私の珈琲考察にご関心がある方は、過去日記もご覧下さい。
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黎明の珈琲夜話:第一夜:焙煎
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黎明の珈琲夜話:第二夜:挽く
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黎明の珈琲夜話:第三夜:エスプレッソ
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黎明の珈琲夜話:第四話:ドリップ
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唐突だが、次の質問を投げかけたい。あなたは鍋料理に土鍋を使いますか、それともステンレス鍋を使いますか。取り皿とれんげは陶器製ですか、それともプラスチックですか。この質問の意味は本稿を最後までお読みいただければご理解いただける。
多くの珈琲専門家の淹れ方を調べたが、水の美味しさとその重要性について言及している人は非常に少ない。珈琲の98〜99%は水であるにも関わらずだ。珈琲関係者が水に無頓着なのは、多分、珈琲は西洋経由で日本に入り、西洋式で珈琲を淹れるからではないかと考えている。
フランスの美食本の古典とされる『美味礼賛』(岩波書店)で、サヴァランは「水は無味無臭の透明な液体」と述べた。食の本質は語らず物知り自慢ばかりで辟易していたところに、この記述だ。この箇所を読んで水の味が分からないサヴァランは美食家失格だと断定して、それ以上は読まずに本は捨てた。水は全ての食べ物の基本中の基本で、もちろん生命の基本だ。この水の味がわからない者に食べ物を語る資格などない。
西洋の分析科学は水を軟水や硬水、酸性やアルカリ性などに分けて、さらに含有ミネラルなどを事細かに分析する。これはこれで間違いないのだが、要素還元主義によるモノとしての水分析で「水は生きている」という認識が欠落している。それゆえサヴァランのような人間は味覚を通じて生きた水と深い対話を交わすことはない。西洋文化は、自然は人間が利用するために征服して収奪すべき対象と見なしているので、自然存在としての水との対話など論外である。西洋人にとって黒人は使役と収奪の対象であったから、対話はせずに奴隷とした。日本の珈琲専門家たちは西洋人の自然や水に対する考え方を引きずっているが故に、珈琲を淹れる水に深い注意を払わないのだろう。
一方、茶の湯の世界では水、特に自然湧水にこだわる。亭主はでき得る限り最高のお茶を客に振る舞うために、早朝に出かけて湧水を汲んで来ることがある。茶を振る舞う際に亭主は「◯◯で汲んだ湧水でございます」と客に伝えたりする。日本人は水を深く聴き分けていたのだ。この背景には、優れた湧水を生み出す自然環境へ深く思いを致す文化的背景が勿論ある。
私は生まれた時から高校を卒業するまで自宅の良質な井戸水を飲んで育ったので、水の味は分かるつもりだ。かなり前まで、中東某国の湧水を除いて我が家の井戸水より美味しい水はない、とさえ思っていた。だがそれは間違いだった。7年ほど前に友人と協力して山の中腹を100m以上横ボーリングして非常に清冽な湧水を掘り当てたからだ。長年水を研究している人が、この湧水は日本で6本指に入る素晴らしい水だと折り紙をつけてくれた。ならばと、何度もなんどもこの湧水を味わった。非常に透明感がある味わいで、雑味やえぐ味は一切ない。何度味わっても素晴らしい水だ。
我が家ではこの湧水を引いて飲用水として使っている。湧水と井戸水を比べると、それまでは分からなかったが、我が家の井戸水には若干渋みがあることに気づいた。次に国内外の主要なミネラル水を購入して湧水と味を比べた。はっきり言ってどのミネラル水も非常に不味かった。表現は難しいが、どれにも共通するのは、生きた生命体がバラバラにされた不快な感じだ。美味しくない湧き水や水道水とは異質の不味さである。遠くまで出かけて環境省や県が選定した「名水」をいくつも味わってみたが、美味しいといえる水は非常に少なかった。美味しい水の味が分かるようになれば、不味い水は峻別できる。
清冽な湧水でお茶や珈琲を淹れたり、ご飯を炊くと一段と美味しくなった。そこで、湧水を錫器で沸かせば水の味の変化が分かるのではないかと思い立った。錫の酒器とステンレスのポットでお湯を沸かして味を比べてみた。
古来、中国や日本などでは、錫は水やお茶や酒の味をまろやかにすることで知られており、錫製の茶器や酒器が使われてきた。ただし、錫は非常に柔らかく融点が低いため湯沸かしが作られることはない。実験に用いたのはこの錫の酒器である。
