自分より気が小さい存在と見るや否や無意味に威圧し始め、
自分と対立しても不利が見込まれる相手には被害者を演じる。
その行動自体は事実だが、使い分けの事実は本人しか分からない。
論理破綻と言う危機が迫ると
診断書と言う企業には水戸黄門の印籠のような切り札を翳して
鮮やかに撤退戦略を決め込むのだが
その手段は2度3度とは通用しない。
特に彼女の被害にも敏感に感じ取れなかった連中は
彼女が訴えた被害の加害者も適切に処罰できないのである。
別の場所で新たな危機を迎えた彼女の2度目の「印籠」を見て
初めてそれが彼女の精一杯の「策略」だった事を知るのである。
場面は変わって
僕の職場にも副部長以下複数の部員が「いつかアイツは」と
恨み言のように罵る女性が居る。
「彼女」は、僕が見る限り懸命に頑張っているし、
自分の居場所を作ろうとしている。
ただ、追い詰められたり危機が迫ると突然、
会社に来なくなるという「伝家の宝刀」を振りかざす。
僕は管理職だから、それを看過する事は出来ないが
かといってこの問題をただで済ませるわけには行かない。
彼女が追い詰められた原因は、些細なミスから来るものである。
彼女を罵る連中を集めて意見を聞く、などという事は
無駄な事は分かっている。一応、話を聞くけれども。
「皆まで言うな。但し、会社とは組織であり集団である。
能力が高いものも低いものも居る。分かるな。」
部員の間には気まずい沈黙が流れる。
「雇用の水準も形態も様々である。君たちなら当たり前に出来て
彼女には出来ない事もある事は理解できるな?」
「しかし。。。」
「黙れ。僕も君たちも完璧でも何でもない。100点満点ではない。
そして、努力しても成績が上がらない事もあるし、下がる事もある。
この部に居る以上は、この部の『家族』である。
出来ないからと言って切捨てる事は絶対にしないし、させない。
その代わり、僕は君たちがどういう局面になっても
当然ながら味方であり、力になる。
これは彼女に対しても同じである。これについて異論はあるか」
漸く沈黙を破ったのは僕より年長の副部長であった。
「しかし、我々にはお客も居るし、得意先もある。その前で
社として不味い態度は見せられない」
「どの口がそれを言うか。君は完璧か。失態を演じないのか。
皆でそれをカバーしろと言っているのである。
ミスしないように育てるのも仕事であるし、ミスが起きたらカバーするのである。
予見できるミスは事前に摘み取れるだけ摘み取るのだ」
僕が高らかに講釈をぶった後は、部員は全員げんなりした表情で
会議室から自分の席に戻った。
彼らには言わなかったが、僕は彼女は発達障害の一種だと
分析している。
同じミスを繰り返すばかりか、事前の準備不足もあるが
客を目前にすると予定していた事の半分も消化できない
極度の「あがり症」なのである。
一方である程度は社会適合性が高く、
他人に対しても攻撃的でもなく、後ろ向きばかりな事ばかりではない。
一応、努力はするがそれが続かず
例えるなら、100メートル走をすれば95メートル付近で失速し
50メートル走をすれば45メートル付近で必ず失速する感じである。
「最後まで走り抜け!」と何度も言ってもそれが出来ないのである。
出来る人間には、その理屈は分からない。分かろうとしても
「すればいいのに」程度にしか分かっていないのである。
僕はだったら、「105メートル走だ」と彼女に嘘を言えば
100メートルを疾走できるのではないかと考える。
それが個々の特性や個性に寄り添った解決方法ではないかと。
組織には、お金が欲しくて頑張る人、
地位や名誉が欲しい人、充実感が欲しい人、
その全部が欲しい人、もいれば
漫然と働いている人だっている。
であるが故に、漫然と働くことも希望すれば許すべきだと
本当に近年になって確信できるようになった。
漫然と働くことで得られることもあるだろう。
ただ、集団で取り組んでいる困難の解決には
本人、個人の希望は抜きにして、やってもらう事もあるだろう。
そこを弁えつつ、働く人の時間とスキルと人生を切り売りして
企業に捧げる事が「労働」の一つの側面ではないかと
ある人が言った。
「僕は退屈なくらい暇な時間帯があるのに、
先輩方は、ランチも出来ないくらい忙しく働いていて
実に申し訳ない。いつもそう思っている。」
若い後輩の言葉である。
「君がもっと頑張りたいと思う気持ちは、実に大切だ。
しかし、急にお客が来た時に対応したり、
電話がかかってきた時に捌いたり、
営業が取ってきた仕事を捌いたり、
今は暇かも知れないけれども、営業たちが帰ってきたら
慌ただしくなるだろう?
