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2015年06月17日19:50

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映画『 声をかくす人 』

『 声をかくす人 』(原題;The Conspirator)は、2010年制作のアメリカ映画である。往年の人気俳優ロバート・レッドフォードが製作・監督をしている割りに日本でさほど評判にならなかったのは、日本人に馴染みの薄い南北戦争期のアメリカを舞台にしていることに加え、テーマが重く暗いということに原因があるだろう。この作品は、リンカーン暗殺計画に共謀した容疑で逮捕された唯一の女性、メアリー・サラットの裁判を中心に、メアリー(ロビン・ライト)と彼女を弁護する元北軍大尉フレデリック・エイキン(ジェームス・マカヴォイ)の交流を描いたものである。

 南北戦争の趨勢がほぼ決した1865年4月14日の晩、ワシントンのフォード劇場で観劇中のエイブラハム・リンカーン大統領が俳優ジョン・ウィルクス・ブースに銃撃され、死亡した。主犯ブースは逃亡中、捜索隊によって馬小屋で射殺される。暗殺グループの男7人が次々に逮捕されたが、「 ブースの右腕 」と目されたジョン・サラットは事件数日前に逃亡。行方不明のジョンの代わりに、下宿屋を営む、ジョンの母親メアリーが「 ブースらに謀議の場所を提供した 」として軍法会議にかけられることになった。軍を退き、従軍前の職業だった弁護士に戻っていたフレデリックは、元司法長官でメリーランド州選出の上院議員リヴァーディ・ジョンソン(トム・ウィルキンソン)の法律事務所に所属していたが、メアリーが弁護をジョンソンに依頼したことから、彼と共にメアリー・サラット裁判に関与することになる。民間人が軍法会議にかけられることは前例がなく、明らかに憲法違反であったが、陸軍長官エドウィン・スタントン(ケヴィン・クライン)は「 一刻も早く大統領暗殺実行犯全員を厳罰に処し、国に秩序と安定を取り戻すことが正義である 」と堅く信じていた。彼はリンカーン大統領の棺を担いだ法務総監ジョセフ・ホルトを検事に任命し、軍法会議の裁判官全てを自分の息のかかった将軍達で固め、なんとしてもメアリーを有罪にする気だった。当初は世論に同調し、メアリー弁護に批判的だったフレデリックはジョンソンから彼女の弁護を担当するよう命じられ、戸惑いながらも事件と向き合いはじめる。軍法会議は検事側に露骨な肩入れをして弁護側の主張に耳を傾けないばかりか、証人に圧力をかけ、メアリーに不利な偽証をさせることも厭わない。もはや、メアリーの無罪を勝ち取るのは極めて困難な状況にあった。メアリーが暗殺計画の共謀者でないことは息子ジョンが自首するか、ジョンこそが共犯であることを証明するしかなかったが、メアリーは自らが無実であることは強く主張するものの、息子が暗殺計画に関与していたことを否定し、その潜伏先も知らない と繰り返すだけだった。彼女が何かを隠している、と察したフレデリックは事件前に下宿屋で実際に何があったのか懸命に調査を進めていく、というのが本作の「 あらすじ 」である。まだ、この作品をご覧になっておられない方はぜひ、レンタルDVDででもご鑑賞いただきたい。物語後半の緊張感と結末には少なからず衝撃を受けるはずである。

 リンカーン暗殺事件の概要とメアリー・サラット裁判の顛末について知るには、映画『 声をかくす人 』はたいへん貴重な資料だと思う。特に、事件当夜の関係者の動揺と悲嘆の描写は見事だし、陸軍長官スタントンをはじめとする北部人の報復感情の激烈さと、彼らの主張する正義の歪(いびつ)さには驚かされる。本作ではリンカーン本人の描写はほぼ皆無だが、これらリンカーンの死に翻弄される北部人達の姿にこそ、エイブラハム・リンカーンの偉大さが浮かび上がるようで、非常に興味深い。もちろん、リンカーン本人は自分の死後、こんな醜悪な報復裁判を決して望んでいなかったことは明らかである。

