加藤先生には思う事が多くある。
お亡くなりになったとのことで、まずはご冥福をお祈りしたい。
加藤先生は名人初戴冠が最高齢という事であったが、
彼が作った伝説というのが、中学生棋士の先駆けという事である。
これは近年になって藤井聡太先生に塗り替えられるまでの
最年少記録という事である。
この事実で生じたジンクスが
中学生棋士は全員が竜王位と名人位を戴冠するというもので、
現在の藤井聡太・竜王名人に至るまでの中学生でプロ入りした棋士全員が
両タイトルを手にしている。
加藤先生は竜王タイトルの前身である十段位の獲得者だが
これに含まれるのである。
その後は、谷川浩司、羽生善治と
歴代連盟の会長も務めた大先生たちが続き、
渡辺明、藤井聡太とそのジンクスは守られているのである。
そして、僕の将棋の基本は加藤一二三対策から始まるのである。
小学生の時は故・大内延介(おおうちのぶゆき)先生の著書と
どなたが書かれたか憶えていないが「奇襲戦法の初級」という本で
棋譜を並べたが、いずれもその頃猛威を振るっていた棒銀矢倉戦法の
対策が中心になっていた。
記憶に残っている限り、小学生の時は三間飛車の振り飛車党だった。
阪神大会で四位で県大会に行ったが、初戦で敗退した。
そして、僕の将棋人生はここで終わっている。
その頃、テレビでも奇行を見せていた加藤先生が無性に強かったので
複雑な思いを抱いたという、強烈な印象がある。
それが近年はバラエティ番組などに引っ張りだこで
人気が出ているという不思議な現象が起きている事で
さらに複雑な思いを抱いていた。
先生が性根が悪い人だと思った事は一度もないが、
先生はきっと症状の軽い発達障害の一種だという確信があったからである。
それによる奇行の数々を笑いものにするという
テレビの世界の番組の作り方にしばしば怒りすら覚えたのである。
しかし、ご本人がそれで満足されているのだとしたら
敢えてそれを咎める事は出過ぎた事なのかも知れない。
ただ一度、仕事で「イベントに加藤先生を起用できないか」と
将棋連盟の事務方に相談した時があった。
「加藤先生は制御不能なのでやめた方が良い」と制止され、
代わりに内藤先生と神吉先生を紹介された。
あの時、制止を振り切ってでも加藤先生にお願いしていたら
僕は加藤先生と近しくお話が出来たのかも知れないと思ったら
非常に残念である。
将棋界のレジェンド・加藤一二三さん、肺炎のため死去 86歳 “ひふみん”の愛称 現役棋士史上最年長を記録
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8641573
2017年に現役引退した将棋棋士の加藤一二三さんが22日、都内の病院で肺炎のため亡くなった。86歳。所属するワタナベエンターテインメントが伝えた。
書面では「弊社所属 加藤一二三(かとう ひふみ)は、令和8年1月22日(木)午前3時15分、都内病院にて肺炎のため86歳にて永眠いたしました」と報告。「生前は、皆様より格別のご厚情とご支援を賜り、深く感謝申し上げます。故人が生前に賜りましたご厚誼に対し、あらためて心より御礼申し上げますとともに、ここに謹んで哀悼の意を表します」と伝えた。
加藤さんは、1940年1月1日生まれ、福岡県出身。師匠は故・剱持松二九段。14歳でプロ4段、史上最年少棋士史上初の中学生棋士となり、「神武以来の天才」と称され14歳7ヶ月でデビューという藤井聡太棋士が登場するまで62年間破られなかった史上最年少記録と、77歳11日という現役棋士の史上最年長記録など「誰にも破ることができない」と評される偉業を成し遂げた将棋界のレジェンド棋士。
一方、バラエティー番組などでは“ひふみん”の愛称で親しまれており、2017年3月には密着取材した番組、NHK『ノーナレ 諦めない男 棋士 加藤一二三』が放送された。同年6月、現役を引退。
ログインしてコメントを確認・投稿する