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2022年10月29日13:00

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甘酸っぱい記憶

世間的にはどうだか知らないが、
僕にとって「浪人時代」というのはとても甘酸っぱい思い出がある。
高校を卒業してから大学に入るまでの一年間、
僕は都市部にほど近い大きな川の畔にあった予備校に通っていた。
高望みしすぎて現役時代に大学受験に失敗した僕は
「宅浪」でも良いと思っていたが、親の勧めで
予備校の奨学金付きの試験を受けて
「入学金無し、学費半額」という権利を獲得したので
已む無く通う事にしたのである。

高校時代は男子校に通い、
女性とは「オンナ」という程度にしか見られなくなっていたのだが
予備校で再び共学になって、はっきり言って衝撃を受けた。
教室には中学までは感じることが出来なかった
「女の匂い」が充満し、そこに「男の匂い」も混じって
何とも言えない気持ちになっていた。
高校三年間、汗臭く饐えた匂いしかしない男子校に通っていた僕にとって
同じ空間に大量の女性、それも中学生とは違って殆ど大人の女が
多数居る空間、というのは少なからず刺激があった。
そういう事実に興奮している自分が居る事も恥ずかしかったが、
またそれを悟られぬよう取り繕っている自分も恥ずかしく
居たたまれない思いだったのを記憶している。

自分のクラスで「チュートリアル」というHRの時に指定席に座るのだが
前後左右が美女揃いでドキドキした。
その中で前の席に座るアケミという女に僕は短時間で恋をした。
紆余曲折はあったが、特段何かがあったわけでは無いが
仲良くするだけで楽しかったので、個人的には満足していた。
恋愛が成就するよりは受験に成功する事が先決であり、
色恋事はどうでも良かった。
予備校では小学時代、中学時代の同級生たちとの再会が沢山あり
新しい友達もたくさんできたが、
親友の何人かと講義の後に近くの公園で
キャッチボールをするのが毎日の日課だった。
野球の心得は全くなく、素人もいいところだったが
毎日150〜200球をお互いにバッテリースタイルで投げ込んでいる内に
段々と様になって行き、秋口には球速が安定して110キロを超える程度の
肩に仕上がっていた。
並行して同士を募って野球チームを作り、
近所の街の野球大会にエントリーして
準優勝するまでになっていた。

予備校通いは退屈なもので、毎日の投げ込みが終わると
自習室に様変わりする予備校に戻って自主学習をするだけだったが
夏場は近所のパチンコ屋で小銭を稼ぎ、
手持ちに余裕がある時は近くのドーナツ屋でコーヒー一杯で粘って
ダラダラしていた。
そんな事では学業成績は怪しくなりそうなものだが
幸いにも良い状態がキープされていて、予備校通いは嫌では無かった。

その予備校の隣にはデリヘルの事務所も入る「何商可」のマンションで
その隣はいわゆる「ラブホテル」が入っていた。
そういう雑然とした街の中に、山奥の住宅街から毎日通う生活は
ちょうど良かったのかも知れない。

予備校では、
文系の国立コースだった僕は、午前に二コマ、午後に一コマ。
希望次第でその後二コマ程度講義の時間帯はあるが
全体的に前に詰められていて
基本的に文系の私学コースは午前で講義が終わり、
理系の医学部コースは予備校の閉館時間近くまでみっちり講義があった。

実質的に「ヤンチャ」クラスになるのは文系私学コースで、
真面目な子は午後は自習、
不真面目な子は昼休みに下校するのである。

各クラスには小中学生時代の同級生だった友達が沢山居て、
午前の講義が終わると、知り合いを見つけては
どこかでランチ談議が始まるのである。
「久しぶり〜」
と背中を叩かれて振り返ると、
小学時代と中学時代に通っていた学習塾で成績上位を共に争っていた
女の子がいた。
「お前も浪人してるのか」
意外では無かったが、驚いて見せた。
当時は女子も沢山浪人している時代である。
同じ年齢の人口は約200万人、大学進学率は50パーセントを大きく超え、
前年度からの浪人が40〜50万人、
全国の大学の募集人員は増やして増やして70万人という時代である。
僕はその浪人生の中の一人だったが、3割は女子だった。
女子の浪人生は浪人して女子大を目指している子は殆ど居らず
難関私学か理系かを志望しているのであり、
「ヤンチャ」な女子浪人生は極めて少ないと言うのが
僕から見た風景であった。