実験に使った下のステンレスポットは、長年使用して内側に黒い皮膜ができており、クロムなどの金属イオンは溶け出さないと思っていた。
結果は如何。錫で沸かした湧水にはまろやかさが加わった。一方、ステンレスポットで沸かしたお湯には金属の香りと味が明確に感じられた。白湯の香りを嗅いだり、味わったことはなかったので気付かなかったのだ。湧水が非常に繊細なため金属イオンを際立たせたのかも知れない。
余談だが、ステンレス合金は用途に応じて様々な種類があり、必ず使われるのがクロムで、ニッケルを含むものもある。実はこのクロムとニッケルは、人によってはアレルギーを引き起こす。日本人の10人に一人は、程度の差は勿論あるが、金属アレルギーで皮膚炎を起こすと言われる。金属アレルギーの人がクロムやニッケルのイオンが溶け込んだお湯を飲めば健康への悪影響は免れないだろう。もしや、と思う人は自分が金属アレルギー体質かどうか調べたほうがよろしい。
私はこの実験を行ってすぐにステンレス以外のポットを探した。銀瓶はずっと前から探していたが非常に高価だ。いろいろ調べた結果、銅製で内部は錫メッキのものに決めた。内部が銅だと銅イオンが水に溶け出して、お湯に銅の味が移る。
カリタが何種類か銅のドリップポットを出しているが、内部のメッキは何なのか全く記載がない。まさか亜鉛ではないだろう。そこでカリタに問い合わせた。最初に対応した女性は全く知識がなく、年配の男性に代わった。彼もすぐには答えられず、調べてくれてようやく内部は錫メッキと分かった。そこで購入したのがこの銅ポット。デザインもなかなかよろしい。つまみは真鍮製だったが、熱くなると摘めないので磁器製のものに取り替えた。冒頭の銅ポットは、良いものは二つあってもよかろうとオークションで買った中古品。
外注で銅ポットを作る職人さんは知っているだろうが、珈琲器具専門のカリタが銅ポットの内側に錫メッキを施す意味を全く知らなかった。茶の湯や酒の世界では錫の効果は十分知られているのに、これが珈琲界には全く伝わっていない。最初に指摘したように珈琲界は西洋の影響を強く受けているので、水には無頓着で伝統的知恵を省みることがないなのだろう。
自称珈琲専門家が水に言及しても、せいぜい市販のミネラル水か軟水を勧めるくらいだ。前述したように市販のミネラル水は非常に不味い。ほとんどの「専門家」はこのような不味い水をステンレスポットで沸かしてさらに不味くしている。その上、不快な味と香りがするドリップ紙を使っている。さらに、熱すれば化学物質が溶け出すプラスチックのドリッパーを使う。普通の日本人なら眼前で、プラスチックの急須でお茶を淹れられれば「え!」と思うだろうが、プラスチックのドリッパーにはなぜ違和感を覚えないのだろうか。茶の湯で、錆びないで綺麗だからとステンレスの釜を使えば、亭主の見識と感性が疑われる。
プラスチックのドリッパーではないが、カナダのマクギル大学の研究によると、プラスチック製のティーバッグを熱湯に浸したところ、約116億個のマイクロプラスチック(5m以下のサイズ)と約31億個のナノプラスチック(1億分の1のサイズ)が検出されたとのこと。ナノプラスチックが人体のDNAに侵入すれば将来どのような悪影響が出るかは分からない。また、プラスチックは経年劣化することが知られているが、劣化の過程で微量な化学物質を放出していることも知るべきだ。
ここまでご理解いただければ、下の写真のようにステンレスのドリップポットで珈琲を入れる人は、キラキラ光るものが好きなお猿さんに見えてくるだろう。西洋を拝跪するとこのように無様なことになる。
締めくくりに、水道水を美味しい水にする方法をお伝えしよう。陶磁器かガラスの容器に良質な備長炭か竹炭数個と水を入れておけば、一晩で水道水とは思えないほど美味しい水になる。1、2ヶ月で炭の効力が低下したと思ったら、煮沸して日干しにすれば効力は回復する。水道水そのままでも土瓶で沸かせばお湯はまろやかになる。珈琲を愛するなら98%の水にもっと気を配るべきである。
自然を最大限に生かす優れた日本文化を育んできた自分たちの感性を誇りに思うなら、「日本の珈琲」を生み出す創意工夫があってしかるべきだ。洒落てコーヒーを珈琲と漢字にしただけでは、自然な美味しい珈琲を淹れることはできない。
美味しい「名水」はほとんどなかったというおまけ。
「騙されたと分かって名水を飲みに行ったらやはり不味かった♫」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1976906562&owner_id=2973687
(了)
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