mixiユーザー(id:6231411)

2023年11月06日22:45

248 view

身近な出来事だった

リスペクトしない社会がこれを生んでいる、と強く思う。

僕の娘が難関の教員採用試験を受けて晴れて中学校の教師になったのは1年半前の話である。教育現場に危機が訪れていると謳われて久しいわけだが、娘や息子が中学生の時分も、教師の労働過多が指摘され、部活動のメニューを減らす騒動があった。我が子の通う中学にはそんなわけで野球部が無かったのだ。
それだけではない。娘は吹奏楽部に所属していたが、部活は週7日。
「顧問はいつお休みを貰うんだ」
「自主練の日を作りなさい」
と親として何度も助言したが、娘たちは休むことなく部活に励み、とうとう顧問がダウンしてしまう事態になった。
顧問も顧問である。
「週に6日は仕事で、1日はボランティア」
そんな事を嘯きながら子ども達とその親の際限の無い要求に答えて来たのである。
僕は申し訳なくて、当時の子供の指導者には今更何も言えない。だが、タメ口を許したり、教え子の親にナメられるような教師は失格だろう。最後まで僕は敬意は抱けなかった。
何もかもフラットなのは結構だが、貴方は生徒役で、私は教師役。という空気は良くない。至らない部分を教師ですから、で済まされてはかなわない。子どもたちこそ、日進月歩の技術革新と向き合い、日に日に生きにくい世の中に泳ぎ出さなければならないのに、トラディショナルを押し付けてはならないと思うのである。
そのためには、誰もがぐうの音も出ないくらいのメンター足り得ないと本当は務まらないのではないか。

彼らの仕事は教壇に立ち、標準的な教師としての仕事を果した上で、「勉強以外の学校ライフ」を提示する事である。若い美空で全人格労働をする事ではない。
いや、出来るなら彼是すべきだし、出来る人がなるべきだ。しかし、学校以外の社会も知らない新卒の新米教師がそこに在るべきだろうか。



僕は昔から何回も声を大にして言っている事がある。
「教師とは聖職である。ただそれだけで尊敬の対象でなければならない。但し、それに見合った人しかなるべきではない」
僕の時代の教師と言ったら、“でもしか”教師かエリートかポンコツ。落差激しすぎるだろ。(コツさえ掴めば誰でも出来る)逆上りも出来ないヤツが、人の道を説くのかね。自衛官の息子も居る教壇で「自衛隊は違憲(当時はそう云われていた)」などと言い切れるのかね。子育てもしながら忙しい身で、毎朝、イリコで味噌汁の出汁を取るのかね。
そういう歪んだ理想と現実のギャップをのらりくらりと埋めながら生きる術を説く場じゃないのかね、といつも懐疑的な眼差しを向けて居たのである。
職業としての教師なら、担任はもっとプロフェッショナルを宛てがうべきだし、部活の指導者も“仕事”にしてはいけないと思う。私学に於いても同様にね。



況してや、教育実習なら、もっとシビアな現実を突き付けて、無数の屍(脱落者)の上に、生き残りを職に就けるくらいの位置付けで良くないか。教採前の様子見の実習に加えて、1年は見習い期間はあって然るべきだ。

娘は転職して一般企業の事務職に就いている。
「アレと比べたら、毎日がパラダイスよ」
という感想が耳が痛くはないのか。かつての僕の忠告を無視した自分自身に潰されたというのに。


■「1週間の教育実習で体動かなくなった」学生への調査から浮かぶ危機
(朝日新聞デジタル - 11月06日 08:22)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7624945
4 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年11月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

最近の日記

もっと見る