気に入らない存在と「仲良くしなさい」と言われても
簡単に仲良くできないだろう?
それと同じく、相手が不快に思わないように配慮することなんて
やろうと思っても出来ることではないのである。
ハラスメントとは受ける側の主観で成り立つものであって
広末の場合は彼女自身がそもそも芸能活動を行っていることからも
賞賛や応援を得るのと同等にバッシングや非難には常に
付きまとわれるものであることは彼女自身が分かっているはずだ。
どうして自分が嫌われるのか、どうして自分が非難されているのか
そこに不当な論理や解釈があったとしても
人が人を気に入らないのに理由などないのである。
逆に人が人を好きになるのにそんなに明確な理由がないのと同じく。
つまり、広末が芸能人という仕事をしておきながら
自己都合で仕事をキャンセルするということは
プロ意識の欠けた行動で「好きになれない」ということは
感じる側の自由で、どうあろうが彼女の活躍を支持しなければ良い。
一方で、その嫌悪感をわざわざ本人に伝えることが「ハラスメント」なのではないだろうか。
僕は最近の日記で再三再四「許容する社会」を望む旨を訴えてきた。
一番大事なことは好きとか嫌いとかとは別に
「どうしたいのか、それにはどうすればよいのか」のコンセンサスを
本人と社会の間でしっかり取ることなのである。
広末が叩かれて、上戸が叩かれなかった理由は
事務所の徹底した外部へのアナウンス管理である。
恋人の存在をひた隠しに隠し、突然
どこの誰とも分からない奴の種を植えつけられて
「新しい命を授かりました」
「でも、今までどおり偶像として愛して」
「できれば、万人に愛されていたい」
と言っても、その望みが叶うはずがないし、理解も得られないだろう、という事だ。
広末の夫はキャンドルさんという
そこそこ名の知れたアーチストなのだから
そこは、いつ妊娠するかも知れなかったとして
妊娠したら、仕事を控えめにしなければならないのだとしたら
長期間の強い負担がかかるプロジェクトに
最初から妊娠する可能性のある女性を投入することに躊躇うのも
企業としては当然かも知れない。
そういう「差別」をしてはならないことになっていたとしてもだ。
人権だ、労基法だ、社会通念だ、なんだかんだと言っても
仕事そのものの質よりも顧客に気に入られる事が
成功を意味しているような仕事の場合、
たとえ相手がコンプライアンスを重んじる一流企業であっても
相手の機嫌を損いかねない急な配転というものは
なかなか出来ないのであるから
女性の妊娠、という問題については
常に目を光らせる必要がある。
本人が無理な望みを訴えない限りは、周囲も協力できるというものだ。
プレッシャーどころかね。
そういうのから開放して差し上げたいのが男性の総意なのである。
結婚したら「晩御飯はどうしてるの?」と訊くのも
出来るだけ、夫婦は揃って食事したら良いと思って言っているだけであり
「子供は作らないの?」もどちらの回答もアリだから訊くのである。
本人の意思に沿って社会に参画する姿を応援できるようにするためには
自意識過剰な「アタシ、苛められてるかも」という意識も改善していかないと
いけないのではないか。
広末が叩かれた背景には、彼女が芸能人であり
事務所に所属して、彼女でメシを食っている人が何人も居るというのに
よく分からない俳優の精子を腹に出されて
「妊娠したから、休養」
としたから叩かれたのではなかったか。
休んだら、本人が休養するだけの問題ではないということは
一般企業で働く人も一緒かも知れないが
それは理由が妊娠であってもインフルエンザであっても
20年勤務のお祝い旅行でも何でも一緒だ。
長時間、仕事に穴を開けるのであれば、その埋め合わせは別の人間でやるというのが
集団で行う経済活動の基本なのである。
ずっと通して働いているのが偉いわけでもなければ
穴を開けることがまずい訳でもない。
ただ、会社とは利潤追求団体であり
療養所でも育児所でも
職業訓練所でもないということだ。
役に立たない人間を守ってあげるのにも限界はあるのである。
ただですら、
65歳まで雇用が義務付けられたことによって
簡単な軽作業の分野は老人中心にシフトされつつあるというのに
妊婦に回せる仕事なんて、どの程度あるのかは
企業によって区区であろうな、と。
子供を産むなら、良い会社選びから始めないとダメかもね。
■仕事があるのに妊娠は無責任!? 広末の妊娠を「無計画!」という風潮に見る、マタハラの根深さ
(リテラ - 04月20日 08:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=209&from=diary&id=3379570
先日、上戸彩の第1子妊娠が発表された。まだ安定期に入っていないともいわれるが、先週スタートしたドラマ『アイムホーム』(テレビ朝日系)には予定通り、キムタクの妻役として出演している。キムタクも「配慮していけたら」と上戸を気遣うコメントをするなど、周囲も上戸を温かくサポートしながら撮影を進めているようだ。
