mixiユーザー(id:6231411)

2021年06月11日01:40

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交通事故を撲滅するために

こんなはずじゃ、なかったと。

今日見かけた新聞の記事に
交通事故を減らすためには「手を挙げて渡ろう」
という運動をしたら、大幅に交通事故が減ったという
そういうのがあった。
信号のない横断歩道で一旦停止をしない自動車が起こす
事故が後を絶たないという事で、
そういう調査資料に基づいて、運動を始めたところ
とある県を中心に劇的に効果が出て
被害者が減ったという、まぁ素晴らしい実験というか
素晴らしい取り組みの記事である。

横断歩道で渡ろうとしている歩行者を認めたら
問答無用で車両は一旦停止する義務があり
それを怠る運転者が多いという事がそもそもあるのだ。
つまり、手を挙げて車両に横断を知らせようが
知らせまいが、車両には停止する義務があるのである。

にも関わらず、事故の被害者が後を絶たないわけである。
それって車両の方が一方的に悪いのだが
被害者は歩行者ばかりである。
そこで、新たな被害者を減らすために
車両に横断を知らせる行動を歩行者に促し
事故を減らそうという取り組みである。

それって、何かの構図に似ていると思わないか

性的暴行事件を減らすために
女性が挑発的な格好をしないように、とか
夜道を歩かないようにとか
そういう感じの事である。
前者には何だか善行の匂いがするが
後者には女性に対する権利侵害というか
少なくとも女性から
「悪いのは男性なのに、どうして女性が我慢しなければならないのか」
と反発を食らいそうな匂いがする。

この違いは一体何なのか。
前者に覚えた感覚が間違った居るのかも知れないし
後者で受ける非難の予感が間違っているのかも知れない
いずれにしてもだ。
「前者は問題ないが、後者は問題だ」
という意見だけは容認できない。
横断歩道を渡る人が手を挙げるのは推奨されて
女性が挑発的な服装を控えて
夜道を単独で歩くのを控えるのは推奨されないという事は
ありえないだろう。

悲劇を避けると言うのは容易ならざるという事だ。
慎ましやかに生きると言うのも難しい。
社会に適合すると言うのも難しい。
ルールを守って生きると言うのも。

「我慢しようぜ」って時に
「もう我慢できない」なんて言っている人に
事故なんか避けられるもんじゃないのだ。
いや、ルールなんて守っていても身を守り切れるとは誰も言っていない。
不測の事態に対して絶対的な
「安全、安心」なんて科学的な実証は出来ないのであるから
くだらない議論をしてると思わないか?

万事、そういう事である。




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