ジェンダー問題について言及する時、
各々方の価値観について少なからず考え方が分かれているのは
当然だとは思うのだが
女性運動をしている人たちやジェンダー意識が高い人たちと
それ以外を分かつものについて、もっと真剣に議論した方が良いと思う
つまり、女性自身が
「(活動家たちが言うところの)地位を貶める」行動に出る件について
もっと盛んな議論が必要だという事である。
例えば結婚観一つとっても「永久就職したい」みたいな感情を抱く人が
令和の時代になっても少なくないのだが
この傾向が男性が「奥さんに養ってもらいたい」と対等になる事が
意識の世界では「男女平等」だと言えるのではないか
ネガティブな言い方を例証に使ってしまったが
「女子会」なる存在も実は同様であり
女子が女子で集まる事は大いに結構なのだが
「女子会割引き」のようなセールス自体は間違いなく性差別なのである
一見、メリットが提供されているように
女性自身は感じているかも知れないが
この場合は、男性客で得た利益を女性に還元、あるいは
女性が訪れやすい店舗やサービスに改修する等のPRとして
常套手段として昨今では用いられているのだが
同じサービスに対して男性側が高い事を女性が問題視しない事で
男性の「(活動家たちがいう)女性を一段低く見る」意識は醸成されてしまう
そればかりか、そういった「売らんかな」に乗っかっていく女性の多い事
だが、それが自然の流れだとしたら
美術界における性差とはいったい何が問題なのか
男性アイドルも同様だが
女性アイドルをナビゲーターに起用するのは
カルチャーの先端を切り開くのはいつも「若い女性」である、という
一種のアイコンとしての役割を彼女に託したのではないか
そういう解釈が持てない事と、
学芸員における女性比率と館長における女性比率の差
(学芸員は圧倒的に女性が多く、館長職は男性が多い)事とは全く別の話であろう
というのも、伝統的美術家自体が男性の方が比率が高く
また美術館長も芸術家出身の人が多い事が遠因となっている事を
業界関係者である批判記事の筆者が知らぬはずがない。
確かに、読売新聞は男根主義的テイストが強い新聞である。
しかし、本当に女性がそこから顔を背けているのだとしたら
購読者も少なく記事に対しても批判が多く上がる筈であろう
だが、僕が知る限りは、
読売新聞は近年はかなり穏健であり良識的な新聞記事を配信する
「まともなメディア」だと思われる。嫌いだけど
美術館が「映え」スポットに位置付けられるのが
(批判記事の)筆者にとって相当気に入らなかったのは
気持ちの上では理解できる
しかし、来館者の高齢化が著しい美術館が
美術界の新時代を迎えようという「挑戦」の一つとして
受け止めていたのだとしたら、また解釈も違っていたのではないか
地方都市に住む僕から見れば
首都圏の美術館に高齢者が多く訪れるのは当然で
その背景には国民全体の高齢化がまず一因であり
次に「大人な」エンターテインメントである以上、
若年者を受け付けない空気が漂っている事も背景にある
肖像権問題を無視して通り過ぎる人を撮影したり
電車の中で携帯で写真をパシャパシャ撮る事が
日常的になりつつある現代社会に於て
「撮影禁止」の美術館が未だ多いのは若い彼らたちを遠ざける一因に
なっているわけで、そこを「実は色々あるよ」と紹介するナビゲーターに
女性アイドルが起用されるのは自然だと考えないのであれば
良く分からない男性アイドルや「声優男子」を起用して
もつと訳が分からなくなった方が良いとでも言うのだろうか
女性が「客体化」しているのではなく
若い女性とそのステークホルダーを「主体化」し
そのアバターを女性アイドルが務めているのではないだろうか
美術界が抱える「女性の客体化」の問題は
美術館員の男女構成比によって解消されるわけでもなければ、
被写体の男女比が均等になれば良いというものでもない
読売の当該企画の陳腐さを批判する分には
一向に構わないが
美術作品を通して
「感動するだけじゃなくて理解しなければならない」
と述べる関係者のコメントもお仕着せが強く違和感がある
ただ、ビジネス上とはいえ
問題がある仕事を受け、自らが演じた女性アイドルを批判しないのはなぜか?
当人の理解の及ばない事だから仕方ないのか?
