◎大選手、大監督に非ず?名監督は名選手に非ず?
しばしば「大選手は大監督に非ず」
はたまたその逆も真なり、といった言い方をして
選手時代無名もしくは地味な活躍をしていた人が
指導者として成功した時に褒めるのであるが、
名監督が選手時代の成績がパッとしなかった、という話は
枚挙に暇が無いのだが
どの程度が事実で大選手からの監督がどの程度成功しているのかを、
軽く検証してみよう。
★歴代本塁打数
上位10人は、王貞治、野村克也、門田博光、山本浩二、清原和博、落合博満、張本勲、衣笠祥雄、大杉勝男、金本知憲である。
このうち、監督経験が無いのが門田、清原、張本、衣笠、大杉で
衣笠と大杉は故人である。
比較する以前に10人中半分の5人が監督もしていないのであれば、
本塁打の多さが監督就任に結び付くわけではないのかも知れない。
監督経験のある5人のうち、
リーグ優勝を達成したのは王、野村、山本、落合の4人で、
残る金本だけが未達であるが、これは素晴らしい結果だ。
但し山本は10シーズン監督をしたうちリーグ優勝は1度きりで、
選手層も2度の監督期の内に何度も世代交代期があったため、
比較的厳しい時期に監督をしていたと言えなくもない。
因みに11位以下は、
田淵、土井、T・ローズ、長嶋、秋山、小久保、
中村紀洋、山崎武司、阿部、山内一弘となっているが、
こちらも田淵、長嶋、秋山、山内と4人しか監督に就いておらず、
小久保は全日本監督、阿部は現役、ローズは助っ人外人とそれぞれ除外すれば
7人中4人の監督率だ。
これも後述する他の記録基準との比較対象にしたい。
活躍度については、
田淵はお世辞にも好成績だったとはいえず
山内もパ・リーグが前期後期制だった時期に前期優勝を2回達成したが
プレーオフで敗れたためリーグ優勝は達成できなかった。
★投手の歴代勝利数
歴代勝利数で判断するのは難しいだろう事は、
何となく調べる前から感じていた。
1位の金田正一は名監督なのかな(笑)日本一も経験したが。。。。
上位10名は金田正一、米田哲也、小山正明、鈴木啓示、別所毅彦、
スタルヒン、山田久志、稲尾、梶本、東尾というメンバーになっている。
このうち監督経験者は
金田、鈴木、別所、山田、稲尾、梶本、東尾と7人だが、
スタルヒンは夭折しており
米田と小山は投手コーチとして長らく指導者として関わったわけで、
実質9人中9人が指導者になっていて、
監督としてはそのうち7人という高い確率で就任している。
但し、リーグ優勝の経験者は存外に少なく金田と東尾だけである。
日本一となると金田の一回だけであるから、少し寂しい結果だ。
また「大選手」の定義も打者とは少し違ってくる。
金田の通算勝利数は400で東尾が251だが、
時代が遡るほど登板試合数と通算勝利数が上がる傾向すらあり、
20位の中尾碩志の209勝の水準に到達しそうな現役投手は現在皆無である。
内容としては2000年以降に引退した投手の中で200勝を達成したのは、
工藤公康と山本昌の二人だけ、という有様である。
つまり、言葉を選ばずに申せば、
現代の150勝は戦後直後の何勝に値するのか、という違いもあるという事だ。
稲尾とスタルヒンに至ってはシーズン42勝、
別所に至っては50先発47完投した上での成績であるが、
現代ではシーズンで25回先発すれば上等の部類であるから、
勝ち数で判断するのは時代を通して行うのは難しいという事である。
そんな中、山本昌が通算215勝も挙げられたのはプロ入り32年、
実働29シーズンも長く現役でいたからであり、
最終登板時は50歳を超えていたからである。
それだけ第一線でプレーが続いたこと自体は偉業である。
11位以下に目を移すと少しメンバーの様相は変わる。
野口二郎、若林忠志、工藤公康、村山実、皆川睦雄、
山本昌、杉下茂、村田兆治、北別府学、中尾碩志である。
若林、工藤、村山、杉下が監督経験者であるが、
若林は戦中戦後に活躍しリーグ優勝、工藤が日本一を達成している。
いずれも古い時代の「大投手」がランク内に食い込んでいるほか、
現在も工藤は監督をしており
「大選手の中に大監督の人も居る」と言えなくもないが、
古い名前の若林に現職・工藤の二人だけではやはり寂しいところだ。
