く知らない中年の棋士だった時代、或いは羽生九段だった時代は、とてもじゃないがそんなビジネスはほんの僅かでも不成立だ。棋戦に出資しよう、棋戦を通じてPRしよう、文化振興に貢献しよう、そんな企業は無かったのである。つまりいつの世も(これからも)各新聞社が文化振興のために吐き出して維持されてきたのである。しかも、少々スポンサーが付いたところで「焼け石に水」であり、予選段階から棋戦に注目している一部の好事家への広告効果は極めて低いと言わざるを得ない。実際に8大タイトルを無料中継しているABEMAは創業以来赤字の企業であり、その放映料は安くともCM収入では賄いきれない。ネットTVの宿命はCM収入で如何に立ち回るかであるから、各種イベントやイベント対局を仕掛けてはいるが、どうやって事業を軌道に乗せていくのか、は注目に値する。だが、無料放送で棋士たちが出演する番組を幾つも制作していたら、とても利益は出せまい。

 では一体新聞社がどうして赤字事業である棋戦などを大金を払って主催し続けているのか。それは野球同様にコンテンツとして紙面を構成する事で「読者サービスが出来る」からと「メセナ」的要素があったからである。
 ところが近年の新聞業界不況は顕著であり、その資金捻出も厳しくなっているので、それまで単独の棋戦「スポンサー」だった新聞社は、将棋連盟と共同で棋戦の冠スポンサーを取り始めたのである。
 「ヒューリック杯棋聖戦」「アルソック杯王将戦」とは聴き慣れないかも知れないが、近年はそういう形になっている。名人戦なら「特別協賛・大和証券」で、竜王戦なら同じく野村證券(野村ホールディングス)である。無論、冠スポンサーからだけで主催契約金の数億円も取れる話ではないので、新聞社のその負担を軽くするための方策としては有効ではあるが、新聞社の「吐き出し」は同じく高額である。それでも新聞社が主催権を手放さないのは、恐らくはメンツもあるが、タイトル戦の期間中の優先的な取材権と全国各地のステークホルダーに対する興行が可能な棋戦開催にまだメリットが残っているからである。

 ところが、棋士の多くは「棋譜の掲載料」として新聞社が大枚をはたいていると勘違いしている事が多い。確かに主催者に寄付の使用権はあるのだが、それだけで「数億円」の価値は無い。最も位の低い(が歴史と格式は高い)タイトル戦の「王将戦」でも推定8000万円だが、その予選道中、いや挑戦者決定リーグ戦ですら棋譜に注目しているのは一部の好事家に過ぎず、精々七番勝負の棋譜を新聞紙面化しても頭に盤面が浮かべられなければ数字と文字が並んでいるだけにしか見えないのが巷間の一般的な水準ではなかろうか。ところがそこに極めて高い興味がある棋士たちは「高い価値がある」と事実誤認している。棋譜は確かに文化的価値は高いが値段を付けられるのは棋士たちのみであり、一般人にとっては「幾らにもならない」と考えるべきである。

 そんな状況下で絶えず棋戦を維持するために、主催者はこれまで「タイトル戦を開催させてほしい」と各地に依頼して対局を実現させてきた。よく考えて欲しい。七番勝負の名人戦が第5局で決着したという事は、第6局の山梨県甲府市の「常盤ホテル」はキャンセルという事ではないか。貸し切りでスタッフその他で何十人もの宿泊が突然キャンセルされたばかりか、渡辺前名人も藤井新名人も来場しない、お菓子も食べないし、「将棋メシ」も食べないのである。それでも良いから第6局の開催地に名乗り出た?そんなわけはない。ある種「その代わり」が主催者から提示されているから受けたのであろう。

 とにかく「タイトル戦を招致したい。地元のものを食べて名勝負をして欲しい」と望むところが名乗り出て初めて「旅館やホテルでタイトル戦」が成り立っているのである。この境遇を味わい、且つタイトルに挑めるのがタイトルホルダーと挑戦者の二人のみであり、(実力で勝ち取った権利ではあるが)全棋士を代表してその立場に感謝して、敬意も表して将棋文化とその周辺文化の普及をもって自分たちの生業が保たれている事に「気付き」があった一部の棋士だけがこの状況に正確に対処している。僕が知るとある棋士は、タイトル戦で出された飲食物は全てに少しずつ箸を付け、一つ一つに丁寧にコメントする。「どうして、そんなことを?」と尋ねても、「折角ですから」と涼やかに笑って言うばかりであるが、勝負とは別のところではきちんとその意味を理解しているから、そうするのであろう。
 僕が知る限りは羽生九段や谷川九段は最初からここに気付きがあり、発言や所作に滲み出ている。渡辺明九段(ああ、遂に呼んでしまった)も若い頃は兎も角、近年はそれが伝わってくる。食べ物に好き嫌いを言う人物であるが、「折角なのに、はっきりと事前に言う方が気分を害さないでいて頂けるから」と述べている。しかし、他の棋士がどうかと言われれば、古参棋士であっても「勘違いされているかも知れない」と思う事もある。

