今夜も最後に独り言ちて眠りに就くとしよう。
今日は久々に自宅でゆっくりと過ごせたので
まぁリラックスできた。それは良い事だった。
何も無かった1日なのだが、
何も無かったことを「良い事」だなんて言っている自分が
当たり前になっている事にふと気づいた。
以前よりも真面目な人間になっている自分に
気付かないまま、年を取っているみたいなのだが
その自覚が持てないまま、40代がそろそろ終わる。
若かりし日の放蕩は反省しきりだが、
世の中みんなそんなもんじゃないか。
いや、そんな風に言い出すのが老化の始まりかも知れない。
それも受け入れつつ、体のあちこちに来ているガタと
向き合っていくことにしようと思う。
しかし、以前はかなり苛立って生きていたように思う。
東京が嫌い、東京に住む人が嫌い。
韓国が嫌い、中国が嫌い。そんな事を毎日喚き散らしていたような。。。
これも自分の狭量が為せる恥ずべき事だったのかも知れない。
東京にも韓国にも中国にも、その実体は無く
概念としての総体があったとして、それを嫌っても仕方ないのである。
ただ、信条としている「是々非々」が
暴挙や暴言をすんでのところで押し留めてくれたに違いない。
それはさておき、最近カーステレオに自分の好きな曲を
まとめたものをかけて聴くのがマイブームになっている。
その中で、ビートルズの「ノルウェイの森」がかかると
脳内に甘酸っぱい記憶が嵐のように吹き荒れて落ち着かなくなり、
先だっては、かかった瞬間に次の曲にスキップしてしまった。
その様子を助手席に座っていた家内に咎められて
狼狽えてしまった事があった。
まず第一に、「ノルウェイの森」は
かつて交際していた女性と一緒に読んで、盛り上がって
そういう関係を構築した人との甘い記憶がある。
村上春樹の代表的な小説のタイトルである。
後に映画作品となったときは、この曲とは無関係だったが、
映画化されるまでは、この小説のテーマ曲は間違いなく
ビートルズの同名曲であり、僕の中ではテーマソングはこれである。
その女性との関係については、ここでは詳しくは触れないが、
兎に角、濃密で爛れ切った性愛と
くっついては別れを繰り返す甘酸っぱい交際だったのである。
次に、職場の女の子との思い出が脳内に溢れる。
その女の事は特別な関係にこそならなかったが
随分と年下で、魅力的で僕はメロメロになっていた子であった。
その子とは、携帯メールでやり取りをしていたのであるが、
その着信音が「ノルウェイの森」だった。
当時は、相手ごとに着信音を変えるようにして
凝っていたので、もう「ノルウェイの森」=彼女からのメッセージであり、
僕にとっては福音そのものだった。
既に所帯持ちの僕がどんどん惹かれていくのを
彼女は分かっていた筈なのに、そうなるように仕向けていた節があり、
何とも悪魔的な魅力だったなぁ、
と今になったら落ち着いて振り返られるけれども
「ノルウェイの森」を聴くと落ち着かない。
因みに、この曲の邦題である「ノルウェイの森」の
「森」は誤訳らしい。「木材」とか「家具」とかと訳すべきところを
「森」としたのがハマってしまったのだとか。
他にもおかしな甘酸っぱい記憶を呼び覚ます曲はてんこ盛りだが
家内にその説明をするわけにもいかず
車の中でオロオロとしてしまったのが、我ながらまだ青いと
嗤ってしまった。
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