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2026年09月20日22:38

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それってどういうことか

本記を読む限りは、筆者の方はこの辺りの女性側の心理も
なんなら男性側の心理もある程度は理解しているようである。
しかし、当の女性たちと言うのは往々にして利己主義的で身勝手である。
そして、男性諸兄も。
平等というのが「幻想」であり、飽くまで目標とするのであれば
まだ理解できるが、その過程の努力も成果も平等でないのだとしたら
例えば妊娠は男性には不可能な苦労でありそれは分け合えないのと同じく
女性にとっては特権である。
授乳もそうだし、赤子との肉体的接触を男女で平等化は不可能である。
そしてその分のキャリアの継続性については男性の方が優位性があるのである。

例えば食事の時間はDINKSなら
どちらに合わせるかは適宜となるだろうが、
例えば、男性が女性に全面的に合わせたとしても
「平等にすべし」とは誰も言うまい。
それが少数派だとしても、男性を褒めたとしても、
「平等にすべし」とは口が裂けても言わないのである。

平等論でしばしば例に挙げるのが
通勤電車の「女性専用列車」の存在についてである。
痴漢事件の多発から生まれた「策」であり、
その事件の大部分が男性が加害者で女性が被害者であるという事実に基づいて
「女性専用車両」という結論に至ったのであるから
「男性専用列車」が無い事も已むをえまい。
しかし、それでは不平等だと男性は感じるのではないかと
少し考えれば思い及ばないのだろうか。
痴漢の加害者と言うのは男性にとっても不規則分子なのであり、
痴漢では無い男性が圧倒的多数である。
つまり、男性も「男性専用列車」に、それに乗りさえすれば
痴漢回避に貢献できるのであるから近い意味を持つのではないか?
と思ってもいい筈だ。
男女のカップルには申し訳ないが、
平等の追求とはこの過程が必要なのである。

或いは働き方一つとっても
昇格も昇給も定時以内での働きの多寡で判断する基準があれば
残業でタスクの総量で社業への貢献度を図る男性陣の評価の仕方は変わってくるだろう。
ところで残業した場合の手当てが「貴重な収入」になる人もいるだろうが、
決められた時間に決められた仕事が終えられなかったから
残業が生じているという考え方は無いのだろうか。
相手のある仕事もあるだろうから、外から持ち込んだ仕事が
計算通りに進まない事もしばしばあるだろうが
それが労働に相当するかどうか、と定時以降の労働の是非は別物である。
残業しなければ消化できない仕事、というのは
生産性の低さが生んでいるとも考えられる。
などなど色々考えを巡らせて労務対策を講じている企業に属しているかどうか、が
世に言う「平等」を阻んでいると僕は考える。

言い換えれば綺麗ごとでは世間は回らないし
僕はもっと過激派なので本当は言いにくいのだが
一夫一婦制社会において、相手の人格をも所有物化していないか、
自省が足りないのではないかと思うのである。
仕事柄、よくゴルフ場に足を運ぶのであるが、
名門のコースであればあるほど、女性ロッカーは少なく、
女性用の風呂場が狭い。
無理からぬことである。
利用客の男女比が未だに圧倒的に男性が多いからである。
仮に一時的に女性が多数訪れたとしても、それを収容する事が
難しいのである。
ゴルフ場は公共施設ではないので
それを不平等だと批判する女性は流石に居ないのだが。

論点が少しずれてしまったのだが
近年喧しく言われているのが
女性スポーツの保護について、である。
どうしてもスポーツの世界では体格上の問題から
男女が互角に渡り合えるものは極めて少ないのだが
やはり「平等」というのであれば
「男子○○の部」「女子○○の部」ではなく
「無差別の部」で争う事も視野に入れるべきである。
否、その上で「女性限定の部」あるいは「男性ホルモン○○以下の部」と
分類するしか手立ては無くなってしまう。
性的特徴の個人差を議論するのではなく、
「平等とはなんだ」を議論しなければならない時期が
そろそろ来ていると考えるべきなのである。

高齢化社会も無関係ではない。
自分たちの時代はこうだった、自分たちはこう教わってきた、という
経験則的知見が全く無意味だとは思わないが
それが現代ではどうすべきかと考えない人が増えてきているのである。
儒教的思想であれば、高齢者の方が尊敬され意見が尊重されて
歴史的価値観が通用するのであるが、
そもそも歴史的価値観が男女平等ではないから、
高齢者の意見は平等を議論する時は阻害要因になりやすい。
しかし、だとしたら若年者は高齢者に頼ることなく生き抜くだけの
強さ、或いは強かさが必要である。
高齢者を単に「老害」などとぶった切るだけではなく、
彼らを凌ぐものが求められるわけだ。
しかしながら、思想や理念においては
若者は多くは利己的に留まってしまうわけで
良い例が、日本の経済は自動車産業に未だ大きく頼ったものであるというのに
自らは自動車に乗らないとか
それでは誰が買って誰が売るのであろうかと
そこまで考えた上での行動ではないのと同じく
平等であるためには自らがどう行動すべきかまでは
考えが及ばないという事である。

本記の筆者が最後に結んでいるように
異性のパートナーが居る場合は
相手を持ち上げてリスペクトしない限りは
自らもリスペクトされない、みたいな考え方が
世代的に欠如しているのではないかと思うのである。
そこで辛うじて「平等に近いもの」が求められるのではないかと
僕は強く述べたい。

■<家事育児の平等って?>夫婦できっちり半分にするのは難しい!タスク量よりも大切なのは…
(ママスタセレクト - 09月18日 10:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=176&from=diary&id=8953948

