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2018年06月26日02:47

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『春は失恋の季節』第1話

 アケローオス河神が昔のデーイアネイラとの失恋話をサガとカノンにぐだぐだと言う話。作中季節は春です。
 最後はカノンが女体化してデーイアネイラの姿に変身してアケローオス河神を慰めるエロエロ話になる予定です。
  双子たちのオリジナル子供時代設定は『雪解け』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3484101を参照。
 アケローオス河神については『ハルモニアの首飾り』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3513947『ドナウの白波 黄金の酒』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4939909『セクアナの泉』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4970379を参照。
 エロ関係の話は『例えばこんな愛の形』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5409535『執着と愛の境界線』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5653894『常識についての一考察』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5813095『時には愛の言葉を』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5848132『いい双子の日』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6082772『双子の日』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6146829『寝室のドレスコード』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6382593『春蘭と秋菊の競艶』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6486928『ラディッシュ』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7377633『レダとダナエ』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8194174を参照。
 全年齢向けはこちら。『例えばこんな愛の形』http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1942998622&owner_id=4632969『執着と愛の境界線』http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=4632969&id=1944928878『常識についての一考察』http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=4632969&id=1946155592『時には愛の言葉を』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5848132『双子の日』http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1960490822&owner_id=4632969『寝室のドレスコード』http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1950098945&owner_id=4632969『春蘭と秋菊の競艶』http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1950727023&owner_id=4632969『ラディッシュ』http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1956371836&owner_id=4632969『レダとダナエ』http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1960525219&owner_id=4632969
 ヘラクレスとアケローオス河神の話については『ヘラクレスの冒険』第5話https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5303757#6参照。
 古代ギリシャの酒器についてはこのサイトhttp://www.vdgatta.com/note_pottery.htmlを参照。