問題があるのなら女性として断るべきだ、と指摘するのが本項では筋だと思う
もちろんそれは現実的ではない
彼らが言う「無知」そのものだからだ
いや「無恥」と言った方が良いか。
つまり、お金になったり名声が得られるなら
問題行動ギリギリのところまで女性を自ら貶める生業がある事を
もっと問題にした方が良い、と僕は言っているのである。
一方で、自然への回帰というか
原資への回帰への強い憧憬を我々は常に心に抱いている
きっと原始に近づけば「男尊女卑」や「暴力主義」など
望まない暗部も露呈する事になる
理性的且つ自然というのはどこにも存在しない理想郷なのだとしたら
女性自身が「裏切者」を出さないように
声をあげる方向性を定めたらどうか
最近の黒人の人種差別撤廃運動の高まりは異様である。
彼らの声は切実で、差別は深刻で、大いに問題であるが
それに乗じて略奪したり放火したりする事が無くならないのは何故か
人が集まって行進したら、イナゴの群れが通り過ぎるようになるのは
黒人問題のデモが顕著である。LGBT運動の時はこうはならない
原因は恐らくデモ活動が理性的な範囲に留められないからである
どうだろうか
そんなに問題だと思うのなら
読売新聞社前に集まってハンガーストライキか
デモ運動でもしたらどうだろうか
集まらないと思うけど
今回ご紹介は
エクストリームで活躍したヌーノ・ベッテンコートの
超絶ギターテクが楽しめる
he-man woman hater
読売新聞オンラインと、全国約150の公立美術館で作る「美術館連絡協議会」が新プロジェクト「美術館女子」をスタート。初回にはナビゲーターとしてAKB48チーム8の小栗有以が現代アートの聖地・東京都現代美術館を訪れた。
地域に根ざした公立美術館の隠れた魅力やアートに触れる楽しさを、“映える写真”を通じて女性目線で再発見していく連載「美術館女子」(随時掲載)。ナビゲーター役には、読売新聞の各地域面と読売新聞オンラインで「月刊チーム8」を連載中のAKB48チーム8を迎え、「もしチーム8のメンバーが休日に美術館にふらりと遊びに行ったら」とのコンセプトで、写真家の大村克巳が美術館とメンバーのコラボ写真を撮影していく。
初回の舞台は、現代アートの聖地・東京都現代美術館。AKB48の次世代エースの呼び声も高いチーム8東京都代表・小栗有以が訪れた。「今までとは違う自分が撮れた」という小栗。作品は読売新聞オンラインと読売新聞6月13日付朝刊で紹介される。
「美術館女子」のウェブサイトより
美術館連絡協議会(以下、美連協)と読売新聞オンラインによる新企画「美術館女子」が、開始早々SNS上で大きな批判に晒されている。
本企画は、「読売新聞で『月刊チーム8』を連載中のAKB48
チーム8のメンバーが各地の美術館を訪れ、写真を通じて、アートの力を発信していく」(公式サイトより)というもの。その第1弾では、小栗有以が東京都現代美術館を訪れる様子を画像メインで伝えている。
☆☆☆【以下、批判記事】☆☆☆
この企画に対し、6月12日の公開後の週末、SNS上では批判の声が相次いだ。
指摘されている主な問題は、「〇〇女子」という言葉に含まれるジェンダーバランスへの意識の欠如と、美術館がいわゆる「映え」のみの場所としてとらえられかねない見せ方をした点にある。
★違うやり方できたはず
美術手帖で「統計データから見る日本美術界のジェンダーアンバランス
」を執筆した社会学者の竹田恵子は、美術館の楽しみ方は多様であることが前提としつつ、「『美術館女子』企画は、ほとんどの女性が美術のなかで『描かれる側/視られる側』=客体化されてきたという議論を無視しているかのように、女性観客をも客体化したつくりになっている」と指摘。さらに、以下のように続ける。
「美術界自体は女性のほうが多い業界であるにも関わらず、女性は低い地位にある傾向が強い。『〜女子』という言葉は基本的に男性主体の文化に女性が参入する場合、有徴化するための言葉です。ゆえに当該企画は美術界のジェンダー格差を強化していると考えます。 女性(観客)の主体性を無視し、『無知』の側に(のみ)置いていることも問題です。
美術館に普段来ない層を呼び込むためならば、これらの構造的・歴史的背景を勘案していれば、もっと違うやり方ができたはずだと思います。 ぜひ事前に、ジェンダーの専門家に聞いていただければ、違ったアプローチをご提案できたのになあ、と残念です」。
★旧態依然のジェンダー意識
