当然だが、まだ「続編」がある話。
重い量刑を望む遺族の意見が尊重されるなら
裁判とは情実決定していると定義されるも同然
一方で、複雑な要因で起きた事故を
複合的な法解釈で裁くのも簡単な話ではない。
法律家の間で意見が一つにならないケースは当然、
裁判員も悩むはずだ
「法律、融通きかないのか」という見出しはミスリードだ
法律は運用によって融通が利くように予め作られているものが殆どで
その定められた線引きを冒すような融通は利かせちゃだめだ
むしろ「(重罪に科すための)融通」なんかもっと駄目だ
もっとも担保されなければならないのは公平性で透明性だ
別の日記でも述べたのだが
被告に対しては、被害者がその後事故に遭遇して亡くならなくても
同等に近い量刑を下す必要がある。
結果として亡くなった部分は追加として加算しても良いけれど
石橋被告に対してはまず、そこであろう
殺意があったかなかったか、も考慮される点かも知れないが
高速道路上に車を止めて自らも危険に晒されている点で
殺意前提の行為でなかったことは明白で「危険運転」とは別の問題だ
危険な目に遭わせてやろうとした行為を「殺人未遂」として裁くなら別だが
「危険運転」とは近くても別の罪状だ(だから、加算は必要とも考える)
これで18年が妥当なら、日本の交通トラブルの事件の大半は
死ねば20年、死ななくても15年、高速道路じゃなかったら10年、
とかになってしまうのか?
被告の周辺状況や言動を見る限り、
「とんでもない奴」なのは明白だが
普段は「大人しくていい人」でも同じ量刑を公然と下せるような理屈で
裁いてもらいたいねぇ。
遺族が情状酌量を訴えても「罪は罪」と言えるレベルで
公平性が欲しい。
裁判員のその場における苦悩が如何ほどかは量り知ることは難しいが
この先、加害者になるかも被害者になるかも
裁判員になるかも知れない立場としてはそう思うばかり。
これは今後、他の同様の事件に対しても判例になりうる考え方として
大切な裁判なので、これからはもっと重要になるだろう
■裁判員葛藤「法律、融通きかないのか」 あおり運転判決
(朝日新聞デジタル - 12月14日 15:29)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5418943
東名高速で「あおり運転」をして一家が乗るワゴン車を停車させ、大型トラックによる追突事故で夫婦を死なせたとして危険運転致死傷罪に問われた石橋和歩被告(26)に対し、横浜地裁は14日、懲役18年(求刑懲役23年)の判決を言い渡した。
判決後、裁判員を務めた相模原市の会社員女性(45)が記者会見に応じ、「前例のない事件。みなで意見交換し、まとめていった」と裁判を振り返った。
裁判員に選ばれた際は知識がなく不安だったというが、検察、弁護側からの資料や、ドライブレコーダーの映像を参考に理解を深めていったという。
裁判では、危険運転致死傷罪の適用が最大の焦点となった。女性は「法律にあてはめるとどうしてこうなるのか、もっと融通がきかないかとも思った」と判断の難しさを語った。
法廷では遺族が重い量刑を求めた。女性は「個人的に被害者に寄ってしまうなか、みなと話し合い、公平に見なければいけないと思った」と述べ、「毎日葛藤しています。まだ整理がついていません」と複雑な心境を明かした。(杉浦幹治)
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