時々、『 若大将のゆうゆう散歩 』を観る。もともと、『 ちい散歩 』が好きで楽しみに観ていたのだが、地井武男氏が惜しくも病没され、若大将・加山雄三氏が後を継いで『 ・・・ゆうゆう散歩 』となったという次第。放送スタート直後は、「 最初はまぁ、こんなものか 」と思っていたが、加山氏はこの手の番組にはミスキャストなのだろう。ほとんど改善されていない。制作サイドも危機感をもっているらしく、次々にテコ入れをしてくるが、もはや、『 ちい散歩 』ののびのびとした手作り感ある番組の雰囲気はない。これはいずれ加山氏が降板するか、番組は消えると見た。
加山氏の何がいけないかといえば、「 散歩を楽しむ 」という感覚がまるでないところだろう。ちいちいはスタッフ達と気ままに町を歩き、興味が惹かれるままに商店を覗いたり、町行く人に話しかけて自由に時間を過ごすことで、彼自身が散歩を満喫していた。視聴者はちいちいと一緒に「 知らない町をのんびり歩いている 」ような楽しさを味わえた。それこそが、『 ちい散歩 』の魅力だった。加山氏の場合、帽子もかぶらなければリュックも背負わない。カメラに向かって話しかけることもなく、ひたすら目的地に向かってスタスタと早足で移動する後ろ姿をカメラは追いかけていく。ちいちいの何倍も早く移動する上に、立ち寄った商店での会話も広がらない。何か説明を受けても、表面的なやりとりに終始してしまうのは、対象への関心が薄いからだろう。町で声をかけてくれた一般人にも挨拶を返すだけで、自らコミュニケーションをとることもない。先日の放送では、とある店舗の前にたむろする若者たちに「 何やってんの? 」と歩きながら声をかけた。「 夕刊を待っています 」と答えた彼らに加山氏は足を停めることもなく、「 頑張ってな 」と通過。ちいちいだったら、「 お、新聞配達やってんだ。俺も中学ぐらいの時にやってたよ。なに、一人で何軒くらい配るの? ああ、そう。そんなに配るんだ。大変だなぁ、時給はそれでいくらくらいもらえるの? あぁ、一部いくらでもらってるんだ。頑張ってな 」くらいの会話になった場面である。こういう触れ合いがなければ、散歩番組など単なる地域情報紹介でしかない。
『 若大将のゆうゆう散歩 』を観ていると、なぜ、今も『 ちい散歩 』が再編集されて放送されているのかが、よくわかる。ちいちいは偉大だった。気楽に散歩しているようで、町や人に対する愛情が感じられる素敵な散歩人だった。
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