その席でそこに居てくれることが仕事になる事もある。」
僕が彼の若き血潮を宥めるように言っても
彼は得心しない。
本当は、引退直前のポンコツ老人たちと3人一組で
働いている彼は、ポンコツたちのフォローも兼ねている。
それにポンコツの先輩だって、好きでポンコツなのではない。
時代の流れに押し流されて、廃止された部署や業務から
流れ着いた人たちである。数年前までは高い誇りと技術で
職場を支えてきた人たちであり、彼らにも生活やら家族やらがある。
頑張って取っ組み合いをして「新しいシステム」を習おうとしたが
それがモノに出来なかったと言うだけで、
僕のような若造に「ポンコツ」呼ばわりされるのはあんまりなのである。
いつかは僕もそういう立場になるかも、と思って
彼らの生活を出来るだけ脅かさないように「皆でフォロー」しているのである。
それをもっと若い彼に理解させるのはとても難しい事だった。
自分の成功しか思い描けないような年代の青年に
時代と格闘して敗れかけている歴戦の勇士の
哀れではない末期を慮る事なんて、させたくても出来ないのである。
今の僕の部署には下は43才、上は68才までのポンコツが
ずらりと並んでいる。「彼女」はその中間に位置している。
僕はたまに彼女に言う。
「君たち、ポンコツだって自覚ないだろう。
僕も若くないので、若い人から見たらポンコツなんじゃないか、と
いつも思いながら、ただただ日々を乗り切って生きているのに
どうしてそのままで問題ないと思えるのかね。
毎日、少しずつでいいからアップデートしないとダメなんじゃないか。
何のために働いているのか、なんて愚問を投げかける積りはないけど、
前回前年と同じ事をしていて良い筈はないと常に考えて欲しい」
「そんな、難しい事を。。。」
「難しくないだろ。君は僕が使い方を少し教えたら、
すぐに僕を越えて色々と習熟するじゃないか。
つまり、使い方を学ぼうとしていないから習熟が足りないのだ。
能力も才覚もあるのに、使ってくれていないのだ。
しかし給料とはその部分に対して発生していると思った事は無いのかね」
禅問答のような言い回しで僕が彼女を追い詰めようとしているのを
彼女は敏感に感じている。
「そうじゃないんだ。諦めて失速しようとするのが
ほんの少しだけ、君は早すぎるのだ」
別の部屋では、能力が高いと思われ、尚且つこの部署のプロパーの
先輩で部下の彼らが口々に言いたい事を言っている。
「後輩の僕が言うのも何なんだけど、この部署は終わっている」
目を剥いて、怒りと困惑を表す彼らに言う。
「利益は出さなくていい。アイデアを出して欲しいだけだ。
既存の事業に対するノウハウが高い事は分かっている。
その評価は今も変わらない。
ただ、今まで通りやりたいという君たちの願望は叶えられない。
一つ二つで良いから新しい味付けを、君たちの高い知見で
正しい方向で付け足して欲しいだけだ。
その為に必要だと思われるものは僕が外から取って来る。
時間でもお金でも人手でも、取って来る。
それを出来れば、誰にでも説明できるような形で進めたいだけだ。
ミスを無くしたいなどと言う、願望はきっと叶わないので
そこは皆でカバーするのだ」
同じような事を繰り返しているようだが
春に着任してから、年長者も含めて「僕の子供」のような
中年部員たちは、このニュアンスを一緒にもって
「彼女」を非難する事も少なくなって
少しずつ前進している、と僕は感じている。
自分だけが「正常」だと尊大になっているのではない。
組織が自走できるようになれば、僕は身を退いた方が良い、と
人事当局にも言っている。年上や年の近い後輩が
ポストに就かずに悶々としているのである。
席を早く譲れるに越した事は無い。
僕はそこまで無私で言っているのである。
それだけに
能力不足の人の権利や存在意義についても
きっちりと保全された組織作りをしていきたいと
日々考えるようになっているのである。
戦う集団でありながら、
意志の統一と適材適所で
更なる戦闘力のアップを目指すのである。
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