石灰岩は、サンゴや石灰藻などの炭酸カルシウム成分が積もり重なって生成されたと説明されるが、疑問が二つある。生物起源の物質が数百メートルもの厚さの層を形成できるのかという疑問と、石灰岩の中には化石も見つかるが、生物起源ならもっと多くの化石が見つかるはずではないかとの疑問である。
写真は埼玉県秩父地方の武甲山で山の北側はほぼ石灰岩である。長年にわたる採掘のために山の形が変わっている。麓から頂上まで千メートル近くあり、この厚さの石灰岩層の形成が生物起源とは考えにくい。だが、地質学者などが生物起源説を唱え、教科書にもそのように書いてあるので、これを疑う人はほとんどいない。
従来の石灰岩形成説を根本から疑わざるをえない決定的証拠は、米国の始新世グリーンリバー層の石灰岩で見つかった約4800万年前の小魚の群れの化石だ。石灰岩中の小魚の群れの化石は他にもあるが、これを見れば誰もが従来の生物起源説を疑うだろう。
小魚の群れがが泳いでいる時、何らかの急激な大変異で大量の石灰藻などの炭酸カルシウム成分がどっと群れに降り注いだ、とすれば群れはバラバラになって閉じ込められるだろう。また大量の石灰成分が一挙に堆積すれば、小さな魚は押しつぶされて跡形も無くなるはずだ。大きな魚でも一挙の堆積では押しつぶされるだろうし、石灰成分や泥などがゆっくり堆積すれば肉や内臓は腐敗して消失し、骨だけの化石になるだろう。魚の姿の化石が発見されることにほとんどの人は疑問を抱かない。
泳いでいた小魚の群れがそのまま化石になるためには、多分0.1秒より短い一瞬で海水が固まらなければならない。それ以上の時間がかかれば群れに乱れが生じるはずだ。海水が一瞬にして石灰岩に変化することは通常の物理法則ではありえない。ありえないと考えるから学界という蛸壺に棲息している学者は小魚の群れの化石の生成因を説明できない。
結論を言えば、大放電(大落雷)により海水に数千万〜数億ボルトの超高電圧がかかり、海水が石灰岩に変化する元素転換が生じたのだろう。
このような元素転換では無から有は生じない。簡易的な確認として、転換する前の物質の原子の陽子数(原子番号)と転換後の陽子数を調べればほぼ同数となるはずである。海水を構成している原子は[H2O+NaCl+その他]であり、石灰岩の原子は[CaCO3+その他]である。それぞれの元素の陽子数を調べれば、元素転換前と転換後の陽子数に大きな差はないはずである。
小魚の群れの化石の生成因が分かれば、木が化石になった珪化木の生成因も解き明かすことができる。珪化木は、水晶や石英の成分である二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とする。石に変化したが、元は木だったので年輪など木の形状をそのまま保っている。
木は、概ね炭素(C)50%、酸素(O)44%、水素(H)6%の原子から構成されている。珪化木生成に関する一般的な説明では、高温高圧の地下に埋もれた木に珪酸(H4SiO4、H6Si2O7など)を含む地下水が浸透し、次に二酸化ケイ素(SiO2)に化学変化したと説明される。化学反応の過程で珪酸と木に含まれていた水素は水中に溶け出したという説明でも構わない。
だが木の50%を占める原子番号が6の炭素はどこへ消えたのか。珪化木を分析しても炭素はほとんど検出されないはずだ。地中か水中での反応なので炭素が燃えて二酸化炭素となり水に溶けたとは考えにくい。珪酸が木に浸透して二酸化ケイ素に変化する過程で炭素と入れ替わったとの説明もあるが、非常に苦しい。水中か土中での反応なので、珪酸が変化した二酸化ケイ素は木の周囲にもこびりついて塊を形成するはずだが、珪化木は木の形そのままである。
小魚の群れの化石と同じように、珪化木も超高電圧の影響で木が元素転換して二酸化ケイ素となったのだろう。海中に堆積した木に超高電圧が作用すれば海水は石灰岩となるので、地表の倒木に電圧が作用して珪化木となり、その後の地殻変動で地中に埋もれたものと思われる。
小魚の群れの化石が発見された石灰岩は、始新世の約4800万年前のものと分かっている。他の時代でも地球に超高電圧がかかった事件は何度もあったであろうが、地球史を丹念に調べれば約4800万年前に地球に何らかの事件があったことが分かるに違いない。
この70グラムほどの珪化木は我が家の敷地を掘り返している時に見つけた。小さいが石なのでずしりと重い。木の皮と思われる部分もある。この辺りの地層は数十万年から2百万年ほど前にかつて海だった時に様々なものが堆積し、その後隆起して陸地になったようだ。この珪化木が堆積したのはその頃だろうが、石になったのは4800万年前かもしれない。
次回は、4800万年前に地球に何が起きたのか推測してみたい。その謎を解く鍵である月のクレーターを眺めることから始めるだろう。(了)
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