余談であり、憶測であり、私見である。
初めに断っておく。
テレビで開幕戦(8/7)の鹿島対横浜Fの試合を観戦して
久しぶりに感動した。
凄くいい試合だった。
Jに未来を感じる試合だった。
長年の懸案とされていたJリーグの開幕が、
とうとう秋始まりに変わった。
1993年に開幕して以来23シーズンも変えられなかった呪縛が
ようやっと解けたとでも言うべきか
僕が知る限り、リーグ開始前から課題とされていたのだから
相当な難題だったに違いない。
元々世界的なサッカーのリーグ戦は9月に開幕しており、
移籍市場が開いて閉じてする間に選手獲得をするに当たっては
極めてタイミングが悪かったのである。
一方で海外リーグに選手を送り出す事が当時は稀だったために
問題の規模は大きくはなかった。
ところが、当時隆盛を極めていたイタリアリーグ「セリエA」に
三浦知良が移籍する事で門戸は大きく開かれ
次々に日本人選手のトッププロスペクトは海外リーグに
挑戦するようになると、この開幕時期のずれの問題は
少しずつ大きくなってくるのである。
幸か不幸か開幕直後に日本経済は停滞し
バブル崩壊を迎えると、高年俸を用立てする事が難しくなるのである。
言葉を選ばずに言えば、日本のプロリーグは選手はプロ契約だが
球団は実業団チームに毛の生えた程度のチームであり、
金満企業の宣伝媒体と違わないチームが少なくなかったのである。
プロ野球だってそういう側面が無かったわけでは無いが
川渕三郎チェアマンは「それでは意味が無い」と抵抗したのである。
信じがたいが、
世界的スーパースターのジーコがJリーグ振興に腐心しており一定のリスペクトを得ていた南米勢はともかく、
ゲーリー・リネカーやドラガン・ストイコビッチ、ギド・ブッフバルト、
イバン・ハシェックにサルバトーレ・スキラッチまでもが
全盛期に近いタイミングでJリーグに在籍していたのである。
そういったビッグネームには破格の好待遇があってこそであり、
バブル崩壊による不景気でビッグネームの数は激減する。
そして、国内リーグで切磋琢磨しながら形成される日本代表で
初めてワールドカップ出場を果たしたのは1998年のフランス大会だった。
個人的には、日本のサッカー界はまだ雌伏の時が続いていると感じていた。
2002年の日韓ワールドカップでその馬脚を現すことになったといっても
過言ではない。
時差が無い事で世界トップレベルのプレーを国民は
身近に存分に観ることが出来たこの大会によって
Jリーグのレベルが世界からまだ遠い事を肌で
その目で感じてしまったのである。
2026年、ワールドカップ優勝を真顔で語る代表監督は
ドーハの悲劇でワールドカップ出場を逃した森保一。
彼自身が良く分かっているのは、世界各国のリーグで活躍する
日本人選手で日本代表を形成するのが現状のベストであるという事と
それでは世界で勝ちきれないという事、である。
Jリーグを経ずして、世界に挑戦するのが
日本のサッカー選手の相場だとすると
戦術的にも選手層の厚みが足りないという
根本的な問題解決にならないのである。
恐らくここ20年続いていた世界挑戦への踏み台としての
Jリーグの位置付けでは選手が育たない。
どこにいっても通用するがJにいる、というプロスペクトが
日本と海外を行き来するようにしないと
選手のポテンシャルをタイミング良く引き出せるのは
難しくなるのである。
世界の中堅選手が日本でプレイし
日本の中堅選手も日本でプレイする
頭一つ抜ければ海外リーグに挑戦し
ピークを過ぎると国内に凱旋して引退。。。
若手は最初の内は日本でプレーも選択肢で
海外でも挑戦可能
国内でキャリアを積み上げて年俸を底上げする事も可能
そんなリーグになると
若手もJを目指すだろう
それだけでは足りない。
放映権やスポンサー収入や入場料収入で成り立つリーグに
ならないとね。
解決方法は色々あると思うが
その一つが秋開幕になるのだとしたら
そう考えるのは安易なのだろうか。
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