この日記の前半は真面目な情報を盛り込んであるが、
後半はかなりずっこけるのでご注意。
コーヒー<coffee>の語源はアラビア語であることを
知っていても、それがカホワ<qahwa>であること
を知っている人はほとんどいないだろう。コーヒー
を栽培していたエチオピアのカファ<kaffa>という
地名が語源とする説もあるが、いずれにせよ<coffee>
がアラブ経由で西洋に伝わったことは疑いない。
コーヒーと雑誌の相性
雑誌といえばマガジン<magazine>だが、この語源
がアラビア語であることを知る人は、アラブの専門家
以外ほとんどいない。英語の<magazine>の意味は、
雑誌、軍需倉庫、弾倉である。アラビア語で倉庫は
<makhzan>、複数形は<makhāzin>で、この複数
形が西洋で<magazine>となった。
<magazine>には軍需倉庫や弾倉としてアラビア語
の意味が残っているが、なぜ<magazine>には雑誌
という意味もあるのか。知識の倉庫という意味で
<magazine>が使われたからである。
ということで、アラビア語由来のコーヒーとマガジン
は相性が良いのである。アラビア語の雑誌ならもっと
相性が良い。
アラブの地方の出来事を読んでも良いだろう。
パレスチナ問題の深淵はアラビア語の雑誌の方が詳
しい。
あるいは、女性誌の写真を眺めて鼻の下を伸ばして
もよろしい。
コーヒーとアラブ音楽の相性
musicの語源は「ミューズの恩寵にあずかる人間の
営み」(音楽、詩作など)を意味するギリシア語の
ムーシケー<mousike>である。
アラビア語で音楽はムースィーカー<mūsīqā>だ
が、語源は英語と同じくギリシャ語の<mousike>
だ。ではギリシャ語の<mousike>はどのようにし
てアラブと西洋に伝わったのか。
アラブ・イスラーム文明はその草創期からメソポタ
ミア、エジプト、ヘレニズム、インダスなどの先行
する文明から貪欲に知識を吸収した。例えば数字は
アラブがインドから学び、これが西洋に伝わり世界
に広まった。
アラブは貪欲にギリシャ哲学を学んでアラビア語に
翻訳し、これがラテン語に翻訳され西洋へと伝えら
れた歴史的事実がある。西洋人はギリシャ文明とロ
ーマ文明が西洋文明の母としているが、アラブ人の
知的営為がなければ、ギリシャ文明はまともに西洋
には伝わらなかったのだ。
さて、ギリシャ語の音楽<mousike>の伝播である。
文献できちんと押さえたわけではないが、
<mousike>はギリシャ哲学と共にアラブに伝わり、
さらにアラビア語のギリシャ哲学と共に西洋に伝わっ
たのではないかと考えている。
だからコーヒーはアラブ音楽とよく合うのだ。かなり
独善的な論の展開になってきたが、構わない(笑)。
日本のコーヒー音楽といえば「コーヒールンバ」は欠
かせないが、この原曲をアラブの楽器ウードで演奏す
ると聴き応えがあり、コーヒーが数倍美味しくなる。
アラブ音楽とジャズを融合させた Rabih Abu
Khalil の曲もコーヒーには欠かせない。このCDは何
度聴いたかわからない。
YouTubeにもアップされているので是非お聴き頂き
たい。
脱線開始(笑)。
ここからどんどん脱線する。かなり前に英語で書い
た私の本がインドネシア語に訳されて出版されてい
るのを半年ほど前に知って驚いた。画像検索すると
かなりヒットする。私は著作権を主張するつもりな
どないので、ここまで広まったら、勝手にどうぞ、
という感じだ。
インドネシアコーヒーと私の本が一緒に写されてい
るのを見て、なるほどと思ったね。本の内容は、ア
ラブ・イスラームの現代思想を論じたものだから、
コーヒーとよく合うのだ(笑)。
花と一緒に写された私の本を見つけてビックリした
ね。インドネシアでは私の本はよほど愛されている
らしい(笑)。赤い唇の中の <tutur buku> は
「書はかく語りき」で、つまり「黎明かく語りき」
といことで、私はツァラトゥストラと並ばされてし
まった(笑)。
なぜ私の本を豪華な羊の毛皮の上に置いて写真を撮
るのかという疑問があるが、粗末とは逆の扱いなの
で文句は言うまい。パックの安物のインドネシア茶
と一緒というのが気になるけどね(笑)。
脱線を元へ
脱線してしまった口直しにマルセール・ハリーフェ
の『母へ』。パレスチナの詩人マハムード・ダル
ウィーシュのパレスチナへの望郷を詠んだ作品を歌
にした名曲だ。歌詞の冒頭に「母のパンが恋しい、
母のコーヒーが恋しい」とある。
ログインしてコメントを確認・投稿する