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2016年09月30日19:48

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「黄金時代」世代の飽和時代到来を危惧する

辻と森繁和が相次いで来季の監督に就任かとの報道があり
ライオンズファンとしては、何とも考えさせられる。

まず、森繁和は西武が初優勝した広岡監督政権初年度の82年の開幕投手で、
その年に抑えに転向。当時、強豪日ハムに所属していた“優勝請負人”江夏豊と
激しい「セーブ王」争いを演じ、森がタイトルを獲得した。

現在では、落合中日の名参謀として知られており、ライオンズ色は殆どないが
その流れで中日の監督になるのであるから、ある程度予想もされた人選である。
ただ報道では小笠原二軍監督の昇格が伝えられており、近年の高齢化を一因とした中日の成績不振の責任を谷繁前監督に問うのであれば、
当然、同じ白井・落合体制の流れを汲む森繁和も問われて然るべきだと世間は感じているに違いない。

しかし、ライオンズファンには思い出深い選手の一人である。

辻もまた、現在は中日に在籍し指導者として活躍している。
西武では長く二塁手として活躍し、首位打者も獲得した他、8年連続ゴールデングラブを獲得した名手として名高い。選手晩年は、功労者である彼を引退させて指導者に引き上げようとするチームから逃れヤクルトに移籍したが、キャリアの大半は西武である。
彼もまた、西武黄金時代を語るとき、避けては通れない一人である。

さて、その「黄金時代」の初年度を定義づける時、
「西武黄金時代」を何時から何時と呼ぶのかは
それぞれの解釈に任せるとしても、
一般的には、
1982年に広岡達朗が「西武」としてチームの初優勝を成し遂げて以来、98年までの17年間で13度のリーグ制覇、8度の日本一達成という
巨人のV9に負けずとも劣らない栄光の記録を指して呼ぶ事が最も広義であろうか。

その中でも特に輝かしいのは
森祇晶監督が采配を振るった9シーズンのうち、
リーグ優勝は8回、日本一は6回という近年では他に類を見ない成績はまさに“黄金”である。

その82年以降97年までは、広岡、森、東尾の都合三人が監督を務めたことになるが、その間に西武で選手としても活躍したのは東尾が最初であり、
後述する「黄金世代監督」の嚆矢となる存在である。そして、“黄金時代の終わり”を担った監督でもあるのである。

いざ、当時のライオンズの代表的な選手を挙げると枚挙に暇がないが
“名球会”組の2000本安打達成者(他球団での記録を含む)と200勝達成者だけでもかなりの数にある。
たまたま、その時期に野村克也と江夏豊も西武に在籍した時期があるが、戦力であったとは到底言い難いので、ここでは除外する。

東尾修 251勝
山崎裕司 2081安打
工藤公康 224勝
秋山幸二 2157安打
清原和博 2122安打
和田一浩 2050安打
松井稼頭央 2069安打☆

☆は現役

“常勝球団”であるから、当然だが通算記録の大記録達成者も多い。
いや、スタープレイヤーを次々と輩出したからこそのチームの好成績だったのかも知れない。
名球会の物差し以外でも測れば、綺羅星の如くスターは存在する。外国人選手も球界でも随一級の選手が居るのだが
郭泰源やデストラーデ、スティーブ・オンティベロス、テリー・ウィットフィールド、タイラー・リー・バンバークレオ辺りが活躍したほか、ダリン・ジャクソン、ドミンゴ・マルティネス辺りは記憶に残る選手だったではないだろうか。

ここで指摘したいのが
出身者の監督経験者の多さである。
82-98年の黄金時代は西武には3人しか監督は居ない。
選手としては在籍していないが
正味の西武の監督として82-98年の間に

広岡(前ヤクルト監督、選手としては主に巨人)
森(前ヤクルト助監督、選手としては主に巨人)

の両名が監督・コーチとしてのみ関わり、

東尾(69-88在籍、監督としては95-01)

は選手として関わった後に監督に就任している。
僕が勝手に設定した“黄金時代”が終ったのちも、東尾は監督を続け、01年まで采配を振るったわけだが。

伊原(70-75、78-80在籍、02-03、14に監督、のちにオリックス監督ほか)
は後に監督として関わるが、黄金時代はコーチとしてチームを牽引

以下、黄金時代を選手として過ごした選手は

伊東勤(04-07西武監督、13-現在ロッテ監督)
渡邉久信(08-13西武監督)
田辺徳雄(15-16西武監督)

と東尾以降続いている西武出身選手の監督の系譜を途絶えさせていない。

今回の監督交代劇も、元ヤクルトの宮本慎也と二軍監督の潮崎哲也の名前が挙がったが、宮本は西武グループのプリンスホテル野球部出身であり、プロパー感が拭えないリストアップだった。

中日でコーチの経験を十分に積んでいる辻の就任も意外ではないのである。

他に、西武の監督はしていないが他球団の監督をしている者も多い。

田淵幸一(79-84、90-92ダイエー監督)
田尾安志(85-86、05楽天監督)
大久保博元(85-92、15楽天監督)
秋山幸二(81-93、09-14ソフトバンク監督)
工藤公康(82-94、15-現在ソフトバンク監督)
石毛宏典(81-94、02-03途 オリックス監督)

そして今回ここに加わるのが

森繁和(79-88、コーチ歴は西武、日ハム、横浜、中日)
辻発彦(84-95、コーチ歴はヤクルト、横浜、中日)

というわけである。
森繁和は黄金時代初期の投手陣の要で、辻に到っては長く守備の要を務めたキーマンであった。巨人も同様に出身者に多く監督を輩出するチームだが、82-98年の間に巨人の監督を務めたのは、藤田元司、王貞治、長嶋茂雄の三人に過ぎず、99年以降も長嶋が01年まで采配を振るった後は、原辰徳、堀内恒夫、高橋由伸の3人しか居ない。
巨人が輩出しているのは、多くは他球団の監督である。
82年から98年の間に選手または監督を務めた巨人出身者を抜き出してみる。選手としてのみは☆

広岡達朗(76-79ヤクルト、82-85西武)
森祇晶(86-94西武、01-02横浜)
伊原春樹(02-03、14西武、04オリックス)
土井正三(91-93オリックス)
山本功児(99-03ロッテ)☆
金田正一(73-78、90-91ロッテ)
近藤貞雄(67,81-83中日、85-86大洋、89-91日ハム)
落合博満(04-11)☆
関根潤三(82-84大洋、87-89ヤクルト)
高田繁(85-88日ハム、08-10ヤクルト)
王貞治(95-08ダイエー・ソフトバンク)
須藤豊(90-92大洋)
中畑清(12-15DeNA)☆

この数は他チームと比較しても突出しているのである。
指導者の頭数が足りないチームは、巨人関係者を招聘する構図が少なからずあり
その傾向がずっと続いているのである。
その新たな構図を西武が築き上げつつあるのである。
巨人は何度腐っても返り咲いて「球界の盟主」の矜持を示し続けているが
西武は親会社の経営難から、もはや風前の灯ではあるのだが。

西武は1979年シーズンに最下位を記録してから
未だリーグ最下位にまで落ちた事は無く、
82年から06年までの25年間、Aクラスを維持し続けた。
巨人も通算記録としては圧倒的に強くても、
V9時代を越えて後はそこまで続けて安定した強さを示し続けているわけではないのだ。

さて、来シーズンの監督陣にさらに変動があるのかも興味の対象だが
20日のドラフトまで、来季を見据えた諸々が発生するだろう。
ファン不在の人選も中にはあるだろうし、ファンを重視するあまり実力を伴わない人選も。
だとすると。。。まぁ言うまい。

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