キュレーターとしてジェンダーの問題に多角的に取り組んできた小勝禮子は、「今回の『美術館女子』は読売新聞社の企画を、美術館関連ということで美連協も関わることになったのだろう、美連協には気の毒なところもある」としながら、「企画者側のおじさん目線から考えられているため、残念ながらアウトな部分しかありません」と批判する。
「アイドルの可愛さ、魅力が中心で、美術館やアートはただの背景に過ぎない。そこには、美術館という空間やそこにある美術作品との出会いによる新たな発見や、美術を観る者の感動や思索が、まったく伝わってきません。『アートの力』の発信が視覚化されていないのです」。
ジェンダー意識についも、男性的な固定概念が現れているという。
「『作品』としての小栗有以、という言葉が(サイト内で)流れていましたが、それは彼女を被写体として撮るカメラマン目線からの台詞でしょう。ここには、あくまで女性を創造の主体(芸術家)ではなく、撮影の対象としてみる旧態依然のジェンダー意識しかないのです。『映える写真』を撮られることが『女性目線』であるとされていて、女性の興味関心は『自分を映え』させること、見た目(外見)の美しさだけに向けられているかのような、女性の内面(知性や専門性)に思い及ばない、男性の企画者の固定概念による『目線』が如実に現れているとしか言いようがありません。ここにアートや美術館が介在する意味が、まったく考えられていないのです。私はいま、女子大で博物館学を教えていますが、学芸員資格の取得を目指す学生たちがこの特集を見てどう思うでしょうか? 自分たちをバカにしないでと反発し、『女子』に対する社会(新聞社)の認識の低さに悲しくなるのではないでしょうか?」
★無知な観客の役割を女性に担わせている
東京大学教授で同大芸術創造連携研究機構副機構長を務める加治屋健司は、「美術作品を見るのに知識は必要ではなく感動があればよいと、作品に対する理解を軽視している点が問題だと思います」と語る。
「美術館を『映えスポット』と呼んで、作品を鑑賞する場所である美術館を、インスタグラムなどの撮影場所のようにとらえているところも非常によくないと思います。こんなふうに館内各所で撮影したら、他の来場者の作品鑑賞の妨げになってしまうのではないでしょうか。さらに、無知な観客の役割を女性に担わせているところも、ジェンダー公正の点で大きな問題だと考えています。まさに、このような無理解や不公正を問題にして批判してきたのが近年の美術であることを考えれば、大きな問題がある企画だったと思います」。
★美連協・読売新聞は「改めて検討」
今回の企画に携わった美連協は、読売新聞と日本テレビの呼びかけによって、1982年12月に設立された組織。いまも事務局は読売新聞東京本社のなかに位置している。
美連協は全国の公立美術館の連携を図る組織として運営されており、展覧会の共同企画や巡回展開催、あるいは美連協大賞の授与など、様々な側面で公立美術館を支えてきた実績がある。現在は47都道府県の公立美術館約150館が加盟する一大ネットワークだ。
美連協に対しては、今回の企画意図やタイトルに込めた意味などを問い合わせたところ、読売新聞グループ本社と美術館連絡協議会事務局の連名で、次の通りの回答があった。全文を掲載する。
「本企画は、地域に根ざした公立美術館の隠れた魅力やアートに触れる楽しさ
を再発見していくことを目的として、読売新聞社と美術館連絡協議会が始めたものです。新型コロナウイルスの影響で国内の美術館が一時休館を余儀なくされましたが、アート作品だけでなく、建物を含めた美術館の多様な楽しみ方を提示し、多くの方に美術館へ足を運ぶきっかけにしていただきたいと考えました。今後のことについては、様々なご意見、ご指摘を重く受け止めて、改めて検討する方針です」。
★美術館のジェンダーアンバランス
美術館のジェンダーバランスをめぐっては、世界各国でも議論がなされているが、ここ日本でもそのバランスが取れているとは言い難い。
美術手帖が2019年に行った調査
では、東京都現代美術館、東京都写真美術館、国立国際美術館、東京国立近代美術館の収蔵作品の男女比(2019年1月時点)では、男性作家による作品が78パーセントから88パーセントを占めていることが判明した
また、職員について全国美術館55館(国公立、私立、独立行政法人すべて含む)における館長、学芸員、総務課職員の男女比を分析したところ、学芸員は女性比率が74パーセントとかなり大きいのに対し、館長職では男性比率が84パーセントと、比率が逆転している。
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