しかし、当初、事務所側はドラマの収録が終わってからの妊娠発表を考えていたとも言われている。というのも、3月中旬に第3子妊娠を発表した広末涼子へのバッシングがあったからだ。
妊娠を理由に広末が出演を予定していたNHKの大河ドラマ『花燃ゆ』を辞退したことが、「プロ意識に欠ける」と非難された。広末の場合、元夫であるデザイナーの岡沢高宏との初婚も、そして現夫であるキャンドル・ジュンとの再婚もデキ婚であることから、「仕事や周囲に人に対して無責任だ」「無計画だ」という声まで挙がっていた。
広末が芸能人ということもあって本質が見えにくくなっているが、よく考えてみればこれは立派なマタニティ・ハラスメント(以下、マタハラ)である。避妊をしていても妊娠することはあるし、逆に望んだ時期に妊娠できないということもよくあるケース。にもかかわらず「妊娠はコントロール可能なもの」として、そのタイミングを他人が非難することこそ問題視すべきことだろう。
このように、「マタハラ」という言葉が浸透していても、実際にどんな言動がマタハラにあたるか、意識していない人も多い。そこで今回は、『マタニティハラスメント』(溝上憲文/宝島社新書)から、意外と知られていないマタハラの実態を見てみよう。
そもそもマタハラの定義をご存じだろうか。立教大学社会福祉研究所の杉浦浩美研究員が著した『働く女性とマタニティ・ハラスメント』(2009年)では、「妊娠を告げたこと、あるいは妊婦であることによって、上司、同僚、職場、会社から何らかのプレッシャーを受けること」とされていたが、現況では、妊娠中だけではなく、産休明け・育児休職の復帰後にも嫌がらせやプレッシャーを受けることも多いという。
本書でも、「産休中に会社から、復帰後は本社勤務であっても、3時間かかる工場に週に3〜4日、出張させると言われた」「育休前は、復帰後も以前と同じポストに戻れるといわれていたのに、休みに入って半年後に『今後は海外出張も多くなる。社内選考をやり直そうと思うから、君ももう一度受けてくれ』と告げられた」といった、産休中の陰湿なマタハラ被害が報告されている。物理的に厳しい条件を突きつけ、降格や配置換えを実質的に強要するのは、悲しいことにもっともベーシックなマタハラだといえよう。
また、過度で一方的な気遣いがマタハラにつながることもある。某有名アパレルメーカーの販売店の店長が、妊娠した女性店員を慮って就業時間を短くしたり、残業にならないようにシフト調整をしたりしていた。ほかにも、重いものを運ぶことや長時間接客を避けてあげようと、在庫管理やバックヤードの仕事を担当してもらったところ、彼女は新人でもできるような雑用を押し付けられた。退職を促すための嫌がらせだと受けとめたという。
店長は思いやりから彼女の業務を考えたのだろうが、雑用ともいえる裏方の仕事に回され、残業代がもらえないなどの不利益を被むれば、当事者からみれば立派なマタハラになってしまう。女性店員にとっては「一方的な配慮」ではなく、徹底した話し合いのほうがありがたかったのだろう。
そして、本書の中で多くのページが割かれているのが、同性である女性の先輩からのプレッシャーだ。出産経験のある先輩が必ずしも、妊婦や子育て中の女性に理解があるわけではない。むしろ、今よりもっと厳しい環境のなかで出産・子育てをしてきた人は、「私の時代はもっと大変だったのに」「甘えてるんじゃないわよ!」とときに刺すような言葉で後輩を追い詰めることもある。過去の遺恨が次世代に向けられる。これもマタハラ被害の一つの露見だと言えるのではないだろうか。
マタハラの根本的な要因は現在の日本にはびこっている、残業を前提とした長時間労働だと言われており、大手企業を中心にフレックスタイムを導入したり、会議の効率化を図ったりと制度面の対策を講じているところだ。
それと同時に考えていきたいのは、「意欲はあっても働けない人」への意識改革だ。前述のように妊娠自体、人間がコントロールできないものである。また、団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる「大介護時代」へ突入すれば、多くの人が介護のために休職や退職に追い込まれることも考えられる。さらに言ってしまえば、自分自身の健康がいつ損なわれ、働けなくなるか、わかる人はいないだろう。このままでは「意思とは関係なく、働けなくなる人」ばかりが増えてしまう。これらを他人事だと思っていると、いざ自分が働けなくなったときは、自分の首を絞めることにもなり得るのだ。
制度が不十分な時期こそ、他人への想像力が子育てや介護、病気に悩む人の助けになることもあるだろう。安易に他人を責めるのではなく、寄り添うことで、いつか自分が救われることもあるはずだ。
(江崎理生)
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