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2017年02月08日19:55

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犯罪と刑罰を考える

刑事罰の軽重を議論するなら、一人を殺した事に対して“より重く”を遺族や周囲の感情で左右するのはどうなんだろうか、と思う。
例えば、刑期が短くてすぐにシャバに戻すには危険な犯罪者かどうかが量刑の軽重を司ると言うのなら、殺人未遂で改悛の様子が認められない場合は“最も危険”とみる事も出来るだろうし
今回のような殺害に至る過程でも数多くの“犯罪的”行動を重ねた場合は加算に値するのでは?という議論もある。

以前に、殺人容疑で逮捕したが証拠不十分で釈放となったある容疑者が、別の殺人未遂事件を犯し逮捕されたケースでは、同じような感情が渦巻いていたように記憶する。
だが、残念ながら過去の犯罪歴からその人を“犯人”と推定出来ても、再犯の可能性や改悛の度合いが測られて量刑が定められた気配はない。
何故なら、その容疑者は最後となる6度目の逮捕までに少なくとも3人は殺そうとしており、過去に服役した懲役刑を通じての改悛は微塵も感じられなかったからである。

つまり、今回も含めて量刑の軽重とは
重罰を期待する被害者自身やその家族の感情を加味しないのだとしたら
犯罪者の更正を目的としているか、否かをまず明らかにし、
その上で情状判断をしない限り
必ず「軽すぎる」となるのである。

刑務所は、社会との隔離施設、との考え方もあるだろう。
犯罪者にも人権があり、或いは家族もあり、
多くの犯罪者は社会復帰して、その後も生きていくのであるが
やはり、重ねて凶悪な犯罪を犯したものには
或いは再犯の者には
懲役は50年でも100年でも重い量刑が必要で
初犯であり
出来心で犯した罪や、ミスから来る過失には
やり直すチャンスが必要だ。
被害者側の感情を煽ったり、加味するのは
公平性を喪失しかねない。

僕は軽微な罪でも
再犯にはもっと重罰を科し
改悛が認められない場合は、極刑も
容認すべきだと思う。
一方で社会に影響を与えたかどうか
被害者とその家族を如何に悲しませたかは
考慮すべきではないと思う。

その後、どうなるのかを
予想するのは難しいのだけれども。

三鷹判決 両親「刑軽すぎる」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4422714
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