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2019年08月25日05:39

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愛とはケースバイケース

付き合っていない女性とのセックスはしかし何とも言えない
何とも言えないのは、繰り返さない場合と
繰り返す場合の違いがある。
繰り返さない人との感度はそれはその時限りと言うか
高ぶりがある。
しかしそれは繰り返していくと損なわれるものである

繰り返す相手にはそこに感情が挿し込んできて
違う感度が加わってくる
高ぶり以外のものが行為を満たしてくるのである
付き合っているかどうかを確認するのが野暮な間柄と言うのは
実際、そういうものがあるからなのだと
いつからか確信する

デートで友情を証明することなんて
なかなか難しいのであるが
しない相手とはいつまで経ってもしないものであるし
する相手とはまどろっこしい過程を経ずして
とりあえずするものだ

その人にとって友情とは何だ、愛情とは何だ、セックスとは何だ
というのは実にまちまちでケースバイケースだ
家内は恋愛とは一緒に居る事だと言って聞かない
セックスとは子供を作る事だとも言う
僕と交際を始めてセックスに至るまで半年をかけた上で
途中で避妊を拒絶した
「本気なら中に出せ」というのである
妊娠するかどうかは何となく分かると言い、
本当に娘が出来た時は「妊娠したかも」と呟いたくらいだ

また別の女性は生で行為を行う事を極端に恐れていた
だが、行為を重ねていくうちに
セックスとは生ですべき、と考えが変わったようだった
やがてお互いに中に出して完遂することを望むようになると
薬を服用してでも中に出すべきだと確信し
最後は常にすべて中に出すようになった

またある女性は旦那さんとの行為は「オツトメ」と言い放ち
夫との子供が出来ないように卵管を縛って避妊していた
従って「大丈夫だから、全部出して」と
毎回言うようになった
その人との関係は情熱的に数か月の間、何十回か繰り返されたが
その都度、全部出した
そこに感情が挿し込んできたことは自覚できたが
セックス抜きの普通のデートは一度だけしたのだが
「やはり、抱いて欲しかった」
と言う始末だった

友情がした上で成り立つかどうかと言えば
実に難しいと感じるばかりだが
付き合わなくても行為が介在するかどうかが何より大きい

一方で、とても魅力的でお互いに憎からず思っているが
最初から性的対象として扱っていない相手とは
相当に際どい事があっても一切そういう発展はない
元々は友情と性的感情は別の線で発生するものだと思っていたが
実は最初から一つの所から発生して
途中で枝分かれして2度と戻れないような位置づけなんじゃないか
そういう風に考えるようになった

学生時代に交際していた女性とは
最初は友人関係であったものが
ある日、一線を越えて付き合い始めたのであったが
よくよく考えてみると、お互いに
「(交際は)あるかも」と意識していた偽友情だったように思う
もう、付き合い始めてからの
熱烈な愛し合い方はそれまで堪えていたものが
堰を切ったかのように押し寄せて
会う度に夜は夜明けまで愛し合っていた
若かったから体力もあったと思うが
どれだけ行為の高ぶりを覚えても終わる事も飽きる事もなく
「時間切れ」で別れを迎えていたのを記憶している

ディズニーデートは、ディズニーに集中するか
お楽しみを共有するか
はたまたその後の「泊り」までがデートかどうかで偉く違うものだ
子供たちと行くようになってからは労働の場としてしか考えられなくなったけどね

■「付き合っていないけどディズニーデートは脈あり?」長時間一緒の場所では友情も試されます
(isuta - 08月24日 20:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=179&from=diary&id=5760988
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