『春は失恋の季節』第1話

 春は恋にふさわしい季節である。生き物たちが繁殖にいそしむ季節である。
 だが恋というのは、常に成就するとは限らない。恋の数が多ければ、失恋の数も多くなるのが道理である。
 そんな人皆が恋する春の夜のことだった。聖域の私邸と海界の元首公邸という、それぞれの住居で就寝していたサガとカノンは、頭の中に突然に響いてきた「声」によって叩き起こされた。
『双子座のサガ、カノン!起きろ!』
 穏やかに寝ていたサガとカノンの脳に、その「声」は「ぐわーん!」というような轟音として鳴り響き、その衝撃と頭痛で二人は一気に覚醒した。
「な、なんだーっ!?」
「い、いたた…頭が…痛…」
『よーし、起きたな、二人とも!』
 頭を抱えて飛び起きた二人に対し、「声」の主は無遠慮な大音量を彼らの脳内に叩き込み続けた。
「だ、誰だ…!?さっきからおれたちの脳に直接語りかけてる奴…っ!」
 カノンの問いに、「声」の主が答えた。
『私だ!イナコス河神だ!』
「イナコス…様?」
 サガが自問する。
 イナコス河神は、ギリシャ南部、ペロポネソス半島の東地域であるアルゴリス地方を流れるイナコス河の神だ。大洋神オケアノスと海女神テーテュスの間に生まれた河神の一柱であり、アルゴリス地方の都市国家アルゴスの初代王で、旧人類が滅びたデウカリオンの洪水の後に人間たちを集めて自分の河の流域に住まわせたと伝えられる。
 またヘラ女神とポセイドン神がアルゴリス地方の領有権を争った時、イナコス河神はケピソス河神、アステリオン河神とともに裁定役を務め、ヘラ女神を選んだ。そのためポセイドン神の怒りを買って、夏になると河が枯れるようになってしまったという。
 イナコス河神は自分の姉妹にあたるメリアを妻とした。息子の一人ポロネウスは「最初の人間」とも呼ばれ、ペロポネソス半島を支配し、ポロネウスの娘であるニオベは大神ゼウスと交わった最初の人間となった。イナコス河神の娘にはミュケナイ市の名の由来となったミュケーネーとイオがおり、後者は大神ゼウスに愛されたが、正妻ヘラの目をくらますために牛に姿を変えられ、ヘラ女神の送ったアブに苦しめられながらエジプトまで流浪したという神話で有名だ。イオの件でイナコス河神はゼウス神を追求したが、逆に復讐女神の一人ティーシポネーを送られ、それ以前には「ハリアクモン河」と呼ばれていた河に身を投げ、以来、河の名が彼にちなんで「イナコス河」になったとも、ゼウス神が彼を雷霆で撃ち、そのため河の水が枯れてしまったともいう。
 やがてエジプトに逃れたイオはそこでゼウス神との間の息子を産み、その子孫に当たるダナオスはエジプトからアルゴスに戻って、それまではイナコス河神の息子の家系が王を務めていたアルゴス王の地位を譲られ、新しいアルゴス王家の祖となった。
 いずれにせよ、ペロポネソス半島にあった都市国家の祖となった有力な河神が、イナコス河神なのである。
「いったい…こんな夜分に、何の御用ですか?」
『お前たち、今すぐ、アケローオス大兄上の館に来い!』
 イナコス河神が双子たちに命令する。
「今すぐって…」
「こんな夜中にすぐとか…無理…」
『いいから、来いっ!』
 その途端、双子たちの姿がそれぞれの寝台の上からふっと消えた。
「うわああっ!?」
「どわっ!?」
 強制テレポートを掛けられた双子たちは、突然、中空に投げ出された。重力に従い、落下したサガとカノンは石の床の上に足腰をぶつけた。
「いたた…」
「って〜。ここ…アケローオスの館か?」
 打撲して痛む個所をさすりながら、二人は周囲を見た。水晶の柱が乱立し、頭上に水面が流れる広々としたホールは、二人が何度か訪れたこともあるギリシャ北西部を流れる大河・アヘロオス河の河底にある河の神の館の玄関広間だった。磨かれた石床は雲母や石英がきらきらときらめいており、周囲には奇妙な形をした岩や珊瑚の枝に真珠のついた飾りが設置されている。いつもは夜ならば不思議な青い光が柱に灯されて、館全体が青白く輝いているのだが、今夜は煌々とした白光が柱に輝いており、館の中は昼のような明るさだった。
「よーし、来たな、二人とも」
 床に落下した二人の目の前にはイナコス河神が立っていた。癖のない黒に近い藍色の髪を長く伸ばし、明るい青い目をした、彫りの深い端正な青年の姿をした河神だった。身につけた衣装は古代ギリシャの衣服であるキトンで、ゆったりとした浅葱色の布地は足首までを覆っている。頭には香り高いスミレの花冠を戴いて、藍色の髪を飾っていた。
「イナコス様…」
「いったい、何だよ、こんな突然に…」
 無言のままイナコス河神は二人の後ろ襟首をつかんで強制的に立たせると、そのまま二人の腕をつかんで館の奥にと連れて行った。
 幼い頃からの馴染み相手であるその「河の王」の私室の居間に入った時、双子たちはそこに展開された光景に唖然となった。
 酒壺(アンフォラ)と酒瓶(オイノコエ)と酒杯(キュリクス)が床と机の上にいくつも転がっていた。「アンフォラ」は取っ手が二つ付いた五〇センチほどの高さの貯蔵用の壺で、「オイノコエ」は底のおりを除いた葡萄酒を杯に注ぐための二〇センチほどの高さのデキャンタに相当する。「キュリクス」は平皿に取っ手が二つ付いた形をした酒杯で、寝椅子に寝そべって宴会をする古代のギリシャ・ローマでは、側臥位で肩にこの酒杯の取っ手を引っかけるような体勢で酒を飲んだのだ。陶器製の酒器には、側面や杯の底に美しい赤絵で神々や英雄たちの様々な神話の場面が描かれていた。中には黄金や銀で作られたり、古そうなガラスだったり、宝石が象嵌された高価そうな酒杯や酒瓶もあったが、それも陶器類の酒器と一緒になって、群れ遊ぶ魚を描いたモザイク細工の床の上に無造作に転がっている。
 館の主はというと、完全に泥酔しているようで、寝椅子に寝そべりながら、傍らにいる男の腰にしがみついて絡んでいた。宴会での盛装の一つとして紺青の髪はミルテの花冠で飾られているが、すでに白い花々はこぼれ落ちて形も崩れ、乱れている。
「くぉらぁっ!ペーネイオス!お前ももっと飲め!」
