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2018年02月05日11:09

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彼らが求めるものとは。

僕も兵庫の人間だが
一度もヤマダで買い物はしたことはない。
それもその筈、播磨地域に展開しているスーパーだからだ。
県外、いや大阪より東側の人間にはピンと来ないだろうが
山口県と兵庫県は瀬戸内海と日本海の両方に面した稀有なロケーションをしていて
大袈裟に言えば、横浜と新潟の気候が同一の県にある、といえば
少し分かるだろうか。

現在は福岡に住んでいる僕だから言えるのかも知れないが
福岡は「日本海側」である。
今年になって積雪はもちろん、氷点下も何回も記録している。
同じ緯度の大阪や愛知と比べると格段に寒いのである。

それと同様だが、兵庫県における播磨地区
分かりやすく言い換えれば
姫路を中心とした文化圏においては、神戸をイメージするであろう兵庫県の中でも
とりわけ西の端にあるのである。
有名な赤穂浪士のふるさと、赤穂市や
新神戸から新幹線で西に2駅先にある「相生駅」も兵庫県である。
南北だけでなく東西にもだだっ広い県である、と認識して頂きたい。

このヤマダスーパーが言いたいことはよく分かる。
そして、至極真っ当なことを言っているのであるが

一体どうしてこんな事態になっているのか、を
手繰らねば真相に辿りつけまい。
敢えて言えば「恵方巻」ってそんなに昔から盛んだったっけ?
他の季節的な食べ物で言えば
「七草がゆ」の方がポピュラーだったのではないか?
その「七草がゆ」が廃れてしまったのは何故なのか

それは昔の暦では1月は「春」だったので
初春の作物で七草を形成していたのだが
現在の暦と気候では、あまり市場に流通していない作物となってしまい
本来の季節の風物詩とはなりえなくなったからである。
合理的な理由があるので「無理に」季節ものとして
市場すなわちスーパーなど流通でフィーチャーしなくなった、
というのが背景である。

ところが、バレンタインを筆頭に
クリスマス、ハロウィーン、とどめに恵方巻に至っては
「売らんかな」主義の権化として
この季節の風物詩的なセールが盛んに行われていて
同じパターンとしては平賀源内流布説が有名な
「土用の丑の日に鰻を食べる」という風習だろうか。

暦に詳しい人は知っていると思うが
「土用」というのは、年に四回あって
有名なのは「夏の土用」であるが、季節ごとに「土用」の期間があり
そのなかで「丑」の日が「(夏の)土用の丑」の日とされているのである。
根拠は全く不明だが、この期間に精をつけていると夏が乗り切れるという言い伝えが
古い書物に記されていたのを「平賀源内が流行らせた」という説が
有名である。

この流れと同様に
「恵方巻」というものが何者かによって流行らせたものであることは
大阪商圏で生まれ育った僕としてははっきりと分かるのだ。
ある時、学校で教師が
「皆さん、恵方巻って知っていますか」
と呼びかけたのだが、クラスの大半が
「知らなかった」
と回答して、ごく一部が
「聞いた事はある」
と回答した。
僕は「知らなかった」と答えたが、同じ質問を同じ日の朝に母親にされたばかりだった。
そこで、僕はその教師に尋ねたのだ。
「先生はいつ知ったのですか?昔からあったのですか」
素朴な質問だったが、その問いに一瞬怯んだ教師は
「実は私も知ったのは最近なのよねー」
と身も蓋もないことを言い出したのである。

その頃既に世間に広まっていた
「バレンタインデー」についても、作文を書く機会があったので
色々と調べていると、どうやらキリスト教系の聖人に由来しているようで
どちらかというと信仰上の背景で「愛を育む日」には違いないようだが
「異性に好意を告白する、それにチョコレートが必要だ」
という何とも西洋的で由来が分からない出来事にに当惑したものである。
そして当時は、チョコレートを貰うと即座にお返しを買いに行って
「ホワイトデー」なる日を待たずしてお礼を言ったものである。