 言い方を変えれば、今日までの棋士の生活を支えてきたのは、実は「新聞産業」(とNHKも追加しておく)であって、その新聞産業(ここでNHKは除外される)が苦境に差し掛かった時、これを無関係の事柄とみて新興産業群に助けを求めて移り変わっていくのか、或いは各新聞社に敬意を払いながら在り方を考えていくのか、はたまた義理を重んじて新聞産業と共に苦境を過ごしていくのか、選択する必要があるという事だ。まだその辺りに気付きが無い棋士は「(新聞社も)棋譜で商売に繋げていくのは、大変ですよね」程度の認識しか持っていないと思う。だが、その次元の問題は20年余り前に終わった事である。日本将棋連盟がサブスクリプション式のアプリで棋戦ライブ中継を行っているため、棋譜の独占使用権は有名無実化しており、リアルタイムに周辺の機微を熟知した観戦記者(将棋連盟お抱え)が報じてくれるので、勝負の中身の報道はここで必要十分と言えるだろう。僕もこれが出てすぐに使用開始して現在に至る。

 因みに「将棋メシ」について、或いは棋士の取り扱いについて、最初に切り開いたのは「王将戦」である、と古参の棋士は言う。主催運営をスポーツ紙が行っている事もあり、細かい棋譜で棋戦情報を解説しても響かないので、「何を食べた、何時に起きた」から始まり、勝者または敗者のコスプレ写真などで紙面を飾る方が読者層的に都合が良いと提案されたことを受け、棋士もこれに応じた。この柔らかい切り口を将棋界に持ち込んだのが切っ掛けだと言う。本当か嘘かは分からないが、実際に「王将戦70年史」などに古くからそう言った扱いをしていた事が記されている。
 「将棋メシ」を通じて王将戦が不意に盛り上がるのを見て、他の棋戦もその開催地の旅館やホテルも飛びついて観光PRに便乗したに過ぎず、ほんの数年前まで昼食情報は殆ど無視されていた。触れても「かつ丼」と「おそば」みたいな情報しかなかった。最近なら「美ら海ポークの肉厚カツ丼」と「越前そばに辛味大根乗せ、と北陸の海の幸天ぷら」みたいにご当地の食材PRを盛り込んでくる。おやつにしたって周辺地域のパティスリーからお取り寄せして提供するのである。知らない人は「主催新聞社が棋士にPRさせようと押し付けている」などと思い込んでいるようだが、実際はかなりの種類のメニュー表から棋士が選択したものを提供しているのであって、棋士が選択してから当日決められた時間に提供できるものに限定はされているが、僕から見たら「贅沢の限り」である。
 旅館やホテルはこれを「おもてなし」などと綺麗事を言うが、掛かる経費を主催者に請求するのは旅館やホテルなのであるから、同じく請求するのならPR出来た方が得だと考えているだけである。ただ、この動きは開催地に名乗り出るところが現れる切っ掛けになっている。一般にもアイドル的に知られる存在となった藤井君が「食べて、勝った」お菓子は、すぐに完売するほどに人気が出るのである。お陰でこの3年間は「開催したい」と名乗り出るところが続出しているはずである。
 しかし、前述のとおり、次年度や次次年度くらいまでは開催予定地は決まっている事が多く、まだ驚きの開催地は「ベナン」くらいしか登場していない(笑) こんな具合で地元自治体や旅館やホテルがお金をかき集めて主催新聞社に開催地として選んで欲しい、と働きかけるようになったのは、実はここ10年の話である。それまでは「将棋の宿」などと言われる定番の旅館や「将棋の町」を標榜している全国の限られた土地、そしてタニマチのお抱え企業、だけがスポンサーだったのである。

 遡れば、ほんの30年ほど前までは将棋の勝負は「殺るか、殺れるか」のシビアな世界であり、寺の一室で対局する事もあれば、区民会館のような公共施設もざらだった。現在の番勝負の対局は空調から音響から整った場所で行われることが多く、古い棋士から見れば「恵まれている」の一言だろう。それが藤井君の登場から一気に様相が変化したのはここ3年だけの話であり、将棋界とそれに関わる新聞社にとっては「長い冬」の記憶の方が殆ど全てと言って良いのである。それだけに、タダで観戦しているだけの棋士贔屓の人間が、好き放題言うのは本当に的外れな事が多く、囲碁将棋チャンネルの対局中の書き込みなどを見ていると不愉快というか、
失望する事が多いのである。

 最後に、他の項目でも書いたが将棋界の「冬の時代」が最近まで長く続いた原因の一つは羽生善治が強すぎて「面白くなくなった」のが原因である。「羽生時代」が長過ぎた上に、後から登場したライバル群が先に後退し、残っていたのがただ一人「渡辺明」だった事を付け加えておく。その全てを「藤井君」は平らげようとしている。1日も早く好敵手が現れて勝ち負けを楽しみに出来るようにならねば、また「棋界がつまらなくなる」のは不可避である。

■名人奪取に笑顔=藤井七冠「とてもうれしい」―将棋
(時事通信社 - 06月01日 22:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7434421
 史上最年少名人となった藤井聡太七冠(20)。終局後の1日夜、長野県高山村で記者会見し、「名人」と揮毫(きごう)した色紙を手に笑顔を浮かべた。

 谷川浩司十七世名人(61)の記録を破ったことについて、「(名人戦)シリーズに臨む上で意識していたわけではない」としつつ、「結果として更新できたのはとてもうれしい」と話した。

 羽生善治九段(52)以来の七冠も達成した。ただし、当時は七大タイトルの時代だったため、「羽生先生の記録は、全冠制覇という意味で特別なもの。並べたという意識はない」。

 八冠制覇を視野に、残るは王座のタイトルのみ。挑戦権の獲得に向けベスト4を懸けた戦いを控えており、「少しでも上に進めるように頑張っていきたい」と静かな闘志を見せた。 

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