 映画の冒頭に、リンカーンが銃撃される重要なシークエンスがあるが、まず間違いなく、この部分が多くの日本人観客にとって、事件を理解する上で大きな障害になっていると思う。ブースが劇場で観劇中のリンカーンを背後からデリンジャーで銃撃したことは有名だが、同時に副大統領アンドリュー・ジョンソンと国務長官ウィリアム・スワードの暗殺計画が進行していたことを、少なくとも私は知らなかった。リンカーンを襲撃するブース、ジョンソンを襲撃するジョージ・アツェロット、スワードを襲撃するルイス・パウエルの行動を映像は同時進行で追うが、一切、説明がない。どれが誰で、どこにいるのか、何をしているのか、劇場に侵入した男がブースだろうとは目星がつくものの、他の映像が何を描写しているのかわからない。アメリカ人にとっては常識で、ことさら説明するまでもないのだろうが、この暗殺シークエンスの難解さにはほとほとまいった。続く軍法会議のシーンで、逮捕された7人の名前と顔が明らかになっても、やはり、先ほどの実行犯のどれが誰だったのか、見当もつかない。おそらく、アメリカ人が何の基礎知識もなく、「 本能寺の変 」について映像で観れば、同じようにチンプンカンプンになるに違いない。もっとも、軍法会議ではメアリーの裁判が中心で、他の7人の被告は再現シーンにしか登場しないため、主要な3被告(ルイス・パウエル、ディヴィッド・ハロルド、ジョージ・アツェロット)が識別できるようになれば、その後の展開はあまり問題なく、ついていける。弁護士が南部人であるジョンソン上院議員からフレデリックに交替するあたりまでは、なんとなく演出にもたつき感があるが、フレデリックが法律家として自らが為すべきことに目覚めてからはドラマが一気に面白くなる。

 法とは何か。法の下の正義とは何か。メアリーを救おうと尽力するフレデリックの戦いの中で、それは繰り返し問われるのだが、キーになるのは上院議員ジョンソンと陸軍長官スタントンの二人だ。ジョンソンはリンカーン大統領の側近だが、公明正大な法律家であり、民間人を軍法会議で裁くことは違法だと確信していた。軍法会議には推定無罪も証明責任もなく、公平な陪審員もいないからだ。「 大統領の死は悲劇だが、それが正当な裁判制度を逸脱させ、弾圧を許す理由にはならない 」とジョンソンは軍法会議を痛烈に批判する。片やスタントンは、暗殺グループの全員に迅速かつ厳しい処断を下すことで北部人の報復感情を充たすと共に、南部の新たな陰謀を防ぐと考えており、そのために処罰されるのがメアリーでも息子のジョンでもどちらでも構わなかった。「 国を建て直すためなら、何でもやる 」と手段を選ばぬスタントンがゆがんだ正義で繰り出す権力の暴走には吐き気がするほどだ。彼の意のままに動いたホルト総監は自らも法律家でありながら、「 戦時には法も沈黙する 」と自己弁護の言葉を吐くに至る。ロバート・レッドフォード監督がこの作品で描きたかったのは、時の権力者のこのような専横を許さず、法の精神をどこまでも尊重しようとするジョンソンやフレデリックのような誠実かつ愚直な生き方だったに違いない。

 さて、この作品の原題(The Conspirator、共謀者)がメアリー・サラットをさすことは明らかだが、邦題『 声をかくす人 』はどうにでも解釈できるがゆえに、誰を意味しているか少々わかりにくい。ミステリアスな響きが注目を集める効果はあっても、本作のテーマを明快に表現しているとは思えない。反対に、『 声をかくす・・・ 』から「 共謀者 」を考えると、真実などどうでもよく、メアリーを何が何でも有罪として極刑に処すべく、権力を行使する陸軍長官スタントンと将軍達が「 共謀する者 」だとミスリードしてしまう可能性さえある。結局のところ、自分が無実だと証明するために息子の罪に言及する声を出したくない、というメアリーをさすのだが、いささか詩的に過ぎた邦題といえるだろう。
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