しばらくすると、ホワイトデーが登場するが
これも教師に質問したが
「全く分からない」
と答えられてしまい、文献もも見当たらない状態。
「小学校の図書館にある本程度には書いていないのかも」
と言われはしたが
いよいよ宗教上の理由も存在しない「謎の日」となってしまい、
その後、僕は一貫して無視するようになった。

時は流れて、自分にも子供が出来た時、
「バレンタインデー」文化は説明するまでもなく
外からの情報で持ち帰ってきたが
「恵方巻」と「ホワイトデー」が根拠不明であることは
我が子たちも何となく感じていたようだ。
「…ということやけどな」
と上記説明をしたが、受け入れることは問題なかったらしい。

そんな具合で
それに乗っかって売っていること自体が「売らんかな」であり
「作りすぎない」というヤマダの判断とは別に
既に商業至上主義的である。
海洋資源を守らねば、という意志が強いのは大切なことだが
「獲って、売る」構造から免れられないのであれば
節度を守る事は今回に限らず、毎日続けて貰いたいことである。

安く大量に品切れしない程度に
流通させる現在のスーパーの仕組みは
長く続くデフレの影響そのものである。
客が
「安く、質が良く、量が多いもの」を求め続ける限り
それを提供したものが勝つことになっているのだと
弱者を駆逐していくのだと
スーパーマーケットという生業の宿命として感じている。

だとしたら、「安さ」でも「品切れが少ない」でもない部分で
他の店よりも優位性をヤマダは示すことが求められることになるのだが。。。
主張は立派だが、彼らが目指している部分はそこにあるのだと
そう感じた次第。


「恵方巻の大量生産に違和感」スーパーに反響
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=4973068
写真
今年も過剰生産による大量廃棄問題がニュースでも報じられた節分の恵方巻き。そんな恵方巻きについて、兵庫県内でスーパーを展開するヤマダストアーが出した意見広告、およびその結果が話題を呼んでいる。

公式サイトによると、ヤマダストアーは現在8店舗を展開しているが、2月1日に、次のような広告を出していた。

※※※ ※※※ ※※※


もうやめにしよう

売上至上主義主義、成長しなきゃ企業じゃない。
そうかもしれないけど、何か最近違和感を感じます。

昨年あちこちで大量に廃棄された恵方巻がSNSで話題になりましたが、そりゃそうです。
のばせのばせ、ふやせふやせの店舗数と恵方巻の大量生産で数は膨れ上がり続けています。

食材を原価だけで考えてるからそんなことになるんやと思う。水も土も海産資源も地球が無料で私たちに与えてくれています。
スーパーの現場で働くと、どんなに偉い学者さんじゃなくても分かります。
ヤマダの鮮魚従業員も「海産資源は絶対減ってる」って言ってます。だから大事にしたいんです。

今年も1本1本心を込めて巻きました。ヤマダの巻寿司は殆どお店で巻いてます。
魚屋さんで魚を切って、お肉屋さんでお肉を焼いて巻いてます。

今年はもしかしたら早くに無くなるかもしれないけれど、ヤマダはこれ以上成長することよりも今を続けられることを大事にしたいです。
最後の1本の恵方巻までお客様に愛されますように。

ちょっと変なスーパー ヤマダストアー株式会社

※今年は全店、昨年実績で作ります
売れ行きに応じて数を増やすことを今年は致しませんので、欠品の場合はご容赦くださいませ

※※※ ※※※ ※※※

そして迎えた2月3日の節分当日。各店舗のFacebookでの報告によると、8店舗中3店舗は「勢い余って少し作りすぎてしまった」などの理由で売れ残りが出てしまったそうだが、5店舗は完売した様子。大量に廃棄するような事態にはならなかったようだ。

世の恵方巻のあり方に一石を投じようと声を上げたヤマダストアーには、Twitterなどネットで「まともな感覚で素晴らしい」「これは良い取り組み」「ほかの県にもぜひ進出して欲しい」「こういう経営感覚って大事だよね」「来年は同じように続くところが増えますように」などの声が上がっている。

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