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2015年03月16日23:45

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卒業ビジネスに思う

アンジェラ安岐の「手紙」を同じ日に何回もテレビで流されるのを見て
卒業シーズンが来たんやねぇ、とため息交じりに感じる今日この頃。

アンジェラの映像を見付けたものの、名前がパッと出て来ない。
そうこうしている内に今度は森山直太朗が出てきたがこちらも名前が出て来ない。
そこで、家内に
「ほれ、この、卒業ビジネスに乗っかって、上手いことやってる二人。何て名前?」
と尋ねると、平手打ちが飛んできた。
「良く知りもしないで、そんな風にこきおろすなんて!」
てな意味なのだろうが

昔からそうなんだけれども
「夢や希望を捨てないで」とか
「信じれば叶う」なんて事を
安直に歌にして、それを子供たちの前で歌うようなアーチストは
反吐が出そうになるほど嫌いなのである。
成功するにはそういう夢や希望は抱き続けて努力しなければならないだろうけれども
夢や希望は殆ど叶うものではないし、
叶わなくても無駄になる事は無い、というのも嘘である。

叶わない過程で
現実に対して対処する能力が身に付いて
非現実と仕分けされていくのが
本当のところ。
1%でも可能性があるのなら、捨てなければ叶うかもしれないが
捨てたら0%になるのは「歌に乗せ」なくても真理である。

でも、だからといって
「夢を信じ続けろ」
と若者たちに面と向かって言うのは実に罪深いと思う。
「努力し続けないと、どんな夢も叶わない」
のは事実だとしても、いつまでも夢を抱き続けて居て
結果として、現実に対処できなくなることの罪深さは実に大きいと思うのだ

そこは「歌だから」許される事なのかもしれないが
やっぱり、「歌と現実は違う」と云う事も
少年少女は学んでいくことが必要なのだと思うのだ。
教師がそれを?親がそれを?
分からないけれども、額面通りに物事を受け止める癖だけは
早い内に捨てて貰わないと
「立場のある大人」は、立場なりのことしか言わないので
「何を信じれば良いの?」みたいな
自己責任も自己判断も出来ない青年が
次から次から生まれてしまうんじゃないだろうか。

信じていいのは自分が信じるに値すると
ちゃんと確かめた存在だけであり
それすら、裏切りと過ちと不正確さに満ちていて
競争と迷いの中で
「信じても良いもの」くらいは何とか掴んで行けるのではないだろうか

大雑把に言うと、その程度だと
僕は幼い頃から思っている。
父親も母親も信じるには値するが
常に正しいとは思って居なかったし、
身を粉にして働く学校の教師たちも
「所詮はサラリーマン」だと思っていた。
「立場上、正しい事」しか言わないのだから、
結果的に自分のチャレンジの糧になる事も少なかった。

夢は大きく描け、なんて事を言う教師は信用に値しなかったわけだ。
歌の世界もまた、一握りの「一発狙い」の人生には適していても
目の前の細かい争いには何の役にも立たなかった。
大体、腕っ節も問わない時点で男の世界の機微は分かっては居ない。
歌の世界は綺麗事だらけである。

愛だ恋だはまだ良しとしよう。
全てにおいてケースバイケースだ。
昔と今も状況はえらく違う。
それでも尚、そんなクリーンな恋愛ばかりでもあるまい。

だから、もっと生々しい歌が流行っても良いのに
といつも思うのだ。
「夢なんか、いつまでも追ってないで〜」みたいな

そんな大人、ムカつくだろうけど(笑)
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