mixiユーザー(id:6231411)

2021年08月08日02:14

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少数者の権利保全とは

性的少数者(という呼び方もなんだかなぁ、と思う)が
今回の五輪には多数参加しているように感じるが、その実は
カミングアウトした人が増えたのであり、元から多く居たのかも知れない。
以下は幾分かシニカルに表現している部分もあるが、
僕は自由と平等と博愛を愛するものである事を予め表明しておく。

ただ、誰かが指摘していたが
元男性だった人が女性としてスポーツを行うのには色々と制限があるのに
元女性だった人が男性としてスポーツする分には特別な制限は殆どなく、
そもそも「女子スポーツ」というカテゴリ自体が何なのか、
改めて考える必要が出来たのではないかと強く感じる。

何回も僕が指摘してきた「セメンヤー問題」もその一つであるが
そうでは無くて、男子と一緒にしていたのでは全く歯が立たないので
女性だけ分けてスポーツしよう、というのが
女子スポーツの根本にあるのではないか、と言う部分に
改めてメスを入れるべきだと指摘したいのである。

僕の提案ではこうである。
これまで「男子○○」としてきた競技は全て「性別無分別」として
男性でも女性でもそれ以外でも出場できるジャンル、
「女子○○」については、一定の科学的水準を満たした人だけが出来る
「参考競技」として存続する、という考え方である。
具体的にはテストステロンが一定基準値以下でないと出場できず、
真のチャンピオンは「無性別」階級のものにのみ与えられる称号とする、
としたらどうだろうかと思うのである。

この時点で様々な立場の人に対して失礼があるのではないかと
感じるところではあるが
圧倒的多数であるジェンダー問題とはおよそ無縁の女子スポーツ選手が
これまで通り「女子競技」を楽しむ権利も尊重すると
そういう分類は必要なのではないかと。
宇多田何某が「私はノンバイナリー」と今更ながら主張してきたが
散々に略奪愛を重ね、女性としての感情を歌詞に乗せて商売してきた身で
改めて立場を変えると言うのは、ある種の裏切りでありご都合主義である。

但し、音楽界やエンタメ界に性別の階級分けは必要ないので
自由に宣言したり撤回したりしてくれて結構だ、とも思う。

性的差別や少数者に対しても平等を、などという
幻想にも近い理想環境を実現する代償は
こういった歴史的文化的遺物のようなものを含めて
構造的改革を進めて行く事に他ならない。
当然だが、甲子園のマウンドに女性が上がる事も
大相撲の土俵に女性やLGBTQ+の人が上がる事も今後は許容されるだろう
だが、女性スポーツは確実に制限が加わる事になる。
男性だけのスポーツが存在しなくなれば、それで済むからである。

これまで「男子」なら参考記録にもならないタイムで
日本記録だ、世界記録だと言われてきた人たちは
単に「女子の」を付けられて称賛は限定的になるだろう。
賞金や記念品も「無性別」よりは確実に格下のものを出させる事になるであろう
それで「女子スポーツ」の意義が守られるのであれば
彼女たちは満足だろうか
しかし、差別をまくすとか平等だとかいうのは
そういう事である。
「レディースデイ」も「女性専用車両」も当然廃止である。
見た目で判断する事も禁止されるのではないだろうか

五輪初のトランスジェンダー選手、重量挙げハバードはスナッチ失敗記録なし
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=6615069
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