★歴代安打数
これを語るとイチローの名前が頭を過るのであるが、
初めに断っておくがNPBの記録に限定させてもらう。
因みに1位の張本勲は、唯一の3000本越えでかなりレベルが高いところにあるが、
20位でも通算2203本の新井貴浩であり、
それ以下でも先日2000本安打を達成した現役の福浦が52位であるから、
上位何人までを「大打者、大選手」と呼ぶかは悩ましいところである。
◎…優勝経験または日本一経験のある監督経験者
▲…優勝経験のない監督経験者
×…監督経験の無い者
※…現役または今季引退予定
上位20人は以下の通りで
張本勲×、野村克也◎、王貞治◎、門田博光×、衣笠祥雄×、福本豊×、金本知憲▲、立浪和義×、長嶋茂雄◎、土井正博×、石井琢朗×、落合博満◎、川上哲治◎、山本浩二▲、榎本喜八×、高木守道▲、山内一弘、大杉勝男×、大島康徳×、新井貴浩※
20人中11人は監督経験そのものが無い。
一方で監督経験者9人の内5人がリーグ優勝経験者であるから、
「大打者で監督経験者はかなりの割合で名将である」と言えなくもない。
因みに21位以下では以下の通りになる。
◎…優勝経験または日本一経験あり★
▲…優勝経験なしの監督経験者
×…監督経験なし
×※…但し二軍監督、全日本監督など違う形で監督経験のみまたは現職
※…現役または今季終了後引退予定
この分類については、二軍監督のみ経験している人は一軍とは違って育成を専門にしている人と、将来の一軍監督を嘱望されて修行中の人が混在しているからであり、やはり若くして二軍監督のみの経験の人はいずれどこかの球団で一軍監督を務めるケースが殆どである。さらに全日本などプロ球団ではないものの実質プロ選手のチームとなる監督は中立的立場で担っているケースも少なくない。もちろんプロ一軍の監督経験者や現職兼任も「あり」なのだが、実際には帰属先の所属球団が曖昧になった監督候補者が起用されるケースも散見される。従って、これらの扱いは「保留」に近い分類をするために「×※」を作った。また通算安打数に関しては高卒、大卒、高卒社会人出身、大卒社会人出身で実働期間が大きくばらつくのにもかかわらず、21位から51位までの間が僅かに170本程度と接近しているため、21位を大打者と呼ぶなら51位も呼ばなきゃ、と思うのでそこまで拡大してみた。
若松勉◎★、稲葉篤紀×※、広瀬叔功▲、秋山幸二◎★、宮本慎也×、清原和博×、小笠原道大×※、前田智徳×、谷繁元信▲、中村紀洋×、古田敦也▲、松原誠×、松井稼頭央※、阿部愼之助※、山崎裕之×、鳥谷敬※、藤田平▲、谷沢健一×、江藤慎一▲、有藤道世▲、加藤秀司×、和田一浩×、荒木雅博※、内川聖一※、小久保裕紀×※、新井宏昌×、野村謙二郎▲、柴田勲×、ラミレス▲、田中幸雄×
ところが、ここまでくると滑稽というか、よ違ったものがり顕著になってしまう。
21位〜50位までの30人、現役または引退予定の5人を除けば
25人の内、監督未経験者は15人で
監督経験者または現職は10人しかいないのである。
その中でも優勝経験者は若松と秋山のたった二人であり、
秋山は6シーズンの内、リーグ優勝3回、日本一2回で
「名将」と呼ぶに差し支えない成績であったが、
若松はリーグ優勝した年に日本一になったほかは残り6シーズンは優勝を逃しており、
6球団でリーグ優勝を争うわけであるから、
平均的期待値(6年に一回)より優勝回数は少なかったと言える。
これから示されることは
「『超・大打者は大監督』かも知れないけど、『大打者』程度では大監督足りえない」
という事だろうか。
いや好き勝手に分析したけど、そうなんじゃないかと自分でも思えてきた(笑)
まぁ、結局
「大監督は、別に大打者とは限らない」
のが正しい考え方なので、独自の野球理論を
育成や采配に如何に活かしていけるかを期待したいと思う。
矢野さんも頑張って欲しいわ。
阪神一本化!矢野2軍監督に次期監督就任要請へ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5327606
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