妾について触れない、というのは
かつては合法だったドラッグが近年になって違法になったからといって
かつての事を描いたドラマにおいても違法とするか
或いはなかったことにしているのと同等に
歴史について歪曲して表現しているので問題であると
普通の感覚なら思うものである。
しかしながら、史実を忠実に描いたドキュメンタリーならともかく
大衆娯楽作品として加工された自伝のようなものに対して
史実に忠実に描くべきだと主張するのも些か大人げない話ではないかとも思う。
我々が気をつけたいのは
ドラマであるから脚色されていて演出の上で描かれているのであって
決して史実とは一致しない上に、現代的に配慮に配慮を重ねて
電波を通じたバイアスがかかった演劇を見ているのであるという
大前提を忘れてはならないことである。
三谷幸喜の映画「笑の大学」はモデルになる人物が存在しているが
だからと言ってあれを史実に忠実に描いているとは誰も思わないだろう
或いは
三国志演義も一つ一つのエピソードがある程度史実に沿っていたとしても
細々とした人間ドラマまで史実であったと考えるのは間違いであろう。
同様に本人やその当時をよく知る人物がとうに亡くなってから
描かれた伝記のようなものについては、
「そこに史実が含まれている」とは考えても良いが
「それが史実だ」と考えるのは間違いである。
こういう話もある
妾はおろか、戦国武将というのは「衆道」といって
小姓とも呼ばれる傍におく少年を男色の対象として扱ったというのは
有名である。
武田信玄が高坂弾正を愛でたことも
織田信長が森成利(蘭丸)を寵愛したことも
そもそも後に活躍する前田利家も信長の寵童だったのは
いずれも有名な事実である。
そういう手紙が残っているのである。
そういったことは大河ドラマでは描かれていないだろう?
そもそも「後宮」のような大奥があったとして
それをいちいち本妻だ二号さんだ、とは
描かないのがドラマなのである。
現在でこそ、同性愛を批判したり非難したりするような発言は
「差別」として謗りを受けるが
そもそも文化として存在していた頃から批判されていたのである。
もちろん、現在としての解釈は正しくはないが
長年にわたり、ローマカトリック教会は
同性愛は静的な逸脱行為として戒めの対象としてきたのである。
当然ながら
それが本筋とは関係がないので
批判の対象とならないようにドラマの中では浮き彫りにならないように描かれる。
つまり、一夫多妻制が認められない状況下においても
男性家長制度が色濃く残る時代というのは
男子が家督を相続することを前提として
或いは男根主義的な倫理観において
男子が妻以外に女性を囲ったり
妾を取ったりすることも、現実にはあったということなのである。
因みに、僕の実家の隣のお宅は
妾さんとそのお嬢さんが棲む家であった。
月に一泊だけ、ご主人が訪れると賑やかになるのだが
普段は二人だけが棲んでいたようである。
その事実を聞かされたのは、お嬢さんが結婚されて
奥さんがその家を引き払ってどこかに出ていく時に
「数年前に主人は亡くなっているのですが」と説明されたからである。
或いは幼い頃に棲んでいたド下町の家の裏には
朝鮮人家族が住んでいたが、やはり
旦那さんは朝鮮に住んでいて、そこにも家庭がある、と聞いていた。
ある日、旦那さんの姿を見てから
僕の家が引越しで転出するまでの間、とうとう見かけることはなかった。
或いは
母方の祖母の家は貸テナントを営んでいたが
そこの一階に住む化粧品屋の家族は奥さんと男子3人という家族だったが
ものの見事に父親不在だった。
後で聞いたら妾の家に転がり込んで帰ってこない、と言う話。
決して金持ちの雰囲気はなく、家庭が二つある感じなのだが
まあ、古い街の古い家庭では珍しくもないのだろうか。
女性を「子供を産む機械」呼ばわりして
物議を醸した国会議員がいた記憶もあるが
一夫一婦制度がまるで犯しがたいタブーであり
男色行為がまるでレアな事実であり
妾には妾の人権があったことも戦国武将が嗜みとして少年愛を楽しんでいたことも
教えてもらわないから、ドラマで描かれないから
「なかったこと」と信じてしまうような盲目にだけはなってはならないと思う。
テレビは娯楽作品としても成り立たねばならないのであり
議論を要する細かいことや深いことは割愛されることも多いのである。
正しい歴史を知ろうと思ったら
ドラマやわかりやすい資料だけでなく
裏も表も読み返していくだけの自助努力も必要なのであるからして
その辺りを認識してもらいたいなぁ、と
喫茶店で好き勝手に大声で話している老人たちにも
伝えたい(笑)
NHK『あさが来た』 諸々配慮して妾の存在を隠し通す方針か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=125&from=diary&id=3735785
NHK朝の連続テレビ小説『あさが来た』は11月20日放送回で視聴率25.0%を記録し、大ヒットした『マッサン』の最高記録に早くも並んだ。そんな人気ドラマの演出を巡って、ある論争が巻き起こっている。
口火を切ったのは本誌前号で掲載した「絶対に妾を描くべきだ」という漫画家の小林よしのり氏のコメントだ。史実では、主人公・あさ(波瑠)のモデルである広岡浅子と夫・信五郎の間には娘しか生まれなかった。そこで浅子の実家から呼び寄せた女中を妾にして、彼女が産んだ男児は後に浅子らが創業した大同生命の社長となった。
こうした史実に基づき、「正妻と妾の葛藤や当時の道徳観を正確に描くため、妾をドラマに登場させるべきだ」と小林氏が訴えると、「男尊女卑の象徴である妾など論外」「明治に妾は当たり前だったので登場させろ」「NHKは批判を避けているのでは」と視聴者の間で熱い議論が飛び交った。
妾は歴史を語るうえで、無くてはならない存在になることもある。
「高杉晋作の妾・おうのは晩年の逃避行に同行し、伊藤博文の妾・梅子はのちに夫人となり夫を支えていたそうです」(歴史研究家・河合敦氏)
これほど妾が一般的だった時代なのに、朝ドラは妾を登場させることを避けているように見える。日本の家族観について研究する兵庫教育大学大学院助教の永田夏来氏は、ドラマに現代の価値観を当てはめるのは無理があるとする。
「昔は家制度を維持するために結婚し、本妻が子供を産まなければ妾を取っていた。しかし、戦後の高度経済成長後、結婚の目的は“夫婦の幸せ”に変わりました。考え方がまるで違うのに今の尺度を当時に当てはめるからねじれが生じるのです」
実は『あさが来た』には描かれていない史実がある。
「そもそも史実では広岡浅子自身が妾の子だが、一切触れていない。NHKはシリーズを通して、『妾』の存在を隠し通す方針かもしれません」(テレビ局関係者)
NHK広報室は「妾」を巡る今後の展開を「広岡浅子さんの人生をそのまま描くドラマではありませんので、ご理解をいただければ幸いです」と説明した。
ちなみに史実によれば「男女同権」の観点から妾を認める法律を廃止すべきと主張したのは福沢諭吉だった。『あさが来た』では今後、武田鉄矢演じる福沢が重要な役として登場する予定だが、ひょっとすると「妾論争」のキーマンなのかもしれない。
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