mixiユーザー(id:68785028)

2026年01月24日13:19

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人口の縮小は「常に完全に悪い」のか? これは疑問

人口減少は、たいてい「悪いこと」として語られる。
労働力が減る、経済が縮む、社会保障が苦しくなる――たしかにそれはその通りだと思う。
ただ、それでも私は、人口の縮小が常に完全に悪いとは思っていない。

たとえば、曾祖父母・祖父母・父母の世代が蓄えてきたストックが、より少ない人数に集まる社会を考えると、一人あたりが受け取るものの重みは増す。もちろん現実はそんなに単純ではないが、人口が減ることには「失うもの」だけでなく、「一人あたりに厚くなるもの」もあるはずだ。

また、地球環境への負荷という点から見ても、人口の縮小は必ずしも悪いことばかりではない。
人類が地球にかける圧力が少し下がるなら、それは長い目で見て無視できない利点だと思う。
人口や経済の専門家は、どうしても縮小のマイナス面を強く語りがちだが、縮小によって見えてくるメリットも、もっと正面から論じられてよいのではないか。

私は、日本の「失われた10年」「失われた20年」「失われた30年」と呼ばれる時代を、単なる停滞としてだけは見ていない。
たしかに経済成長の実感は乏しかったし、給料が増えた感じも薄かった。
けれどその一方で、経済成長がなくても社会そのものは崩れなかった。
モラルが決定的に壊れたわけでもなく、インフラの維持管理も地道に続いた。
大きな震災を二度経験しながら、建物や道路の耐震補強はむしろ着実に進んだ。
街のゴミや煙草の吸い殻のポイ捨ては減り、公園のトイレも以前よりずっと清潔になった。
成長ゼロの時代にも、良くなったものは確かにあったと思う。

私自身、バブル崩壊直前に家と土地をローンで購入した。
その後、資産価値は下がったが、住み続ける分には大きな問題はなかった。
周囲を見ても、少なくとも私の身近では、住宅ローンを抱えた人たちが次々に生活破綻したという印象はない。
もちろん苦しい人はいたし、問題がなかったわけではない。
派遣労働の不安定さ、引きこもりの問題、いわゆる「無敵の人」問題など、深刻な課題は残った。
それでも、社会全体が一気に崩れ落ちたわけではなかった。
だから私は、人口縮小が進む社会でも、やり方しだいで「少しずつ良くなるもの」はあるのではないか、と感じている。

少子化への対策として、労働力不足をすべて移民で埋め合わせようとする考え方には、私は慎重であるべきだと思う。
これは外国人を排斥したいという話ではない。
ただ、文化的背景や宗教観、生活習慣が大きく異なる人々を、社会の受け入れ準備が十分でないまま大量に受け入れれば、治安・政治・文化の安定に緊張が生じることはありうる。
どの社会にも、その社会なりの歴史的に育ってきた文化的アイデンティティがある。
それを守りながら、外から来る人々ともどう共存するかは、かなり慎重な設計が必要だと思う。
人口減少への対処を、単純に「足りない人数を外から補えばよい」という話にしてしまうのは危うい。

むしろ日本や韓国のように出生率が低い国は、人口縮小そのものを前提にして、そこに耐えうる社会基盤をつくるべきではないか。
縮小を無理に否定するのではなく、縮小社会としてどう安定し、どう暮らしの質を保つかを考える。
そのうえで、子育てコストや住居費、教育費などが再調整され、やがて出生率が反発する時期を待つ。
私はそういう長期持久の発想が必要だと思っている。

さらに極端なことを言えば、もし人類文明が将来、資源制約などで大きく縮退し、化石燃料を使い果たして帆船時代のような暮らしに戻ることがあったとしても、日本人はその中でそれなりの楽しみを見つけて生きていくのではないかと思う。
江戸時代にも、歌舞伎、落語、能、生け花、茶道、算学など、慎ましい暮らしの中で育った文化があった。
豊かさの形は一つではない。
大量生産・大量消費の拡大だけが、人間の幸福の条件だとは限らない。

もちろん、人口減少には厳しい面が多い。
社会保障、地域の維持、労働力不足、産業の縮小――どれも簡単な問題ではない。
それでも私は、人口の縮小をただ忌避するのではなく、それを受け入れたうえで社会を再設計することこそ、これからの課題ではないかと思う。

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