「いや、もう無理です、大兄上!」
「なら何か芸をしろ!」
「無茶を言わんで下さい!」
「お前が飲まんならおれが飲む!その酒杯、こっちに寄越せ!」
「だから、飲み過ぎですって!せめて水で割って飲みましょうよ!」
「馬鹿もん!昔の詩人も言ってるだろ!『この聖なる柄杓にアケローオス(水)が混じってはならぬ。』と!ははは…酒におれが混じるのか!おれは酒と混ざりたいけどなぁ!」
 紀元前三世紀の詩人カリマコスの詩を引用して、アケローオス河神が呵呵大笑する。
 昔のギリシャやローマでは、葡萄酒はそのままでは飲まず、水で割って飲むのが普通で、生のままで葡萄酒を飲むのは大酒飲みか野蛮な飲み方とされた。そのため、葡萄酒を水で割るための「混酒器(クラテル)」という高さが五十センチから一メートルはある大型の酒器も発達した。酒宴の席では、どの程度の割合で水と酒を混ぜるのかを「酒宴の長(シュンポシアルコン)」を指名して決めさせてから酒宴を始めていたのだ。他にも、その夜の話題を決めたり、飲酒量を決めて酒杯の数をカウントしたり、ゲームの進行を取り仕切ったりするのが、「酒宴の長」の役割だった。
「ペーネイオス兄上!サガとカノンを連れてきたぞ!」
 イナコス河神が声を上げる。ペーネイオスと呼ばれた男は、自分にしがみついたり、酒杯を奪おうとしたりするアケローオスを必死にいなしていたが、その言葉で双子たちに視線をやると、ほっとした様な顔になった。
「よく来たな、サガ、カノン、こっちに来い!」
「ペーネイオス様…?」
 ペーネイオスは、やはり太洋神オケアノスと海女神テーテュスの間の息子の一人で、ギリシャ中部、テッサリア地方を流れるペーネイオス河の神だ。大地女神ガイアの娘である水のニンフ・クレウーサを妻とし、その子孫はテッサリアにいたという伝説的な民族・ラピテス族の王となったという。アポロン神の初恋の女性であり、彼の愛を拒んで月桂樹に身を変えたダフネも、ペーネイオス河神の娘だという説がある。またアポロン神の「初めての女性」となったキュレネは、ペーネイオス河神の息子ヒュプセウスの娘であり、彼女はアポロン神との間に養蜂の神アリスタイオスを産んでいる。
 灰緑色の短い巻き毛に青色のヒヤシンスの花冠をかぶり、あごに短い髭を生やしたペーネイオス河神の顔立ちは壮年期の落ち着いた男性のもので、兄と呼ばれるアケローオス河神よりも年長に見えた。
「来い、来い、早く!」
 ペーネイオス河神の手招きに誘われ近づいていったサガだったが、
「では、後は任せた」
 と、泥酔したアケローオス河神の体を「ぽんっ」とペーネイオス河神から荷物のように委ねられた。
「え…ええええーっ!?」
 事態が分からず、驚き、動揺するサガの顔を、酒精で濁ったアケローオス河神の目がのぞき込む。
「ん〜?サガぁ〜?サガじゃないか」
「…はあ…はい、サガです」
「あーっははは、よく来たなぁ!サガサガサガぁ〜、ん〜、相変わらず可愛いなぁ〜」
 アケローオス河神はサガの首筋に抱きつき、ぶちゅーと頬に吸いついた。
「うわっ…アケローオス様…酒臭…っ」
 サガが顔をしかめ、とっさにアケローオス河神を引きはがそうとする。だが河神は万力のような力でサガに抱きついていた。
「ん〜。可愛い、可愛い」
「ちょ…やめ…」
 サガの迷惑も顧みず、アケローオスは酒臭い抱擁と頬ずりを続けた。
「よぉし!サガ、お前も飲め!」
「え、えええ〜!?」
「おれの酒が飲めんとは言わさんぞーっ!ほら、飲めぇぇぇー!」
 寝椅子の上に引き倒されたサガは、河神から酒を満たした酒杯を押しつけられた。
「ちょ…アケローオス様…」
「ぐっといけ、ぐっと!さあ、いっき!いっき!」
 すっかり迷惑な酔っ払いと化しているアケローオス河神の有り様に、カノンが呆れたような目を向けた。
「…なんだ、あれ?」
 泥酔した長兄をサガに押し付けて解放されたペーネイオス河神が、灰色の瞳に安堵した色を浮かべて、カノンの傍らに退避してきた。
「いや〜、助かった」
「つーか、何だよ、あれ?何かあったのか?」
 アケローオス河神の醜態を指さしつつ、カノンが問う。
「いや、実はな、今日は大兄上の『失恋記念日』なんだ」
 イナコス河神が説明する。
「『失恋記念日』?」
「つまり、昔、ヘラクレスとの戦いに負けて、デーイアネイラへの求婚権を失った日」
「ははあ…」
「で、この日になると、大兄上はそのことを思い出して荒れるんだよ。今年は、私とペーネイオス兄上がやけ酒に付き合わされた」
「な、なんて迷惑な…」
 顔をしかめたカノンに、ペーネイオス河神が補足する。
「いや、でも、昔に比べたら穏やかになったほうだぞ。昔はこの時期になると癇癪を起こして、そのたびに流域に洪水を引き起こしてたからな」
「はた迷惑を通り越して、立派に邪神じゃねーか、それ!」
 くわっとカノンが叫んで突っ込む。
「これも弟の義務として付き合っていたが、これ以上は無理だ」
「というわけで、カノン、サガ、後は頼む。もう我々の手には負えん」
 ぱん、と両河神はカノンの肩を叩いて後事を託した。
 カノンが叫ぶ。
「えええーっ!?あんたたちの手に負えないものが、おれたちの手に負えるわけねーだろぉぉぉーっ!」
 カノンにとっては当然至極な困惑だったが。
「だーいじょうぶ!お前とサガは大兄上の『特別のお気に入り』だから!」
「何とかなる!いざとなれば色仕掛けでもすればいい!」
 無責任に根拠のない保証をして、ペーネイオス河神とイナコス河神は兄の居間を後にしようとした。
「ああ〜、今夜は散々だったな」
「なら、ペーネイオス兄上、私の館で飲み直しますか?」
「いいなぁ、それ。そうするか」
「…あんたら、結局まだ飲むのかよーっ!ってか、まだ飲めるならこっちを何とかしろよぉぉぉっ!」
 カノンの抗議をさっくりと無視すると、面倒くさい長兄を双子に押し付けた両河神は、すたこらさっさとアケローオスの館から逃げ去っていったのだった。

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