最近の文春を始めとした週刊誌は度が過ぎている。
先日はスポーツ紙に清原の息子が大学野球に入部するしないで実名報道。
その直後は文春が小川某アナウンサーの夫の不倫を暴く。
どちらも公の場で事件を起こしたわけではないのに
写真を含めてプライバシーを著しく侵害している、と感じたのは
僕だけじゃないだろう
タレントがプライバシーを暴かれることに対しては色々議論の余地はある。
そもそも私生活を切り売りしているタレントと、切り売りを一切しないタレントに二分されているので意見は分かれて当然である。
しかし、プロでもないアスリートのプライベートは
本人の承諾なしに実名で報じたりすることは
如何に報道機関であっても許される事ではない。
仮に事実に反した内容を報じてしまったり
報じた結果世間をミスリードしてしまったりした時に
同等の軌道修正を行っているかと言えば、それは出来ていないからである。
裁判で敗訴させてライバルの報道機関に叩いてもらうくらいしか
今のところは方法が。
そもそもツイッターで話題だの、SNSで話題だのの情報も
玉石混淆も良いところで、ちゃんとした根拠を示したとしても
検証まで出来ないのが一般人である。
学会であったり司法の場などで第三者的に認定されるまで
ものの善悪や事の正誤を断じる事は本当は出来ないはずだからである。
犯罪報道ですら、たまに不起訴処分や完全無罪の人を逮捕した時に
実名で報道してしまっているのに、ろくに訂正もしないのであるから
何も悪い事をしていない民間人や
単なる有名人の家族のパンツの中を追うのは浅ましいというか、寧ろ犯罪的である。
小川アナの夫については、
恐らく報じた内容は事実と大きくかけ離れていないだろうが
それと夫婦間のやり取りとは全く無関係で
許すとか許せないとかは妻たる小川アナが決める事。
外野は口出しすることではない。
そもそも不倫がこの世の中からなくならない事は
殆どの人が何となく理解している事であろう。
直接の関係者として怒り狂うのは結構だが、
外野から社会的制裁を加えようと言うのがどうも気にくわないのである。
そういえば、「世界の渡部」の醜聞ですら
妻が「あの」佐々木希だから酷く叩かれているのであって
見知らぬ民間人だったらここまではされていないだろう。
だとしたら、こんなに不平等なことは無いだろう。
男女平等だの同一賃金同一労働だの言っている横でこの不平等は無いなぁ
暴かれている渡部の内実も下品極まりないが
現場が多目的トイレでなく、アパホテルなら?
アパホテルじゃなくて、シティホテルなら?
コロナ禍の最中ではなくて平常時なら?
やってることが同じなら同じように扱われるべきだと思わないか
「佐々木希が可哀想」とか「妊娠中や子育て中になんて許せない」とか
全部感情論で「アカンもんはアカン」だけの話ではないのか
僕は思うのだ。
世の中には愛し合った夫婦だって「性的不一致」は内在していて
それでも夫婦関係は続いていて
お互いに「見て見ぬふり」をして済ませている部分は多分にあるだろう
経済的な依存や社会的体面とかが大事だという人も
何某か我慢している人だっている。
だからって配偶者を裏切るのは良くない事であるが
それは当人同士に「お宅の配偶者、あきませんよ」と知らせるだけで
必要充分ではないか。
渡部の場合は芸能人夫婦であるから、世間の話題として
色々と波風を起こしてくれて結構だが(そんなことは知ったことではない)
もし奥さんが民間人だとしたら「余計なお世話」かも知れないし
そういう発想で取材も報道もできないのだとしたら
問題だねぇ
森喜朗絡みの報道だって、極めて表面的で体面的で感情的に扱っていて
「女性蔑視発言」とか言ってるけど、我々の近所の老紳士は
きっと半分以上が「女性を蔑視」してると思う。それは問題ないのかね
女性蔑視どころか民族差別している人も沢山居る。それも問題ないのかね
何回も繰り返しているが
最初に森さんを担ぎ上げた時に「おいおい?」と言わなかった人たちは
実は同罪だと思う。
だって、実績ありだもの。知らなかったわけではあるまい?
「神の国ニッポン」と高らかに歌って炎上した首相時代を知らぬわけではあるまい。
それで彼は首相の座を下ろされたのだから。
僕が腹立たしいのは、
五輪が無事に済んでいたら、きっと彼は褒められていただろうという事。
たとえ女性を蔑視していても、五輪の理念に反した人間であったとしても
経済的に成功していたら「帳消しにして」評価していただろう?
そんな奴らが、彼の失言というか「口から漏れ出た本音」を
責める権利なんかあるものか
「彼は辞任すべき」なんて軽々に街頭インタビューで述べている奴は
みんな、アホである。
「私は辞任して欲しいと思っている。気分が悪いから」
が正しいコメントだ。事情も背景も分からないくせに
「〜べき」と言うだけの責任も根拠も示していないだろう。
それとも
「五輪さえ無事に成功させてくれるのであれば、辞任してもしなくても良い」
という本音を言う方が良いか?
僕には五輪なんかどうでも良いし、このままなら失敗してくれた方が良い。
やるのかやらないのか、ぎりぎりまで決めない
世界最高峰でも何でもない国別対抗戦には興味が無い。
(一部を除いて)「アマチュアスポーツ」の枠組みが外れた時点で
この問題と直面することは不可避であり、
かつては「プロ」と「アマ」は違うとして線引きできたものが
場合によっては五輪には出場しない最強王者だって誕生する可能性を
はらむ事になってしまったのである。
しかも、計時競技においては「世界記録更新」の方が名誉ある事である。
もちろん金メダルは高い価値を持ちながら
「あの金メダリストより早いのは俺だ」と証明する場さえあれば
いつだってそれは可能だ。
100メートル走や100メートル自由形に国別対抗の要素は全くない。
純粋な個人競技だからである。
国を代表する栄誉を背負って表彰台に立つ!なんて綺麗事は言っているが
個人競技は自己研鑽が九分方であり、結果は別にして
スポーツに集中させてもらっている事に対して感謝こそすれど
国のメダル獲得数に貢献する事を目標にはしていない。
なぜなら五輪は既に
「アマチュアスポーツの祭典」ではなく
「プロとセミプロの競技会」だからである。
もちろん支援者もいるだろうし、彼らとの関係は強固である。
だが、彼らの頑張りでコロナと戦う励みに何か微塵もなりはしない。
そんなことする暇があったら、やって欲しい事は沢山ある。
五輪の安全運営のために
医療従事者を多数そちらに配分しなけれゃならないのだとしたら
僕は反対だし、それで本来なら助かる筈だった命が
たとえ一人としても助けられなくなることもあるのだとしたら
時節柄、競技をやめてもらいたいのである。
こういった議論もしないで
公人でもない人物のパンツの中身を追っかけている週刊誌やスポーツ紙は
実に軽蔑に値すると近頃とみに思うのである。
ノンスタ石田、写真週刊誌に“まさかのお願い” 家族写真の買い取り希望に「発想が面白い」「そう来たか」と反響
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=6411350
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