ここのところ、もりだくさんのトピックで
頭の中で色々な考えが巡る。
歌手KANの訃報
ジャニーズの新しい構図
タカラヅカの実態
猿之助その後
池田大作の死
野球もろもろ
連日ワイドショーを騒がせていた宝塚歌劇団の団員自殺によるパワハラ・いじめ問題だが、サラリーマン諸兄がどう受け止めているのか、少し気になる。
亡くなった俳優さんには気の毒で仕方ないのだが、
この事件はあらゆる方向から「どう映るのか」が極めて重要な意味を持っており、無関係どころかサラリーマンと直結すると私は考えるが、どうだろうか。
そもそも彼女たちは劇団員であり、学生ではなく労働契約を結ぶ社会人である。
一方で、劇団の教員からは「生徒」として扱われ、
先生が居て、職員室があって、「〇年」と呼ばれ、
「先輩」からも指導を受ける。
労働基準法の管轄下にあって、校則の方に強く縛りを受けるという
異様な形態がデフォルトとして存在しているのである。
日曜日 朝8時〜12時 部活練習(週240分)
13時〜17時 部活試合
月〜金曜日 朝7時半〜8時15分 部活朝練
8時45分〜14時半 授業など
15時〜18時 部活午後練 ※水曜を除く
土曜日 8時45分〜12時半 授業など
13時半〜18時 部活練習
これがお盆と暮れ正月を除く僕の中学生時代の日程だった。
月曜と水曜の夜は塾に通い、火曜は英語教室、木曜はピアノ教室にも通った。
1週間におよそ60時間あまりの学校滞在での拘束時間があった。
いずれも労働とカウントされないので問題はないが
1か月でおよそ260時間の「従事」に相当し、加えて自宅で
勉強したり、習い事にも行くわけで、授業を除けば約半分になるが
かなり過酷なスケジュールだと言える。
仮に部活の顧問が1名の場合は、部活の間は監督者として
学校に滞在するわけであるから全てが労働に当たる、と考えられるだろう。
宝塚の彼女たちが直面していたのはこれが「労働」で
かなり根を詰めた先鋭的な「業務」だったという事である。
もし、サラリーマン諸兄が「新商品開発」業務で
或いは「新規顧客開拓」でこのスケジュールだったら
心身に異常を来してもおかしくは無いだろう。
加えて何割かは堪えられても、何割かは離脱するだろう。
タカラヅカでは「夢や希望を搾取」していると言われるかも知れないが、
一般的な労働環境だとどう受け止められるのだろうか。
そういう話である。
知人との会話で「スマイルアップ」を
「旧ジャニーズ」と呼ぶか呼ばざるか、という議論になった。
仮にアーティストグループがが不祥事を起こして
グループ名を変更して問題の当該者を排除した時に
彼らをどう呼ぶか。
クロマニヨンズやハイロウズと名前を変えたが
ロックバンド「ブルーハーツ」を指す時に、我々は彼らをどう呼ぶか。
或いはプリンスが変名をした時に、
「口に出来ないマーク」に一時的にアーチスト名を変更したが
「The Artist Formerly Known As Prince」
(かつてプリンスと知られたアーチスト)
と呼ぶことになった事を忘れたのだろうか。
「名称だけ変更しても何も変わらない」などとの指摘が飛び交う中、
脱ジャニー喜多川を図ろうとする“被害者だった”タレントたち。
フルサポートのマネジメントが生んだ商業的成功の中に
会社による情報統制が含まれており、
獅子身中の虫、否、自らのキングが犯した罪を隠蔽するのにも
利用したのなら、悪質であったと言わざるを得ない。
所属タレント自らも被害者だったかも知れないが、
その代償としての甘い果実は彼ら自身が求めていたのではなかったか。
それでも、今度は加害者の賠償を司る存在に成り代わらざるを得ないのが
東山や井ノ内の役回りだとしたら、気の毒この上ない話である。
ファンへのフォロー云々を主張する輩も多いが、