だが、声を掛けて来た女の子ユリ(仮名)は
間違いなく「ヤンチャ」だった。
同じ学校、同じ学習塾で小学5年から中学3年まで過ごし、
小学生時代は成績優秀で、中学時代から下降し始め
中学を卒業する頃にはかなり成績を落としていたのを
目の当たりにしていたからである。
そして、原因は「男」だった事も知っている。
ユリは中学生の後半期に色気づいたのか、
彼女のクラスメートと交際を始めた辺りから成績が低下し始め
その交際が終わった後も絶えず浮名を流していたからである。
それどころか、特定の彼氏以外と遊んだりするようになり
僕も何回か粉を掛けられたことがある。
「わりぃけど、そんなアレないから」
格好良いのか悪いのか、彼女のアプローチをサラッと交わした積りだったが
そのすぐ後に僕の友人が彼女と遊びに行ったりしていて
「別に誰でも良いんじゃないか」
と憤慨した事もあった。

予備校で再開した時もユリは少し垢ぬけて大人になっていて
以前のように小便臭い雰囲気は無くなっていたが、
当時の予備校に化粧して登校してくる女子は少なかったにも関わらず
彼女は明らかに化粧していて「ケバい」女になっていた。
「ちょっとお昼休みに遊ぼうよ」
簡単に誘いかけて来るのは相変わらずで、
別にそれもアリかなナシかな、なんて一瞬考えたが
僕には日課があって予定も約束もあったので
「またな」くらいの軽さで断った。

「相変わらず、お堅いのね」
的な捨て台詞を履いてユリはサッと翻して去って行ったのだが
その日の午後、いつものように近所の神社で
精一杯投げ込みを行って予備校に戻ってくる時に
ラブホテルの前を通ると、中からユリが男と腕を組んで出てきた。
昼休みにチャチャッとセックスを楽しんだというわけだ。
まだ童貞でセックスに憧れが強かった僕は
その瞬間に、
「あの時、『いいよ』と言っていたら」
と考え、忽ち興奮してしまった。恥ずかしいくらいに瞬間的に勃起した。
それまで経験したことが無いくらいに股間を固くして反り返らせてしまっていた。

幼い頃から知ってはいたし、裸も見た事はあったけれど
つい数刻前に「大人になったなぁ」と感慨を侍らせた友人女と
あわや、という瞬間があった事を想像すると、もう堪らなかった。
今なら、何とも思わない話だが
その時は、その時の僕には刺激があった。

僕はちょうどその頃から「ヤンチャ」クラスのあるフロアーには
近寄らなくなり、ユリを予備校で見かける事は無くなったが
進学先が決まった頃に、校内の貼り出しを見ている時に最後に顔を見た。
特に感情は抱かなかったが、一瞬目が合ったので
お互いに笑ってすれ違った。
その時に鼻を突いた彼女の匂いがとても良かったので
また為す術もなく僕は激しく勃起した。
この時も周りに気取られぬよう平静を装うのに苦労した。

「さっきの子、知り合い?」
同じクラスの女の子に見つかって尋ねられたが
「小学校の時に同じクラスに居た子だったと思うけど」
などと不自然且つ的外れな説明をした。
僕の様子がおかしかったから尋ねたに違いないのだが、
答え方がまたおかしかったから彼女はそれを訝しんだと言う。

予備校最後の日にみんなで集まって「壮行会」をする事になっていたが
僕は欠席したので、その当時のクラスメートと連絡先の交換はしなかった。
同じクラスに居て一瞬で恋に落ちた女の子とは
某大学の受験会場で一緒になり、連絡先を交換したので満足だった。
「二人とも合格したら、付き合って欲しい」
僕は彼女に思いを伝えたが
「そうね」
と往なされた。二人ともその大学は合格できず違う大学に進学したので
以降、連絡を取る事は無かった。

それから時間が経過し、予備校は廃校となり
ラブホテルも無くなった。
今でもその界隈に行った時だけ、ユリが与えた刺激の記憶は甦るが
特に興奮するわけでは無い。
そして、恋に落ちた女の子の記憶は日増しに薄れて行っている。

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