共働き家庭が決して少なくない昨今。「家事も育児も平等にしたい」と考えている夫婦は少なくないかもしれませんね。しかし「完璧に平等に振り分ける」のはなかなかに難しいものでしょう。
『「仕事・家事・育児は平等に」って簡単に言うけどさ、絶対に女性側の負担が多いと思う』
夫婦2人で家庭を築くとなれば、負担は平等であることが理想だと考えている投稿者さん。ところがふたを開けてみれば、結局は女性側のほうが負担が多くなってしまうのではないか、と考えています。だからこそもし男性側から「共働きで家事育児は平等にしよう」と言われたら身構えてしまう、とも話してくれました。投稿者さんは自嘲するように「古い考え方かな」とも付け加えてくれましたが、ママたちは一体どのように考えているのでしょうか?

結局「綺麗に半分」にはならないんだよね

投稿者さんのモヤモヤした気持ちに、ママたちからは共感の声が寄せられました。
『私も働いてるけど、夫のほうが稼いでるから私のほうが育児や家事は多い。「何でも平等がいいな。生活費も折半にしたいし、家事育児もどっちもやる。妻は絶対正社員じゃないとダメ」と言ってる男友だちがいて、モヤーっとした』
『妊娠出産、産後の体調不良は折半できないことについては、無視するんだよね』
『共働きで稼ぎも大体同じだけど、帰宅時間が私のほうが早いから家事負担は私のほうが多い。先日昇格の打診があったけど断ったよ。「男だったらなんの迷いもなく受けることができるのになー」って泣けた。私は子どもたちにご飯を作らなきゃいけないから』
同じだけ稼いで、同じだけ家事をやって、同じだけ育児をする。言葉にするのは簡単でしょう。しかし実際の生活は、そんなに単純にはいかないこともしばしばあります。特に女性には妊娠や出産、産後の心身のゆらぎといった「どうしても平等にできないイベント」が訪れることも。こればかりはどうしようもありません。さらには共働きであっても「私がご飯を作らなきゃいけないから」と、キャリアを泣く泣く諦める選択をしたママの声も聞こえてきました。そのような目に見えない負担や葛藤を無視して、男性から「全部きっちり半分ね」と言われてしまうと、モヤモヤを抱くのは無理もないことです。

思わぬ出来事で「平等」は難しくなる

『実際の家計の支出、子どもに関する時間、家事、それらすべてを平等=半分! なんてできるわけないでしょ』
『偏見かもしれないけど、やれ折半だ、やれ平等だとガチガチに分担しようとする夫婦ほどうまくいかないことが多い気がする。普段はうまくいっても、急に仕事が忙しくなったり、子どもの病気や怪我、問題行動があったり、自分が病気になったりといった不測の事態が起こるとあっという間に崩壊する』
『男女で体のつくりも違うし、なんでも平等にっていうのは現実不可能だし、そこを深掘りする意味はあるの?』
日々の暮らしは、いつも思い通りに進むわけではありません。子どもの急な発熱、自身の体調不良、突然の残業……。不測の事態が次々に起こる毎日のなかで、1ミリのズレも許さないような「平等」のルールに縛られていると、たちまち生活は息苦しいものになりかねません。「これはあなたの担当だから」と相手を突き放したり、「どうして私ばかりがやらされているの?」と相手を責めたりと、ピリピリするケースもあるかもしれません。
お互いに納得できる状態にするには、きっちりとした「平等」ではなく、お互いの状況を思いやれる「公平」がいいのではないでしょうか。お互いに無理のないところを臨機応変に探っていくことで、心が少し軽くなるかもしれませんね。

「平等」はタスク量だけじゃない

ママたちからは「しなやかに補い合うことが大切」との意見も出ました。
『平等って絶対無理。「〜だから平等」じゃなく、「やるときに手があいてるほうがやる」「家事育児の情報は共有する」「負担をかけたらお礼を言う」といった協力体制をとることが大事だと思うんだよなぁ』
『こういった問題は、タスクを平等にするんじゃなくて「自由に使える時間」を平等にするのが重要だと聞いた』
『本当に夫婦として平等でありたいなら、むしろ柔軟に分担や担当を代わったり再考したりできると思ってる。だからこそ困ったときにはサポートしてくれると思うんだよね。少なくとも私はそういうふうにやってきて、相手もそれをやるし返す人だから、全然平等ではなくても心もち的には「うちらお互いによくやってるよね」で落ち着いてる』
『思いやりかな。やれることはやっておこうって両者が思えるのが理想』
心地よく生活を回しているママたちの言葉には、しなやかなヒントが詰まっているように見えます。「手のあいているほうがやる」「相手の大切な予定に合わせて、今回は自分が多めに引き受ける」。これは短期間で見れば決して「平等」ではないかもしれません。それでもうまく回っているのは、お互いの心のなかに感謝や思いやりがあるからでしょう。

目に見えるタスクの数を半分にするのではなく、「お互いの自由時間を同じくらい確保する」と考えて寄り添ったり、大変な時期を乗り越えたら「あのときはありがとう」と言葉にし合えたり。そんな「目に見えないこと」を大切にすることが、夫婦という長い関係には重要なのかもしれませんね。

世間でいわれる「平等」に、実際の生活を無理やりはめ込むのは簡単ではないはずです。大切なのは夫婦で「私たち、よくやってるよね」と笑い合えるバランスを見つけることではないでしょうか。







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