これは、先日「日記」に投稿した「戦国名大(みゃーだい)苦労譚」という、仮想プロットの一節。
"みゃーだい"言い訳。名古屋人は名古屋駅を「めいえき」と呼ぶからホントは"めいだい"だろうけど「明治大学」の略称との差別化のため。
//世界の構造的不幸を最小化するという名大チート勢の介入ポイント(大西洋奴隷貿易や植民地主義の破却も含む)は何処だろう?//
これがうまくハマって、大西洋奴隷貿易や植民地主義がない(不幸の構造とその結果が現実の世界より少ない)マルチバースでは、ジャズやブルース、果てはロックまで誕生しない。そしてピカソの「ゲルニカ」や、ヘミングウエィ「誰がために鐘は鳴る」(小説だけで無く、映画も)も失われる。確かに、一つの不幸の構造を消しても、新たな不幸の構造は誕生するはずだが、
"不幸が薄くなれば"→"実存の苦悩も薄くなり"→"芸術など文化も薄くなる"という残念側の推論も働くのだが・・・・。どう考えたら良いか?
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