起きている事件(継続的支配的な性加害事件とその組織的隠蔽)の本質部分から考えたら、
そんな事は一番後回しの本当に“どうでも良い”事じゃないだろうか。
大谷が2年連続でMVP、それも満票でという偉業は異次元の話である。
後述のNPBに関する記述にも関わるところだが、
仮にNPBに在籍していたら“二刀流”は勿論、
今回のFAで手にする高額年俸も二度目の手術に対するケアや、
何より彼に活躍の場を広げる為に改訂した“大谷ルール”も手にする事は無かったと思われるので、
NPB球界からの人材の流出は嘆かわしいと感じつつも
彼のメジャー挑戦は正解だったと言えるだろう。
二桁勝利と本塁打王を同時に獲得するのは如何に異次元の話であるかは
もう説明は不要だろうか。
投手専任、野手専任のプレイヤーが全身全霊でスキルアップを図り
コンディションを整えてやっと到達する成績を
同一シーズンに同一人物が獲るのである。
同じ野球という競技ではあるが、
全く異なる技能が問われる部門の成績が並列する点では、
ナ・リーグで達成された40ホーマー70盗塁にも匹敵する偉業である。
しかも大谷は盗塁も稼ぐ(笑)
残るはチームスポーツ最大の目標にして栄誉である
ワールドシリーズ優勝しかないだろう…
とこちらが決める噺でも無いし、彼には勝手に期待するしか許されないのだろう。
市川猿之助こと喜熨斗さんの判決が出たが、
家族の命を奪ったという事実は争われるわけではなく、
被告も基礎事実を認め量刑の多寡だけが争点となってしまい、
執行猶予が付くという“大甘”判決が出てしまった。
検察側弁護側がともに控訴しない方針のようだが…
最後は自らも自殺しようとした点で、
現在もそうだが監視下に置かないで問題は無いのか?と僅かに疑問を抱く。
自死を選ぼうとする人の多くには、
置かれている環境が生きづらいと感じている筈であり、
猿之助の件は「自らが蒔いた種」とは云え、
傾奇者としての破天荒さと
伝統芸能継承者としての堅苦しいものとしてのプレッシャーが相まって
我々には想像できない領域の事なのかもしれない。
ただ、僕が喜熨斗なら「死に直す」チャンスを得たと感じるかも知れない。
山地には許し難かったのだろうが、
安倍を誅殺した事で統一教会への社会的制裁が始まった。
新興宗教は近代以降の市民における心の支えとしての機能が
実は大きかったと考えるが、
古来宗教と同等の優遇を経て同時に集金マシンとしての
側面も持ち合わせていた。
かつて「オウム真理教」事件の時の「対宗教勢力」法整備で
漸く我が国の新興宗教対策が整い始めていたところであったが、
「集金マシン」としての機能は健在だった。
安倍政権とそこに与するものがその機能を利用していたのは
山地の指弾の望むところであったのだろうか。
いずれにしても我が国の新興宗教の最大勢力である創価学会と
それに追随していた幸福の科学の最大権力者が相次いで今年、亡くなった。
エルカンターレ大川隆法と創価学会の大躍進の立役者池田大作亡き後の
両教団の行く末にはこれを覆すニューリーダーが不可欠である。
政界進出した創価学会はいざ知らず、幸福の科学は存在意義も問われよう。
否、正義の所在はともかく
偉大過ぎるリーダーほど、その後の体制が重要である事は明確で
既に世襲体制ではない事が明確な創価学会は、
高齢だった池田の後任選びは進められていたと思われる。
一方で大川のカリスマに依存したまま一代で成長した幸福の科学は
姿かたちを変えずして維持されることは出来まい。
統一教会が力なく崩れているのも、文鮮明を失った後の
強大なリーダーを擁立出来なかったからである。
成功したと言える新興宗教の二大勢力の
この受難の行く末には注視したいと考える。
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